暗殺者の家系なのに殺せない私。無表情な王子を狙っていたらなぜか信頼されていくんですが?

土偶の友

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30話 収穫祭のその後

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 私は週に1度の荷物の搬入に来ていた。
 昨日、ヴァルターとの花畑での話の後、あまり一緒にいる気になれずに出来るだけ外の仕事を受けるようになった。

 今は一人で黙々と確認作業をしていると彼は現れた。

「やぁ、カスミ。元気だった?」
「サラミス様」

 カーキ色の作業服を着て、いつも爽やかそうな笑顔を振り撒いている。
 メイドの話を聞くと、パステルと並んで人気があるのだそうだ。
 最近、私もそういう話を聞くようになった。
 屋敷の人に受け入れられ始めているのかもしれない。

「そんな堅苦しい呼び方しないでよ。普通にサラミスって呼んで」
「それは出来ませんサラミス様。何か御用でしょうか?」
「用……ってほどでもないんだけど、収穫祭の時は大丈夫だった?」
「……収穫祭の時ですか」

 私があんな目にあったのは多くの人が見ていたので、知られていてもおかしくはない。

「うん。あの時ってヴァルター様に魔の手が迫って大変だったんでしょ? それで、護衛の人が体を張ったって聞いたけど……」
「その様ですね」

 私ははぐらかした。
 もしかしたらフードを被っていたから見えていなかったかもしれないし、わざわざ私が盾になりました! とは言わなくてもいいだろうと思う。

「その人は無事だった?」
「はい。特に問題はなかったと聞いています」
「良かったー。収穫祭のはずなのにそんなことになっていて驚いていたんだ」
「ご心配頂きありがとうございます。サラミス様は問題ありませんでしたか?」

 私は礼儀として彼の事を伺う。
 まぁ、目の前にいるのだから無事なんだろうけれど。

 サラミスはそこから話を拡げて来た。

「それが大変でさ。あれだけ多くの人がいたから逃げるのももう酷くって、押し倒したり逃げるために道を開けようと殴ったりで怪我人が続出。幸い死者は出なかったらしいけど……」
「サラミス様はよくご無事でしたね」
「俺? 俺は大丈夫だったよ。ちゃんと逃げ道を調べていたからね。でも、それで収穫祭を主催した生徒会、特にクラッツィオ公爵令嬢はかなり大変らしいよ」
「……レティシアが?」

 思わず素の声が出てしまった。

「そう、そのレティシア。何でも、色々と好き放題声はかけているのに、その後はほぼ放置される様な貴族とか有名な店とかがすっごくあったらしいんだって」
「……」

 去年は最初だったからか、私がなんとか押さえたからか、そういったことはほとんどしていなかったのに……。
 ただ、今年はその事を止める相手がいなかったのだろう。
 生徒会のメンバーは皆彼女の言いなりだから。

 容易に想像できてやはりレティシアに会わなくて良かったと感じる。

「それは……かなり不味いのでは?」
「正直ね。クラッツィオ公爵家って言うことで大事にはなっていないけど、彼女も今は学校を休んでいるみたいだし」
「休んでいるのですか?」
「うん。何でも学園にいるとその時に怪我をした人とかが大勢いて、安全を確保する為なんだってさ」
「そんなことに……」

 自分は関係ないと言い切れるので話半分で聞いていられるけれど、実際にあったら死にそうになりながら仕事をしていたに違いない。

(そっちの方が良かったかもしれないけれど)

 家族が……屋敷の皆が無事ならそちらの方が何倍もいいに決まっている。そんなあり得ないことを想像して、落ち込んでしまう。

「どうしたの? 大丈夫?」
「あ……いえ……。問題ありません。失礼しました」
「体調悪いなら言ってね?」
「少し考えごとをしていただけですので」
「そうなの。それなら……さ。一緒に出掛けない?」
「え?」

 私は彼に何を言われたのか分からずに聞き返してしまう。

「だから、一緒に外に遊びに行かない? っていう話」
「いえ……あの……その……どうしてですか?」
「どうしてって……いいな。って思ったからだよ。それ以外に理由がいる?」
「え……あ……それは……いいのですが……」

 こうまでハッキリと言われた事がないので戸惑ってしまう。
 というか、自分の顔が赤くなっているのが分かった。
 特に経験をしている訳ではないけれど、だからってこの手の話題に自分がここまで弱いとは思わなかった。
 もっと仕事や修行以外もしておくべきだったのだろうか。

「それでどう?」

 サラミスの顔がドンドンと近づいて来ている。
 私の目を一心に見つめ続ける瞳に吸い込まれてしまいそう。

「と、すいません」

 私は彼を押しとどめた。

「ダメ?」
「ダメです。というか、私は奴隷です。この屋敷から出ることはヴァルター様に付き従う時以外ありません」

 色々と言い訳に考えていたけれど、これほど奴隷であったことに感謝したことはないかもしれない。

「そっか……残念」
「申し訳ありません」

 私は頭を下げる。
 彼と外に行くことは出来ないけれど、その気持ちは嬉しい。
 最近悩み気味の心が少し軽くなったかもしれない。

「それじゃあさっさとやっちゃおうか」
「はい。そうします」

 それからはサラミスの方に神経を張りつめながら仕事をこなした。
 彼が近寄って来ないかドキドキしながらやっていたこともあり、私は少しミスをしてしまった。

「カスミー? やっぱり体調悪かったんじゃないの?」
「パステル様」

 私が仕事の事でメイドから注意を受けていると、そこにパステルが近寄ってきた。

 彼は私をからかうような目で見ている。

「どうしたのどうしたの? やっぱり近くにヴァルター様がいないとダメだったりするの?」
「そんな事はありません。少し焦ってしまっただけです」
「ふーん」

 私は結構距離のある所にいるサラミスの気配を感じながらパステルに答える。彼が近くにいると……その……変な感じになるのだ。

「それならいいけど、そろそろ戻る?」

 私は確認の為にメイドを見ると頷いている。
 まだ毒のことを気にしているから力仕事を任されてないのかもしれない。

「あ、はい。そうしようかと思っています」
「それじゃあ一緒に行こうか」
「よろしいのですか?」
「うん。予定も特にないしね」
「ヴァルター様の護衛は……」
「今は他の騎士の時間だよ。オレもずっと張り付いていられる訳じゃないからね」
「それもそうですね」

 私達は2人そろって屋敷の中に戻って行く。
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