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24話 舞台後
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「うぅ……うぅぅん……」
重たい瞼を持ち上げ、久しぶりに目が覚めたような気がしていた。
部屋の中は暗く、腹の近くでは何か寝息が聞こえてくる。
誰かが私の側で寝ているのか? なぜ? 記憶が混濁していて、どうしてか分からない。
というかここは……学園の自室ではないだろう。
ではどこ? フレイアリーズの屋敷? 屋敷の部屋はこんなに広くない。
であれば……どこになるのだろうか。
何とか思いだそうとしていると、やっと最近の記憶が蘇ってくる。
「ここは……ヴァルター様の屋敷……?」
そうだ。そうに違いない。
暗闇にも慣れてきて周囲を確認した。
自分の物は一切置かれていない質素な部屋。
家具も最低限の物しか置かれていないけれど、それでも仕事をして寝るには十分な部屋だ。
腹の近くで眠っているのはヴァルターだった。
「え……?」
私は目を瞬かせ、本当に彼であるのかを確認する。
暗闇に慣れたといっても月明かりさえ入ってこない部屋。
自分の目がおかしいのではないかと心配になってしっかりと見つめるけれど、これだけ整っている顔はそうそういない。
暗殺する為に何度も見た彼の顔だ。
ターゲットを見間違えるはずもない。
「……」
周囲の気配を探るけれど、人の気配はない。
今この部屋にはヴァルターと私しかいない。
ここでなら私はヴァルターを殺せる。誰の邪魔も入らない。
ドクン
私の胸が高鳴った。
ここで彼を、ヴァルターを殺す事が出来るのであれば、屋敷の皆が無事で帰って来れるはず。
ならば、ここで……私は……。
「つぅ……!」
ゆっくりと体を起こすと、全身に痛みが走って起き上がるのも辛い。
でも、この程度の痛みは、皆が、父や母や兄が味わった痛みに比べたら……。
私は歯を噛み締めて何とか体を起こし、ヴァルターをしっかりと見据える。
腕にさえ力が入ればいい。
そう思っていると、ヴァルターから寝言が聞こえた。
「ネル……行かないで……」
「ネル……?」
ヴァルターは私の知らない名前を呼ぶ。
その寝顔は眉を寄せていてかなり辛そうだ。
ネルとは誰だろうか。
この状況で聞いた名前について思いだそうとして、体に電流が走った。
『うふふ、カスミも一緒に遊びましょう? 貴方に似合うお花を見つけたの』
優しく笑う笑顔。
花がとっても好きで良く見ていたあの人。
ネル……確か、ヴァルターの元婚約者……。彼女は今……。
どうしたのだろうか。
彼女のことについて思い出すことが出来ない。
というよりも、ある時からぱったりと会わなくなってしまった。
ネルと会わなくなったと同時にヴァルターとも会わなくなり、ロンメルと2人だけで会うようになったはずだ。
そして、その事をロンメルに聞いても濁されて教えては貰えなかった。
「!」
1人考え事をしていると、扉の方から足音が聞えて来る。
しまった。せっかくのヴァルターを殺すチャンスだったのに。
これでは……間に合わないかもしれない。
足音は扉のすぐ外に来ている。
でも、急いでヴァルターを殺せば。
私はヴァルターに手を伸ばした所で。
「目を覚ましてくれ……カスミ……」
「………………」
ピタリと手が止まった。
私は彼の口からどうして私の名前が出たのか分からない。
記憶もよくわからない物が駆け巡る。
学園の正門、古びた倉庫、学園の舞台色々な光景が浮かんでは消えていく。
コンコン
扉がノックされ、そのまま開けられた。
「入るぞ」
その声の持ち主はパステル。
ヴァルターに最も近い軽薄そうな風貌の騎士だ。
その見た目とは打って変って、ヴァルターへの忠誠心はとても高い。
彼は手に明かりを持っていて、私は薄目になる。
そして、私は扉を開けて入って来た彼と目が合う。
「お? 目が覚めたのか?」
「はい。しかし、記憶が混濁していて、どうしてこうなっているのか」
「どこから記憶がないんだ?」
そう聞かれて、どこからだろうと思いだす。
「確か……ヴァルター様と収穫祭に参加する為、学園に来た所までは覚えています」
