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43話 ウィル

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 目の前にはずっとずっと前から見ていたあのヴァルター様。
 そしてその前にはいつもいつも邪魔ばかりして来る女狐。
 フレイアリーズの道具を使いこなせるようになり、ヴァルター様の邸宅にも難なく侵入出来るようになった時に毎回邪魔をして来るこの女狐!

「サラミス様……」

 オレは苛立ちが顔に浮かぶ。
 そんな名前で呼ぶんじゃない。
 オレはそんな名前じゃない。
 オレはヴァルター様に向かって一歩、一歩ずつ進む。
 手には毒の塗られた短剣を持ち、全身は真っ黒に染めているので見るものからしたら不気味だろう。

 女狐が叫ぶ。

「ヴァルター様!? 下がってください! 彼は貴方を殺しに来た暗殺者ですよ!?」
「そんなはずはない! ウィル! お前! ウィルなんだろう!」
「…………」

 オレは思わず足が止まる。
 そんな……そんなはずはない。
 どうしてオレの名前が分かるんだヴァルター様。
 どうしてオレの名前を思いだすんだ。
 お前は、お前達はオレを見捨てたはずなのに!

 ヴァルターを見つめ問う。

「なぜわかった」
「分かるに決まっているだろう。お前は俺の騎士だ」
「……違う」
「なんだと?」
「違うと言っている! オレはもうお前の騎士ではない!」
「下がって!」

 オレがヴァルター様との真剣な会話をしている時に邪魔するこの女狐。
 まずはこいつを消す。
 視界から消し飛ばせば大人しくなるだろう。

 オレは目を見開き奴の動きを少しも見逃さないようにしながら短剣を振りかぶり、振り下ろす。

 ガギィン!

 女狐はオレの短剣をナイフで受け止めている。
 何と素晴らしい腕だろうか。
 力を逸らすように受け、ナイフが壊れないように気を付けてもいる。
 けれど、こうして力の押し合いになればオレが女狐に負ける訳がない!

 それと同時に、この女狐に対する気持ちが溢れてくる。
 こいつが、こいつがさっさとやってくれていれば……オレは……オレは……!

「貴様が……貴様がさっさとヴァルターをやっていれば、貴様は死ぬことがなかったんだ。なのに、お前に大事な大事な俺の獲物であるヴァルターを譲ってやったのに。どうして殺してないんだ! どうしてその側で守っているんだ!」
「そうしたいと思ったからです! 私が彼を守らなければと、この身に変えても守らなければならない。そう思ったのです!」
「それはオレの役目だろうがああああああああああ!!!」
「知ったことではありません!」

 オレは更に力を込めて押し込む。
 上から押さえつけるのだから体重もかけることが出来てより簡単に押し込まれていく。

 こいつがヴァルター様を殺していてくれればそれで、それで俺は解放されたのに、もう何も思い悩むことなく、自分の道を生きられたのに。
 こちらの世界、誰かをまた守りたいと思うことも無かったのに……!

 視界の端にヴァルター様の姿が映る。
 彼は俺に向かってタックルを放ってきた。

「離れろ!」
「っち!」
「ありがとうございます!」

 ヴァルターの一撃を受けずに女狐から飛びのいた。

 オレは2人を警戒してどうするか見ていると、ヴァルターはオレに話しかける。

「ウィル! どうしてこんなことをするんだ!」
「……」
「お下がり下さいヴァルター様!」
「ならん! こいつは、ウィルは俺の騎士なのだ!」
「本当なのですか!?」

 女狐が驚いている。
 けれど、内心動揺していたのはオレも同じだった。
 オレもヴァルター様の騎士となる為に生まれ、育てられ、生きて来た。
 けれど、いつの間にかその道は断たれた。

 オレに向かってその話はするな。
 オレに……オレにもうその話はしないでくれ!

「それはもう……過去の話だ……。オレは貴様の騎士ではない!」
「下がって!」

 オレは短剣を振りかぶり、女狐に向かって振り下ろす。

 ギィン!

