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第3章 聖女は依頼をこなす

167話 マルゴー

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「見つかったんですか!? こんなに早く!?」
「はい」

 ルノーさんのアパートにおもむき、そのことを伝えると彼は玄関で叫ぶ。通りの人が何人か振り向くほど声は透っていて、役者にでもなればいいと思う。

「それで! どこに! パインはどこなんですか!」

 彼は玄関から出てきて、私の両肩を掴む。

「ま、待ってください。説明しますから」
「はっ! す、すいません。少し取り乱してしまって……。中にどうぞ」

 そう言って家に入れようとしてくれるが、今はそんなことをしている時ではないと思う。

「お構いなく。パインは見つかったんですが、ちょっと厄介なことになっていまして、是非ルノーさんにも来ていただきたいんです」
「厄介なこと?」

 首を傾げる彼に、私たちは起こったことを説明する。

「なるほど、分かりました。パインは大事な家族ですから、僕も行きましょう」
「ありがとうございます。ただ、ちょっと危ないかもしれないので、防御魔法だけかけさせて頂きますね。プロテクト」

 彼に防御魔法をかけて、パインがいる場所に案内する。


パインがいる所までもう少しと行った所で、ルノーさんが口を開く。

「ここは……本当に裏町ですね。こんなところにパインが……」
「裏町ですか?」

 彼が何か意味深なことを言うので気になってしまう。

「この街のスラム街みたいな所です。治安が悪いのであまり来ることはおススメしません」
「そんな場所だったんですか」
「はい」

 彼は言いながら周囲を見回している。そして、何かを確認すると、一つ頷く。

「この通りって少し汚いでしょう?」
「そう……ですね」
「ここら辺は少し前、といっても5年以上前ですけど。『狂気の刃』という冒険者パーティーがダラスから来て支配しているんです」
「支配?」
「はい。自分たちに逆らう者は喧嘩を仕掛け、言うことを聞かない者はこの街を出て行かざるをえなくなるそうです」
「そんな人達が……」

 そこに、フリッツさんが聞いてくる。

「冒険者ギルドは動かないのか? 普通はそんな冒険者パーティーはギルドが対処するだろう」
「噂ではギルドの上の方も取り込んでいるとかだったり、あからさまな証拠が残らない様にしている。若しくは多くの魔物を狩って来ているので、ギルドマスターも逆らえない。そういう話を聞いています。それに、彼らはAランクパーティー、実績もかなりの物……と」
「かなりしたたかな奴らだな」
「僕もいい噂は聞かないので、出来るだけ距離を置くようにしています」
「私たちもそうした方がいいですかね」
「そうだな。絡まれるのは大変そうだ」

 ルノーさんは更に情報を教えてくれた。

「時々、そのAランクパーティーによる見せしめの様な勝負もやっているそうです。私や友人は怖くていけていませんが、運が悪いと強制的に出させられるそうです。なので、お気をつけ下さい」
「ありがとうございます」
「知らなかったら大変なことになっている所だった。気をつけるとしよう」

 この街のAランクパーティーの情報を聞いたタイミングで、パインのいる場所に辿り着いた。

「ぐるるるるるるるうううううう」
「がるるるるるるるうううううう」
「ひぃ!」

 ルノーさんが犬たちの威嚇を目撃して、驚いている。犬たちは牙を向きだしにしているのもあってかなり恐ろしい。こんな反応になってしまうのも仕方ないのかもしれない。

「大丈夫だ。さっきクロエに防御魔法をかけてもらっただろう? あれがあれば犬たちの攻撃くらいならびくともしない」
「そうなんですか?」
「ああ」

 フリッツさんはそう言って鞘に入ったままの剣を持ち、ルノーさんの頭に振り下ろす。

「いた! ……くない? あれ? あんまり痛くないような……」

 ルノーさんは反射的に頭を押さえたが何でもないようだ。

「言っただろ? クロエの防御魔法ならびくともしないって」
「フリッツさん。そんなことするからルノーさんも困ってしまわれるんですよ」
「あ、わるい」
「いえ、大丈夫ということが分かったので……」