「その後にオレや他の騎士と一緒に学園を回ったことは?」
「覚えていません」
「倉庫に行って仕事をしたことも?」
「……収穫祭に来たのに倉庫に行ったのですか?」
「……ヴァルター様が舞台に出て、挨拶をしたことは?」
「……覚えが……」
ない。そう言おうと思ったけれど、言い切る事ができなかった。
頭の中ではなぜか自分がヴァルターを突き飛ばし、ナイフを背中に受けた記憶がある。
しかし、それはおかしい。
私はヴァルターを殺すためにここに送り込まれたはず。
それが何を思って彼を助けるのか? 理解に苦しむ。
「思いだしたか?」
「私……が、ヴァルター様……を庇い……ました……か?」
理解に苦しむが、記憶の中の自分は確実にそうしている。
だから、確認の為にパステルに問うた。
彼は真剣だった表情をニコっとさせると、私を安心させるように話してくれる。
「ああ、その通りだ。あらためて感謝する。カスミ」
「……お気になさらず。それよりも、何があったのかをお聞かせ願えませんか?」
「ああ、分かった。お前の記憶があやふやな所からするとしようか」
「はい。よろしくお願いします」
パステルは直ぐ近くにあったイスを持ってきて、私の側に座る。
手に持っていた毛布をヴァルターにかけた。
「悪いな。これは主の為の物なんだ」
「大丈夫です。お話を」
「ああ」
そう言ってパステルから話を聞き、何があったを思い出す。
パステル達とが人で込み合う学園を調べていたこと。
飲み物を貰ったこと。
ヴァルターがレティシアに辟易して静かな所に行きたがったこと。
そして、舞台で挨拶をする時に暗殺者にナイフを投げられて、私が代わりに受けたこと。
あの時の事を何度考えてもおかしい。
私がそんなことをするはずがないのに、本当におかしなクスリでも飲んでしまっていたとしか思えない。
パステルは私が気を失った後の事を話してくれる。
「その後は簡単だ。その場にいた者で護衛と暗殺犯の捜索、それと神官を呼びに行った。暗殺犯は捕まらなかった。俺達が調べていたルートから逃げ出した可能性もあるくらいだ」
「学園で調べていたあのルートでしょうか?」
「ああ、いざという時に逃げるルートだな。もしかして聞かれていた可能性もある」
「そうですか……」
ずっと感じていた視線はもしかして暗殺者のものだったのかもしれない。
私を監視していたのも何か理由が?
考え事をしていると、パステルは更に続ける。
「それと神官が来てお前を助けてくれたが、中々気になる事を言っていたぞ」
「なんでしょうか?」
「お前には、2種類の毒が入れらていた。そう言っていたんだ」
「2種類の……毒?」
私は怪訝な顔をしていると思う。
ナイフに2種類も毒を塗られていただろうか? と。
用心深い暗殺者ならあるかもしれない。
パステルは真剣な顔のまま言う。
「ああ、1つはナイフに塗られていて徐々に体に毒が回り、数分もすれば死に至る毒」
「良く生き残れましたね……」
「それは神官も驚いていたよ。カスミの毒耐性はあり得ない。とまで言っていた」
「フレイアリーズ家では毒に対する耐性を付けるのも修行でしたから……それのお陰かもしれません」
自ら毒を飲み直ぐに解毒役を飲む。
それを何度も繰り返すのだ。思い出したくもないが。
「もう一つの毒はよくわからない。効果もよくわからないらしいし、どこかのタイミングで体に入ったのかも……」
「どうして毒と分かったのですか?」
「解毒の魔道具を使った時に出たらしい。ただ、かなり特殊な効果を与える。ということは分かったらしいが、どういった効果を与えるのかまでは分からないと言っていた」
「そうですか……。解毒はされているのでしょうか?」
「ああ、問題ないそうだ」
「であればいいかと。しかし、一体どんな事が目的だったのでしょうか?」
「それが分かったら苦労しないさ」
「それもそうですよね……」
特殊な毒……。
一体どんな効果があったのだろうか。
毒耐性のある私に効果を与えるようなものだったのか。
それとも、耐性があったため効果が現れなかったか……。
どこで毒を貰ったのかも分からない。
分からないけれど、そうであるならば考えても仕方ないように思う。
「何にしろカスミが無事で良かった」