「お前はどけ! どけば見逃してやる!」

 オレの目的はヴァルター様ただ1人。
 こんな女狐など生きていようがどうでもいい。

 しかし、こいつは退く様子もなく口を開く。

「貴方は……どうしてヴァルター様を暗殺……するのですか!」
「お前には関係ない!」
「関係あります!」
「貴様に話す気などない!」
「きゃあ!」

 オレは面倒になり、こいつを蹴り飛ばす。
 かなり強く蹴ったのでこれで邪魔することは出来まい。
 それに、次に来たら確実に殺す。

 ヴァルター様ヴァルター様ヴァルター様。
 俺は彼を見つめると、彼もまた俺を正面から見つめていた。
 その位置は先ほどから一切変わっておらず、逃げる様子もない。

 俺は動揺して一歩を踏み出せない。
 そうして止まっていると、ヴァルター様が口を開く。

「すまない……」
「やめろ……謝るな」

 止めてくれ。

「お前の父のことは……申し訳なかったと思っている」
「ふざけるな! 今更そんなことを言われて受け入れられるとでも思っているのか!? オレや……母様がどれほど苦労したと思っているんだ!」

 なんの為に生きて来たと思っているのだ。
 お前への復讐で生きて来た。
 それなのに、どうして。

「すまない……」

 なんで謝る。
 何で今になって言う。
 なら……どうしてこんなことを……。
 オレは吠えた。

「貴様が不用意に危険な所に行ったせいでネル様は死んだ! そして、その時の護衛の責任者だった父は職を辞し、貴様の婚約者を守れなかったと自刃したのだぞ! その後のオレも、子供1人守れぬ者達として石を投げられたのだ! そんな……そんな状況にあったのに……あったのに貴様は!」

 母さんもオレも父が不名誉で死んでからは地獄だった。
 周りからは蔑まれ、騎士の恥とまで言われ続けた。
 ヴァルター様が護衛の目を抜け、危険な場所に行ったせいでネル様は死に、父は高潔な父はその罪の重さに耐えられず死んだ。

 オレと母さんは誰にも守られない所か多くの者から目の敵にされた。

「すまない……ウィル……」
「謝って許されると思うのか!」

 謝られた所で父も母も帰っては来ない。
 それを……それを許すことなんて出来るはずがない。

「では殺す……のは受け入れられん。今のこの国で王位を継げるのは俺しかいない」
「なら!」

 どうする? オレを殺すのか?

「許してくれ。俺に出来ることは頭を下げることしかない」

 ヴァルターはまるで奴隷の様に床に膝をつき、オレに向かって頭を床につける。

「ま、待て……。何でそこまでする。貴様は次期国王なのだぞ? どうして……どうしてそこまでするんだ!」
「俺がそうするべきだと思うからだ」
「……」

 頭を下げたままじっと動かないヴァルター様を見て、俺は自分の愚かさに虚しくなった。
 守るべき対象であったはずの彼に刃を向け、申し訳なかったと頭を下げる。

 これが次期国王のやることか。
 でも、これを引き起こしたのは俺のせいで……。

「頭を……上げて下さい」
「……」

 ヴァルター様はゆっくりと頭を上げて、俺を真っすぐに見つめてくる。

 オレはその視線に怯みそうになりながらも、少し安堵した。

「ヴァルター様。オレの方こそ、今まですみませんでした。後は好きになさってください」

 持っていた短剣をヴァルター様の方に向かって投げ、両腕は力なくだらりと垂らす。
 次期国王にこんなことをしでかしたのだ。
 どうされても文句は言えない。

 ヴァルター様は短剣には目もくれず、オレをじっと見つめて言う。

「ウィル。罪を償ってくれ。話はそれからだ」
「……オレは生きていて……いいのでしょうか?」
「ああ、パステルも、もし貴様がパステルを殺すような事があっても、許してやって欲しい。そう言っていた」
「だからあの時……」



 パステルを背後から刺し、ダミーの死体と入れ替えている最中。

「あの時は……すまなかった……ヴァルター様を……頼む」

 パステルから聞えた声は確かにそう言っていた。



 パステルもオレのことに気が付いていたのだろう。
 それなのに……オレは……。

「申し訳……ありませんでした……」

 オレはそれから全てを白状して、罪を償うために監獄に収監された。
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