風景屋~最期に貴方は心に何を思い浮かべますか?~

土偶の友

文字の大きさ
上 下
3 / 17

3話 祖父

しおりを挟む
******

「おじいちゃん、聞こえる?私が今夜は一緒にいるからね。気が付いたら起きてね」

 祖父の病室に帰るなり母が祖父に近づいて話しかける。そして手を擦ったり額に手を置いたりして声を何度もかけ続けた。ちょっと動くたびに何々をするからねと逐一声をかけている。

「悠里、貴方もおじいちゃんに声をかけてあげて?昔は一杯遊んで貰ったでしょう?」

 一人隅っこで立っていると母にそう言われた。祖父を直視出来ないと思っていた。いや、したくなかった。こんな姿の祖父を私は見たくなかったから。でもなんの為にここに来たのか、私は母に言われるまま祖父に近づいた。

「おじいちゃん・・・」

 ベッドの側に立ち祖父を見下ろす。その姿はやせ細りやつれ血管が至る所から浮き出ていた。昔は焼けていた肌は少し薄くなっていて、髪も昔はフサフサだったのに今は薄くなったような気がする。

 その祖父を見て様々な思い出が浮かんでは消える。一緒に行った公園。縁側で食べたスイカ。一緒に見た紅葉。一緒に作った小さな小さな雪だるま。そんな沢山の思い出は浮かんでは消え止められなくなる。

「悠里?」
「っ!」

 母に声を掛けられ現実に引き戻される。そして母の方を見るとその姿が滲んでいた。

「悠里・・・?」
「え?あれ?何でだろ。止まんないや・・・」

 私の目から液体が溢れ続ける。悲しいとは思っていたけどここまで出るとは思っていなかった。本当になんでここまで出てくるのか分からなかった。

「ごめん・・・!」
「あ!悠里!」

 私は急いでトイレに行って個室に籠った。何でなんでこんなことになるの。何でこんな思いをするの。分からない。わからない。それでも祖父のことを大事に思っていることだけは思い出した。

 それから10分も経てば落ち着くもので個室から出て鏡を見る。そこには目を真っ赤に腫らした自分が映っていた。ポケットティッシュで鼻をかんだり目を優しく拭いて祖父の病室に戻った。

「悠里・・・大丈夫だった?」
「うん、多分平気」

 私は母を安心させるようにぎこちなく笑顔を浮かべた。

 母には強がりなのがバレているのか寄った眉は元には戻らない。しかし、そういった手前大丈夫なのを見せなければ。

 私はもう一度祖父をまじまじと見る。その顔も体もついている機械も。そして受け入れる。今の祖父の状態をそうしなければならないから。

「おじいちゃん。また一緒に遊ぼう?」

 気が付いたら声が出ていた。何でそんなことを言ったのかは分からない。それでも気が付いたらそう言っていた。

「・・・」

 しかし、祖父から返事は返ってこない。当然だ。実の娘の母の声に返事をしないのに私の言葉に返事をする訳がない。

「悠里・・・辛かったわね。今日の所はいいから家に帰りなさい。一晩ゆっくり寝て休めば大丈夫だから」
「うん・・・」

 母にそう言われても私は祖父から目が話せなかった。何か一言でもいい。しゃべって欲しい。その思いを込めて祖父を見続ける。

「もう・・・ほら、おじいちゃんいえ、父さん!貴方の可愛い孫が返事を期待してるのよ!?ちゃんと返事をしてあげたらどうなの?」
「・・ぅ」
「何て!?」

 今何か小さかったが何かを呟いた気がする。私と母で祖父を挟みこむようにして顔を近づける。

「・・・」

 しかし今度は何も言っていない。さっきの言葉を聞き逃したのが悔やまれる。

「父さん!もう一回行って!聞こえなかったわ!」
(あの景色は、もう見れんのか)