「はい……。しかし、ヴァルター様やパステル様に迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません」
「何を言ってるんだ。カスミがいなかったら今頃ヴァルター様は死んでいたんだ。なのに迷惑だなんていう訳ないだろう? ヴァルター様も、自分がついていてやらなければならないんだ。とか言ってずっとカスミの左手を握っていたんだ」
「左手……」
自分の左手を見ると、今はヴァルターが寝ているからか離れているけれど、手にはくっきりとした後が残っている。
ちょっとひりひりするかもしれない。
私は左手を右手で撫でる。
「まぁ……そう怒らないでやってくれ。ヴァルター様も色々とあったんだ」
「色々……ですか?」
ネル……様のこと? と聞きそうになってしまった。
「ああ、色々とだ」
パステルはそう言ってどこか遠い目をする。
「この事は本人から聞くのが一番いい」
「畏まりました」
「さて、オレはこれで失礼するよ。それと、ヴァルター様は連れて行く」
「よろしいのですか?」
「女性と2人きりにすることはできんだろう? 襲ってしまうかもしれない」
「私は奴隷ですので、気にしませんが」
「その相手が他の者であってもか?」
「……」
パステルがからかうようにそう言われて、私はドキリとした。
というよりも、嫌な気持ちになったと言った方がいいかもしれない。
「という訳だ。今日は連れて帰る」
「……はい。よろしくお願い致します」
「あ、そうそう。解毒の魔道具の副作用で、当分体の調子が悪くなるかもしれないから気を付けておいてくれ」
「畏まりました。わざわざありがとうございます」
私は頭を下げ、パステルは手を振りヴァルターを軽々と抱えて部屋を出ていく。
私は胸を押さえ、自身の考えを否定する。
そんな訳がない。そんなことある訳がない。あってはいけない。
私は彼を殺すのだ。
殺さなければならないのだ。
それなのに、それなのに彼に対してそんな感情を抱くなんて許されるはずがない。
あっていいはずがない。
「どうして……こんなことに……」
私は悩み、考えている内に眠りについていた。
重たい瞼を持ち上げ、久しぶりに目が覚めたような気がしていた。
部屋の中は暗く、腹の近くでは何か寝息が聞こえてくる。
誰かが私の側で寝ているのか? なぜ? 記憶が混濁していて、どうしてか分からない。
というかここは……学園の自室ではないだろう。
ではどこ? フレイアリーズの屋敷? 屋敷の部屋はこんなに広くない。
であれば……どこになるのだろうか。
何とか思いだそうとしていると、やっと最近の記憶が蘇ってくる。
「ここは……ヴァルター様の屋敷……?」
そうだ。そうに違いない。
暗闇にも慣れてきて周囲を確認した。
自分の物は一切置かれていない質素な部屋。
家具も最低限の物しか置かれていないけれど、それでも仕事をして寝るには十分な部屋だ。
腹の近くで眠っているのはヴァルターだった。
「え……?」
私は目を瞬かせ、本当に彼であるのかを確認する。
暗闇に慣れたといっても月明かりさえ入ってこない部屋。
自分の目がおかしいのではないかと心配になってしっかりと見つめるけれど、これだけ整っている顔はそうそういない。
暗殺する為に何度も見た彼の顔だ。
ターゲットを見間違えるはずもない。
「……」
周囲の気配を探るけれど、人の気配はない。
今この部屋にはヴァルターと私しかいない。
ここでなら私はヴァルターを殺せる。誰の邪魔も入らない。
ドクン
私の胸が高鳴った。
ここで彼を、ヴァルターを殺す事が出来るのであれば、屋敷の皆が無事で帰って来れるはず。
ならば、ここで……私は……。
「つぅ……!」
ゆっくりと体を起こすと、全身に痛みが走って起き上がるのも辛い。
でも、この程度の痛みは、皆が、父や母や兄が味わった痛みに比べたら……。
私は歯を噛み締めて何とか体を起こし、ヴァルターをしっかりと見据える。
腕にさえ力が入ればいい。
そう思っていると、ヴァルターから寝言が聞こえた。
「ネル……行かないで……」
「ネル……?」
ヴァルターは私の知らない名前を呼ぶ。
その寝顔は眉を寄せていてかなり辛そうだ。
ネルとは誰だろうか。
