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6章

129話 マーキュリーの治療

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「あの……これ……もしかしたら、黒くなった肌を……治療できるかもしれません」

 僕は魔法から得た情報を元にそう口にする。

「それは本当かエミリオ!」
「わわ!」

 師匠がものすごい形相ぎょうそうで僕に掴みかかってくる。
 僕の肩がガクガクと揺らし、大声で聞いてきた。

「どうなんだ!? 本当なのか!? 早く教えてくれ!」
「ほ、ほんと……」
「どうしたエミリオ! 早く原理を教えてくれ! おれは知りたい! どうやって治すのか! どうしたらいいのかを!」

 あまりに強く揺さぶられるので、僕は頭がグラグラとゆられて意識がとびそうになる。
 このままではいけないので、なんとか大声を出した。

「ちょっとやめてください!」
「は……す、すまん。少し気が高ぶり過ぎた。それで、どういうこと……」
「師匠!?」

 師匠が治療に関して命をかけていることは知っているけれど、だからってやりすぎだ。
 もうちょっと待ってほしい。

「わ、分かった。おれは少し離れる」
「助かります」

 師匠はそういって離れてくれたので、僕はつかんだ事を話す。

「……ふぅ。師匠。先ほど、僕は探知系の魔法を使いました」
「そうだな。聞いたことのない魔法だが……それが関係あるのだな!?」
「ちょっととまって下さい!」

 師匠はそういってまた僕に向かって来ようとしたので、なんとか押しとどめる。

「あ、ああ。すまん」
「それで、先ほどの魔法なんですが、その……範囲を指定して、その範囲内の水分の情報が頭に流れてくる。という魔法になります」
「ほうほう」
「その範囲内……先ほど、脳の中というか、頭全てを範囲にしてやろうとしたんです」
「それでそれで」

 師匠がじりじりと近付いて来て怖い。
 でも、とりあえず言いきらなければ。

「その時に、当然、顔も範囲に入っています。そこで、顔の……マーキュリーに黒くされてしまった部分の情報を得ることができたのです。そして、その情報があれば、僕は……治療できると思います」
「それは……本当か? いや、いい。ひとまずそれの真偽は外に出てからにしよう」
「え? でも、この方の治療は……」
「それは後でいい。もし仮にその治療でできるようになるのであれば、その魔法さえ覚えれば他の回復術師でも治療することはできるのだろう? 他の者達に魔法を教え、おれ達は中毒性の除去じょきょに集中できる。それができれば、早くマーキュリーに苦しむ人達を救えるだろう」
「なるほど」
「だから、まずはそれが本当に治療できるのかをやる。それも最速で」
「わかりました」

 僕は師匠の言葉に納得して、元に戻る。

「あれ? もう終わったのですか?」

 外ではクレアさんが魔法を使ったまま、イスに座って待っていた。
 僕達が戻ると、驚いたように聞いてくる。

「ちょっと事情が変わりまして」
「まぁ、なにがあったのでしょう?」
「そんなことはいい。少し黙って待ってくれ」
「ジェラルド様?」
「エミリオ。いいから早く試してくれ」
「分かりました」

 師匠がいいからやれ、すぐにやれ、今すぐやれ。
 と強い目をして訴えかけていた。
 なので、僕も師匠の言う通りにやろうと決めた。

 僕はじっとマーキュリーの黒くなった部分をみて、その範囲をしっかりと特定する。
 そして、その範囲を極限までしぼって魔法を発動させた。

「全てを見通すはあらゆる流れ、祖が存在はあらゆる生命の母に宿るもの。解析し理解し解きほぐせ水の解析ウォーターアナライズ

 僕の頭の中には彼女の顔の情報がこれでもかと流れ込んで来る。
 今はどのような状態になっているのか。

 昔の情報はほとんど読み取ることができなくなっている。
 その原因はマーキュリーのせいだ。
 ただ、そのマーキュリーをすぐに殺してはいけない。
 なぜなら、そのマーキュリーこそが、肌の情報を持っていたのだ。

 なぜマーキュリーがその情報を持っているのか。
 それは、マーキュリーが黒いのは、肌を殺菌しているのではなく、吸収しているからだった。
 患者の肌をマーキュリー自身にとりこんでいく、それによって黒くなっていく。