 今度は聞き取れた!そう思って母の方を見ると険しい顔をしている。

「今の聞き取れた!?母さん!」
「ええ、聞き取れたわ」

 聞き取れたというのに何でそんな位表情をしているのだろう。

「どうしてそんな顔をしてるの?」
「父さんは見たい景色があるっていったと思う。でもその景色が何か分からない。もし分かったとしても、こんな状態のまま連れていける訳ないじゃない・・・」
「・・・」

 折角聞き取れておじいちゃんの景色を見せられる!と思っていたのにそんな・・・。あ、でも。

「場所さえ分かれば見せられるよ!」
「どうやって?」
「簡単よ!カメラで撮って見せればいいのよ!それにもし場所が遠すぎてもインターネットを使えばどこの景色でも見れる!多少の距離なら私が見て撮ってきてもいいし!」

 母もそうだったと納得してくれた。

「そうね。そうよね。今の時代進歩したのよね。分かった。父さんの体調を見ながらだけど何とか話しかけてみる」
「お願い」
「それじゃあ今日の所は帰りなさい。はいこれ」

 母はそう言って財布から5千円を取り出し私に差し出す。

「え?何のお金?」

「タクシー代と今夜の夕食代。それで何とかして」
「分かった」

 私はそれを受け取ろうと手を伸ばすと母の手が下がった。不思議に思って母の顔を見ると暗い。

「悠里・・・、貴方は身内の死を経験していない。だからこれから訪れる感情はとっても強いと思う。だから一度ゆっくり寝て、落ち着きなさい。そうすれば、ちゃんと受け入れるから」

 母はそう言って私を抱きしめてくれた。そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか。

「それじゃあ和也もじゃない」
「あの子はおじいちゃんとそんなに遊んでなかったから多分大丈夫よ。それよりも今私が心配なのは貴方。おじいちゃんの為とか言わずにちゃんと休みなさい」
「分かった・・・」
「いい子ね。もしおじいちゃんの見たい場所が分かったら連絡するから、それまではしっかり休んでおくのよ?」
「はい」
「じゃあ、またね」
「うん。また」

 私は母と別れて病院を出る。すれ違う松葉杖をついて歩く人、その人を後ろからそっと見守る看護師さん。忙しそうにカルテを見ながら私を追い越していく医師など。色々な人達と一瞬の時を過ごす。

 病院から出るとタクシー乗り場に停まっていたタクシーに乗り、行き先を告げる。

 タクシーの運転手は了承を伝えてくると車を発進させた。

 車から見える光景は先ほどと変わらない。何処にでもある飲食店、車が通るたびに吠えている犬、ずっと何も立つことのない空地。それを目の端で捉えながら次の景色を瞳に映す。

 そのまま家に帰った私はいつもより早く寝た。それなのに私は疲れていたのか朝はいつもと同じ時間に目が覚める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

されど服飾師の夢を見る

雪華
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞ありがとうございました! ――怖いと思ってしまった。自分がどの程度で、才能があるのかないのか、実力が試されることも、他人から評価されることも―― 高校二年生の啓介には密かな夢があった。 「服飾デザイナーになりたい」 しかしそれはあまりにも高望みで無謀なことのように思え、挑戦する前から諦めていた。 それでも思いが断ち切れず、「少し見るだけ」のつもりで訪れた国内最高峰の服飾大学オープンカレッジ。 ひょんなことから、学園コンテストでショーモデルを務めることになった。 そこで目にしたのは、臆病で慎重で大胆で負けず嫌いな生徒たちが、己の才能を駆使してステージ上で競い合う姿。 それでもここは、まだ井戸の中だと先輩は言う―――― 正解も不正解の判断も自分だけが頼りの世界。 才能のある者達が更に努力を積み重ねてしのぎを削る大きな海へ、船を出す事は出来るのだろうか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『天使』にも『悪魔』の顔がある