この状況で聞いた名前について思いだそうとして、体に電流が走った。
『うふふ、カスミも一緒に遊びましょう? 貴方に似合うお花を見つけたの』
優しく笑う笑顔。
花がとっても好きで良く見ていたあの人。
ネル……確か、ヴァルターの元婚約者……。彼女は今……。
どうしたのだろうか。
彼女のことについて思い出すことが出来ない。
というよりも、ある時からぱったりと会わなくなってしまった。
ネルと会わなくなったと同時にヴァルターとも会わなくなり、ロンメルと2人だけで会うようになったはずだ。
そして、その事をロンメルに聞いても濁されて教えては貰えなかった。
「!」
1人考え事をしていると、扉の方から足音が聞えて来る。
しまった。せっかくのヴァルターを殺すチャンスだったのに。
これでは……間に合わないかもしれない。
足音は扉のすぐ外に来ている。
でも、急いでヴァルターを殺せば。
私はヴァルターに手を伸ばした所で。
「目を覚ましてくれ……カスミ……」
「………………」
ピタリと手が止まった。
私は彼の口からどうして私の名前が出たのか分からない。
記憶もよくわからない物が駆け巡る。
学園の正門、古びた倉庫、学園の舞台色々な光景が浮かんでは消えていく。
コンコン
扉がノックされ、そのまま開けられた。
「入るぞ」
その声の持ち主はパステル。
ヴァルターに最も近い軽薄そうな風貌の騎士だ。
その見た目とは打って変って、ヴァルターへの忠誠心はとても高い。
彼は手に明かりを持っていて、私は薄目になる。
そして、私は扉を開けて入って来た彼と目が合う。
「お? 目が覚めたのか?」
「はい。しかし、記憶が混濁していて、どうしてこうなっているのか」
「どこから記憶がないんだ?」
そう聞かれて、どこからだろうと思いだす。
「確か……ヴァルター様と収穫祭に参加する為、学園に来た所までは覚えています」
「その後にオレや他の騎士と一緒に学園を回ったことは?」
「覚えていません」
「倉庫に行って仕事をしたことも?」
「……収穫祭に来たのに倉庫に行ったのですか?」
「……ヴァルター様が舞台に出て、挨拶をしたことは?」
「……覚えが……」
ない。そう言おうと思ったけれど、言い切る事ができなかった。
頭の中ではなぜか自分がヴァルターを突き飛ばし、ナイフを背中に受けた記憶がある。
しかし、それはおかしい。
私はヴァルターを殺すためにここに送り込まれたはず。
それが何を思って彼を助けるのか? 理解に苦しむ。
「思いだしたか?」
「私……が、ヴァルター様……を庇い……ました……か?」
理解に苦しむが、記憶の中の自分は確実にそうしている。
だから、確認の為にパステルに問うた。
彼は真剣だった表情をニコっとさせると、私を安心させるように話してくれる。
「ああ、その通りだ。あらためて感謝する。カスミ」
「……お気になさらず。それよりも、何があったのかをお聞かせ願えませんか?」
「ああ、分かった。お前の記憶があやふやな所からするとしようか」
「はい。よろしくお願いします」
パステルは直ぐ近くにあったイスを持ってきて、私の側に座る。
手に持っていた毛布をヴァルターにかけた。
「悪いな。これは主の為の物なんだ」
「大丈夫です。お話を」
「ああ」
そう言ってパステルから話を聞き、何があったを思い出す。
パステル達とが人で込み合う学園を調べていたこと。
飲み物を貰ったこと。
ヴァルターがレティシアに辟易して静かな所に行きたがったこと。
そして、舞台で挨拶をする時に暗殺者にナイフを投げられて、私が代わりに受けたこと。
あの時の事を何度考えてもおかしい。
私がそんなことをするはずがないのに、本当におかしなクスリでも飲んでしまっていたとしか思えない。
パステルは私が気を失った後の事を話してくれる。
「その後は簡単だ。その場にいた者で護衛と暗殺犯の捜索、それと神官を呼びに行った。暗殺犯は捕まらなかった。俺達が調べていたルートから逃げ出した可能性もあるくらいだ」
「学園で調べていたあのルートでしょうか?」
「ああ、いざという時に逃げるルートだな。もしかして聞かれていた可能性もある」
「そうですか……」
ずっと感じていた視線はもしかして暗殺者のものだったのかもしれない。
私を監視していたのも何か理由が?
