暗殺者の家系なのに殺せない私。無表情な王子を狙っていたらなぜか信頼されていくんですが?

土偶の友

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28話 距離を開けて

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「ネルは死に、俺の護衛だったゼラーテは責任感から騎士を辞めた。それで話は終わりだ」
「…………」
「……俺はそれ以来王城で暮すことをやめた。王城ですら入っているのだ。どこで狙われるか分からんからな。ほとんどの事をこの屋敷で処理し、仕事もここで出来る事はほぼ全て行なっている。父も……国王陛下も事情を知っているので、許して下さっているのだ」
「ネル様にそのような事が……」

 ネルフィーネ……会ったのは数回だけれど、私でも明るくさせてくれるようなとても素敵な人だったことを思いだす。

 ヴァルターも本気で好きだったのだろう。
 彼女の話をしている時はどこか柔らかい雰囲気だ。

「いいんだ。ネルは……いや。この話はいい。大事な事がもう一つある」
「はい」

 ヴァルターの雰囲気が、真剣な物に変わった。

「俺は今現在命を狙われている。いや、昔から狙われ続けていると言った方が正しいか」
「え……でも、犯人は捕まったのでは?」
「死んでいた。自害をしていたんだ。騎士が捕らえに来た時には、既に間に合わなかった。そして、その者は他国の出身で、俺に対して怨むような事はなかった」
「ということは……」
「誰かの差し金だろう。その相手も誰か分かっていない。まぁ……これだけ長い間バレずに行動出来ているのだ、侯爵以上であることは確実だろう」
「……」

 私は彼の言葉を黙って聞いている。
 そして、内心はドキドキが止まらなかった。
 信頼を得ていた。
 そう思っていたのだけれど、ここに案内されたのはわざとなのだろうか……と。

 こうやって私にわざわざ暗殺者が狙っている。
 ということを話す彼は、私のことを実は疑っていて、その揺さぶりで見抜こうとしているのではないか。
 私が口を開いたら、それを隠し通せるかが分からない。
 だから、そんな思いで口を開けない。

 彼は私に彼を殺すように遠回しに話して来たクラッツィオ公爵。
 彼について話せ……。
 そう言っているように感じたのだ。

 でも、それは出来ない。
 もしここでそのことを話してしまったらどうなるだろうか? 

 今更私が暗殺者だと信じられるのだろうか。
 彼の命を助けたのに、実は暗殺者でした? そんなことを言われて信じられるはずがない。

 それに……。もしも私が暗殺者だと彼に……ヴァルターにバレたら……。
 彼はどう思うだろうか。
 彼の大事なネルフィーネを奪った暗殺者。
 私とその者は同じではないけれど、目的は同じで……彼を殺そうとしている。

 ヴァルターは私の様子には気が付かないのか、更に話を続ける。

「そんな暗殺者を……俺は心の底から憎んでいる。絶対に許せない。確実に息の根を止めてやる」
「……」

 ヴァルターの目は怒りで燃えていて、フレイアリーズで過酷な修行を乗り越えてきた私でも身が竦む思いがした。

「それで時間をかけて調べた結果、クラッツィオ公爵から報告があった。フレイアリーズ家が俺を暗殺しようとしていた……と」
「……はい」
「そしてフレイアリーズ家は潰した。ロンメルの元婚約者であるカスミ、お前の実家であるフレイアリーズ家をだ」
「はい」
「それからの暗殺は止んだ。お前が家に来ていて、暗殺者ではないかと疑いもした。でも、それは違っていたかもしれない。お前は知らなかったかもしれないが、実は何か知っているんじゃないのか? だから教えてくれ。俺は新たなネルを生み出したくはないのだ……。暗殺者を送り込んで来る奴らを潰さなければならないんだ」

 ヴァルターはそう言って頭を下げる。
 彼からは絶対に暗殺者を許さない。
 そんな気持ちがこれでもかと伝わってくる。

「私は……私は……申し訳ありません。本当に何も知りません」

 私は言えなかった。

「実家で何があったかもか?」
「……はい。私は実家に帰ることはほとんどなかったですから。生徒会の仕事で忙しく、実家からの情報も聞いていません。アキならもしかしたら知っていたかもしれませんが……もういません」
「……済まない。辛いことを思いださせてしまった」
「……済んだことです。私はただの何も知らない奴隷のカスミです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「カスミ……」

 ヴァルターは顔を上げて、私の目を見つめてくる。
 その目はどんな意味があるのだろうか。
 いつもと変わらぬ無表情の奥には一体どんな感情が渦巻いているのだろう。

「申し訳ありません」

 私はそんな彼の目から逃げるように頭を下げる。

「……いや。いいのだ。知らないことを話せというほどに俺も愚かではない。いい食事だったのに悪いことをした」
「そんなことは……」
「それでは戻ろう。午後からも仕事がある。ああ、でも無理はするなよ。休みたくなったらすぐに休んでいい」
「そんな訳には……」
「いいんだ。明日からも働いてもらうためにはしっかりと体調を元に戻して貰わなければならないだろう?」
「それは……そうかもしれませんが」
「だったらちゃんと休んで、無理はしないようにしてくれ。俺の為に」
「畏まりました」

 私は頭をあげられなかった。
 ヴァルターは私が奴隷であるはずなのに、そんな風には思わせないように接してくれる。
 こうやって体の心配もしてくれる。気遣い続けてくれる。

 それなのに私は彼が心配していること。
 命の心配をしているのに、その力に何もなれていない。

 それどころか命を狙っていると言ってもいいのだ。

 彼は席を立ち、ゆっくりと歩いて行く。

「カスミ。行くぞ」
「はい」

 私は彼の後を追いかける。ゆっくりと。彼との距離を開けて。

「……」

 彼もそのことに気がついてはいるからか話かけて来ることもない、振り返ることもない。

 部屋に戻った私達は黙々と仕事に移る。
 その日、私が彼とした話は事務連絡以外なかった。
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