 いけない。気を遣わせてしまった気がする。

「それよりも中に入っていいでしょうか? 早くパインに会いたいんです」
「あ、すいません。こっちです」

 私が先導する形で中に入っていく。中にいる犬達はそこまで変わっておらず、私たちが入ると警戒の色を見せる。

 犬たちを刺激しない様に進み、先ほどの場所に来ると、パインと先ほど立ちふさがってきた犬がいた。

「ばう! ば……う?」
「マルゴー」

 ルノーさんがそう言って立ち尽くしている。もしかして、この吠えてくる犬を知っているのだろうか?

「知っているのか?」
「ええ、この犬はマルゴー。私が付き合っていた女性の飼い犬です」
「そんな……。じゃあこの子も連れて行ってあげないと」
「そうですね……。その前に」

 ルノーさんはマルゴーに近寄っていく。そしてしゃがみ込み、語りかける様に話す。

「マルゴー。パインを連れて帰ってもいいかな。確かに彼女との別れは辛かったけど……。今は立ち直ったと思っている。だから、パインとまた居させて欲しい。大事な家族だから」
「ばぅ……」

 マルゴーはじっとルノーさんを見つめ、彼もまたマルゴーを見つめ返す。2人にしか分からない何かがあるようだった。

「ばう」

 マルゴーはそう言って一鳴きすると、道を譲ってくれる。

「ありがとう、マルゴー」

 ルノーさんはそう言ってパインに近づく。

「パイン。元気だった?」
「くぅ~ん」
「あれ? もしかして……太った?」

 ルノーさんがパインをそっと持ち上げてそんなことを言う。

 少し持ち上げられたパインのお腹は少し膨らんでいるようだった。

「もしかして……妊娠しているんじゃないですか?」

 昔孤児院にいた犬がそんな見た目になった後に子供が生まれていた気がする。

「ええ!? もしかして相手は……」

 ルノーさんの視線の先にはマルゴーと呼ばれた犬がいる。マルゴーは大人しく座っていて、否定する様子も無ければ肯定する様子もない。

「パイン。家に帰ろう? ここだと寒いし、体にも障るかもしれない」
「くぅ~ん」

 パインはそう言ってルノーさんに体を預けている。

「よしよし、帰ろうか」
「ばう!」
「マルゴー?」

 ルノーさんがこちらに振り向くと、マルゴーはこちらに背を向けてどこかに行ってしまった。

「どこに行ったんでしょうか?」
「もしかしたら帰ったのかもな。飼い主の所に」
「預けて……か」

 フリッツさんもキリルさんも、マルゴーの背中を見つめることしか出来ない。

 マルゴーの背が見えなくなると、ルノーさんが話しかけてくる。

「皆さん。この度はありがとうございました。これで依頼は大丈夫なんですが、達成書は家に置いてあるので来ていただいてもいいでしょうか?」
「勿論です」

 時間的にはもう夕方だろうか、日が沈み始めて周囲は少し暗い。

 ルノーさんの家に戻る間。彼は決してパインを放そうとはせず、優しく抱きしめていた。

 そして、家に到着した時、彼は何かを決意したように話してくれる。

「皆さん。今回は本当にありがとうございました。そして、僕も……家族が増える……。そのことで覚悟が決まりました。ありがとうございます」

 そう言って彼は深く頭を下げてくるが、どうしてそうなるのかは分からない。でも、彼にとって大事な何かが決まったのならそれでいいんじゃないだろうか。

「はい。頑張ってください。応援しています」
「頑張れよ」
「きっとできる」
「はい! ありがとうございました! これが達成書です」
「はい。確かに頂きました。それでは、パインも元気でね」
「くぅ~ん」

 私たちは別れ、最初の依頼は問題なく終わった。
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