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第2章 聖女は決別する
108話 暴走するフェリ
しおりを挟む次に向かったのはアンリ孤児院だった。空は日も落ちかけていて、真っ赤に染まっている。
私達は勝手知ったる何とやらで、孤児院に入ると、そこには誰も居なかった。
「流石にもう中に入っているんですかね」
「時間も大分遅いし、そうなんじゃないか?」
「ここはなんだ? かなり広いが……」
キリルさんが珍しく聞いてくる。今までは黙ってついてきていたのに珍しい。
「ここは孤児院ですよ。この街で一番大きい所です。そこで、少し知り合いが居まして、少し前の件でお礼を言いに来たんですよ」
「なるほど」
何だろう。キリルさんとの距離が少しだけ縮まった気がする。今までは話しかけてもほとんど答えてくれなかったし、返ってきてもほんの一言二言だった。
だから、正直内心驚いている。
そんなことを思いながら建物の中に入った。そして、受付の人の顔を見ると声をかけてきてくれる。
「あれ? クロエさん? とフリッツさんですか? 確かケルベロス退治に行っていたはずでは?」
「それはもう終わりました。孤児院の冒険者の人達にも助けて頂いて……」
「あ、そう言う話はフェリさんを呼んできますね。以前の客間で待っていてください!」
受付の人はそう言って食堂へ走り去ってしまう。恐らく今の子供たちは食事中なのだろう。
私たちは邪魔をしない様に言われた通りの客間に入っていく。
本当はお手伝いに行きたかった所だけど、あんまり長居することは出来ないので、ここにいることにした。あ、でも私だけ手伝いにいっても良かったかも。
そう思って立ち上がろうとした所で、扉が勢いよく開く。
「お姉様! お待ちしていました!」
「わ!」
そう言って私に飛びかかって来たのは声で分かっていたけど、案の定フェリさんだった。
私はその飛び込んで来るフェリさんを受け止める。
べちゃ
ん? べちゃ? 私はそっと視線を下に落とすと、彼女の服にはかなりご飯の食べかすや、飛び散ったであろう液体がついていた。
しかし、フェリさんはそんなことは気にしないといった様子で話しかけてくる。
「お姉様! 無事によく帰って来てくださいました! これで一生楽しく一緒に暮せますね!」
「フェリさん!? ちょっと待って!? 私はここで一生暮さないよ!?」
「そんな! 今までの私へのアプローチは嘘だったんですか!?」
「してない! してないからそんなこと!」
「お姉様……」
「そんなしょぼんとした顔をしたってダメだから。フェリさん。顔を上げて」
私はそう言って彼女の顔をあげさせる。
フェリさんはというと、何かを求めるような顔をしていた。
「……てい」
「いて」
私は彼女の頭にチョップを入れた。
彼女は目を細めながら笑っている。
「もう、どうしたの? フェリさん」
「その……。お姉さまが暗くなっているんじゃないかと思って……」
「どうしてそんなこと思ったの?」
「ケルベロス戦でかなり寝込んでいたっていう話を聞いていまして……。それで、心配でいてもたってもいられずに……」
「あはは、ありがとう。この通り元気だよ。フェリさんとちゃんとお話をしたかったんだ」
「お姉様……。今夜はお泊りということですね?」
「え? でも私宿は取って……」
「いいじゃないですか。今から使いの者を送ってキャンセルさせてきましょう。そうしましょう。ちょっと待っててください!」
「ちょっと待って!」
フェリさんが慌てて行こうとするのでその手を掴んで止める。
「お姉様? 掴んだこの手を離したく無いということですか?」
「落ち着いてフェリさん!? ちょっと暴走し過ぎだよ」
「大丈夫です! 式の準備は出来ていますから!」
「ウォーター」
その時キリルさんが魔法を放って、フェリさんに小さな水滴を飛ばした。
「ひゃ! な、何するんですか!? というか誰ですか!?」
「……(じー)」
「な、本当にどなたですか? というかどこから入って来たんですか……?」
「最初から一緒にいたよ……。そちらの方はキリルさん。ちょっと正体不詳の不思議さん。あ、フリッツさんもいますよ」
「何だかついでの様に紹介されたが……。元気そうで良かった」
「ああ、これはどうもご丁寧に。お姉さまに手を出していませんよね? 出していたら大変なことになりますからね?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「そうですか、でしたら良かった。因みに、そちらの正体不詳の方というのは大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫だと思います」
思わずフェリさんの迫力に押されてしまう。
フェリさんはそんな私の様子を見たのか、キリルさんに向かい合う。今までは男の人と向かい合うのもダメだったのに、こうやって成長している姿を見ると少し嬉しくなる。って、そんなことをしている場合じゃない。
「それで、キリルさんでしたか? どういった理由でお姉さまに近づいたんですか?」
「言えない」
キリルさんがそう言った時に、フェリさんの眉が吊り上がる。
「言えないとはどういうことですか? 仮にもお姉さまと一緒に旅をするのです。靴の1つや2つを舐めるくらいの忠犬ぶりを発揮させるべきなのでは?」
「おい待て、俺はそんなことしていないぞ」
「流石に靴を舐められるのはちょっと……」
「……分かりました。靴は舐めなくていいのであがめてください」
「どうすればいいんだ?」
「キリルさん!?」
「そんな奴だったのか!?」
色々爆発しているフェリさんは置いておいて、キリルさんの言葉に私とフリッツさんが言葉を失う。
「しなければならないのだろう? 言えない事があるなら、代わりにする必要があるかと思っただけだ」
「いえ、大丈夫です。そんなことはしなくてもいいです。というかしないでください」
人にあがめられるのはちょっと。聖女として、あがめられた事もあるが、こんなことであがめられるのは流石に……。
「分かった」
「そんな……。お姉さまをあがめない様な奴は地獄に堕ちるべきなのに……」
「フェリさん。少し落ち着きましょう」
「お姉様……」
「フリッツさん、キリルさん。私、今日はここに泊まってもいいですか?」
「お姉様!?」
「フェリさん、少し静かにしていて?」
「はい」
フェリさんが静かになってくれたので、私はフリッツさんとキリルさんの方を向く。
「いいのか? 折角とった宿だろう?」
「そうですけど、折角フェリさんと会えたんですから、もっと話していたいなとは思うんです」
「そうか、分かった。宿には俺から……と思ったが、荷物もあるから取りに戻る必要があるな」
「はい、なのでフェリさん。少し戻ってきていいですか?」
「はい! お姉さまが泊まってくださるなら邪魔するものは全部消して貰って来ますね!」
すっごい明るい顔をして消すとか言わないで欲しいな。フェリさんがどこに向かうのか怖くて仕方がない。
「それじゃあ少し出てきますね」
そう言って私は立ち上がった。
「はい! お送り……って、すいません。服が汚れてしまっていて……。替えを持ってきますので」
「あ、大丈夫ですよ。替えの服はさっき貰ったので、ただ、少し部屋から出ていて貰ってもいいですか?」
「はい」
「分かった」
「(こくん)」
3人は部屋から出て行ってくれたので、取りあえず着替えた。
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