考え事をしていると、パステルは更に続ける。
「それと神官が来てお前を助けてくれたが、中々気になる事を言っていたぞ」
「なんでしょうか?」
「お前には、2種類の毒が入れらていた。そう言っていたんだ」
「2種類の……毒?」
私は怪訝な顔をしていると思う。
ナイフに2種類も毒を塗られていただろうか? と。
用心深い暗殺者ならあるかもしれない。
パステルは真剣な顔のまま言う。
「ああ、1つはナイフに塗られていて徐々に体に毒が回り、数分もすれば死に至る毒」
「良く生き残れましたね……」
「それは神官も驚いていたよ。カスミの毒耐性はあり得ない。とまで言っていた」
「フレイアリーズ家では毒に対する耐性を付けるのも修行でしたから……それのお陰かもしれません」
自ら毒を飲み直ぐに解毒役を飲む。
それを何度も繰り返すのだ。思い出したくもないが。
「もう一つの毒はよくわからない。効果もよくわからないらしいし、どこかのタイミングで体に入ったのかも……」
「どうして毒と分かったのですか?」
「解毒の魔道具を使った時に出たらしい。ただ、かなり特殊な効果を与える。ということは分かったらしいが、どういった効果を与えるのかまでは分からないと言っていた」
「そうですか……。解毒はされているのでしょうか?」
「ああ、問題ないそうだ」
「であればいいかと。しかし、一体どんな事が目的だったのでしょうか?」
「それが分かったら苦労しないさ」
「それもそうですよね……」
特殊な毒……。
一体どんな効果があったのだろうか。
毒耐性のある私に効果を与えるようなものだったのか。
それとも、耐性があったため効果が現れなかったか……。
どこで毒を貰ったのかも分からない。
分からないけれど、そうであるならば考えても仕方ないように思う。
「何にしろカスミが無事で良かった」
「はい……。しかし、ヴァルター様やパステル様に迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません」
「何を言ってるんだ。カスミがいなかったら今頃ヴァルター様は死んでいたんだ。なのに迷惑だなんていう訳ないだろう? ヴァルター様も、自分がついていてやらなければならないんだ。とか言ってずっとカスミの左手を握っていたんだ」
「左手……」
自分の左手を見ると、今はヴァルターが寝ているからか離れているけれど、手にはくっきりとした後が残っている。
ちょっとひりひりするかもしれない。
私は左手を右手で撫でる。
「まぁ……そう怒らないでやってくれ。ヴァルター様も色々とあったんだ」
「色々……ですか?」
ネル……様のこと? と聞きそうになってしまった。
「ああ、色々とだ」
パステルはそう言ってどこか遠い目をする。
「この事は本人から聞くのが一番いい」
「畏まりました」
「さて、オレはこれで失礼するよ。それと、ヴァルター様は連れて行く」
「よろしいのですか?」
「女性と2人きりにすることはできんだろう? 襲ってしまうかもしれない」
「私は奴隷ですので、気にしませんが」
「その相手が他の者であってもか?」
「……」
パステルがからかうようにそう言われて、私はドキリとした。
というよりも、嫌な気持ちになったと言った方がいいかもしれない。
「という訳だ。今日は連れて帰る」
「……はい。よろしくお願い致します」
「あ、そうそう。解毒の魔道具の副作用で、当分体の調子が悪くなるかもしれないから気を付けておいてくれ」
「畏まりました。わざわざありがとうございます」
私は頭を下げ、パステルは手を振りヴァルターを軽々と抱えて部屋を出ていく。
私は胸を押さえ、自身の考えを否定する。
そんな訳がない。そんなことある訳がない。あってはいけない。
私は彼を殺すのだ。
殺さなければならないのだ。
それなのに、それなのに彼に対してそんな感情を抱くなんて許されるはずがない。
あっていいはずがない。
「どうして……こんなことに……」
私は悩み、考えている内に眠りについていた。
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