双葉 陽菜
青春
白藤学院ー そこは日本有数の進学県立の小中高の一貫校。 入学こそ簡単ではあるがエスカレーター式であるがゆえに簡単に落第されてしまうため、卒業が難しいと有名である。基本入試だが、中には金の力で入学してきた生徒も少なくない。 また、各学年の9、10組は財閥クラスとなっており、財閥令嬢や御曹司がそのクラスに入っている。 そしてのその中でも特に力のあるメンバーで構成されたグループがクラリスである。 そこに小学校で入学し、飛び級を重ねに重ねて12歳で高校1年生になった雛(ひな)。 幼なじみの悠・翔・朔と和音、新メンバーの亜衣と過ごしながら周りの人間の醜く落ちていく姿を楽しむのが双葉雛の楽しみ。 ~人物紹介~ ◯双葉雛(futaba hina) 12歳 高校1年生 1-2 飛び級を重ねに重ねて高校1年生になった。 少し自意識過剰なところがあるが、頭の回転が早く、その場の雰囲気から何が起こるのが予測する予知能力がある。 天使の笑顔でエグいことを普通にいう。超美少女。 ◯榛名悠(haruna yuu) 15歳 高校1年生 1-2 学年1の秀才。 落ち着いた性格でヒナと仲良し。 髪型の雰囲気が似ているためよくヒナとは兄弟と勘違いされる。ヒナの予測に対して1番いい対処法を判断する対処能力がある。かなりのイケメン。 ◯犬飼翔(inukai syou) 15歳 高校1年生 1-3 学年1喧嘩っ早い見た目ヤンキーの男子校生。 相手の行動を見抜く洞察能力がある。 小学生の時に朔と一緒に中等部の大群を潰したことがあるがほんとは仲間思いの優しい人で、見た目馬鹿そうなのに点数はある程度取れている。かなりのイケメン。 ◯水篠朔(mizushino saku) 15歳 高校1年生 1-3 翔と生まれた時からの仲良しでヒナ達の幼なじみ。 翔にはよく喧嘩に道連れにされていたので強くなった。おとなしい性格だが、学校1の情報通で校内全員の情報を持っている。かなりのイケメン。 ◯有馬和音(arima kazune) 15歳 高校1年生 1-2 小5~中2の春まで海外に留学していたが悠やヒナとは仲良し。父親が白藤学院の学長を務めているため教師も誰も彼には逆らえない。校内の噂話の真実など校内のことにはおまかせあれ☆ かなりのイケメン。 ◯香月亜衣(kazuki ai) 15歳 高校1年生 1-3 高校入学で白藤学院に入学し、そこからシックスターにメンバー入りした。モデル並みのスタイルではあるが、貧乳なのが玉に瑕。大人っぽいルックスの裏にはおしゃれ大好きの普通の女子高生がある。 クールな性格を演じて、女子を言いなりにさせることができる。超美少女。 誕生日がまだ来ていないので学年より1つ下の年齢から始まります。(雛は中1の年齢で高校1年から始まります)

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

想い出と君の狭間で

九条蓮@㊗再重版㊗書籍発売中
青春
 約一年前、当時付き合っていた恋人・久瀬玲華から唐突に別れを告げられた相沢翔。玲華から逃げるように東京から引っ越した彼は、田舎町で怠惰な高校生活を送っていた。  夏のある朝、失踪中の有名モデル・雨宮凛(RIN)と偶然出会った事で、彼の日常は一変する。  凛と仲良くなるにつれて蘇ってくる玲華との想い出、彼女の口から度々出てくる『レイカ』という名前、そして唐突にメディアに現れた芸能人REIKA──捨てたはずの想い出が今と交錯し始めて、再び過去と対峙する。  凛と玲華の狭間で揺れ動く翔の想いは⋯⋯?   高校2年の夏休みの最後、白いワンピースを着た天使と出会ってから「俺」の過去と今が動きだす⋯⋯。元カノと今カノの狭間で苦しむ切な系ラブコメディ。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

処理中です...