 僕はより魔法に集中して、マーキュリーの持っている情報に集中力を注ぎ込む。

 そうしていくと、魔力はかなり使うことになってしまう。
 でも、この人の顔の情報をできる限り読み取る。

「これくらいなら……いけるか」

 僕はマーキュリーからしっかりと情報を読み取り、その情報を元に回復魔法を発動させる。

「根源より現れし汝のいしずえよ、かの者を呼び戻しいややせ『回復魔法ヒール』」

 僕は魔法を発動させて、患者さんの顔を治療していく。

「……」

 僕が読み取った情報を元にして、ゆっくりとではあるが患者さんの顔が元に……マーキュリーに侵される前に戻っていった。

「これは……」
「そんな……ことが……」
「……ふぅ」

 僕は患者さんを治療し終わると、師匠の方をむいた。

「どうですか? これなら……」
「こんなことが……」

 師匠は患者の顔を食い入るように覗き込み、今にもかじりつくのか? という程に顔に近付いていた。
 そして、真っ黒だった顔の部分を何度も触り、感触を確かめている。

「どうでしょうか? これからマーキュリーを倒さないといけません。が、それでもここまで戻れば大丈夫かと思うんですが……」
「ああ、これは完璧に治ったと言っていいだろう」

 師匠にそう言われると、とても嬉しくなる。

「エミリオ様!」
「クレアさん!?」

 僕は師匠にそう言っていると、クレアさんに抱き締められる。
 体がきしむほどに、クレアさんは力強い。

「ありがとうございます。本当に……これで……マーキュリーは……治療……できるようになったの……ですよね」

 抱き締められながら、僕の頭に冷たい水滴すいてきが落ちる。
 それは、クレアさんの涙だった。

「クレアさん……」
「ありがとう。本当に……本当に……治療できるなんて……。信じられません。こんなことがあるとは……」
「クレアさん……」
「2人ともいい雰囲気の所悪いが、まだ問題はあるぞ」
「問題……ですか?」
「ふぅ……」

 クレアさんは僕を放してくれた。
 あのままだったら体が悲鳴をあげていたかもしれない。
 そう考えると、師匠の言葉には助かった。

 師匠は真剣な顔のまま話を続ける。

「当然だ。その魔法を……どれだけ多くの魔法使いが覚えられるか……だ。ドルトムント伯爵の所にいる魔法使い達にそれを教えていかなければならない」
「先ほどの魔法は水属性ですよね? 10人ほどは居ますよ? 集中的に教えて頂ければ問題ないと考えます」
「ああ、集中的に教えれば……な」
「?」

 師匠が苦い顔をしているが、クレアさんはなんの事か分かっていないようだった。
 それは当然かもしれない。

 魔法を教える……ということは、国王陛下や他の貴族がいるこの街で目立つことに他ならない。

 それは……よろしくない。
 でも……それをやらずに、他のマーキュリーの患者をどうやって治療するのか……。
 僕がずっと付きっきりでできるかと言われると……難しいと思う。

 考え事をする僕とは裏腹に、師匠とクレアさんは話し合いを続ける。

「どういうことですか?」
「エミリオは他の者の前に出せない。理由がある」
「……それは、マーキュリーの患者を治療する事よりも大事なことなのでしょうか?」

 クレアさんの圧力を増し、返答によっては……。
 という雰囲気をだしていた。

 しかし、師匠はひるまずに言う。

「大事なことだ。エミリオの身の安全は連れ出すときに口をすっぱくして約束させられた」
「私がその領地を潰して吸収して差し上げましょうか? それくらいはできますよ?」
「エミリオの後ろにいる他の家を敵に回してもいいのか?」
「この病を治すことができるのであれば、それくらいはやりましょう」
「そうか。ではまずはスケルトン侯爵と話してもらうか?」
「【食の皇帝フードエンペラー】!? あの方が彼の後ろについていると!?」

 クレアさんは驚いた表情で僕と師匠を交互に見つめる。

 師匠はゆっくりと頷く。

「ああ、まずはそこを敵に回していいのであればやるといい。この国の食を支配する程のあの領地を敵に回してもいいと思うのであればな?」
「そんな……いくらなんでも中立をうたっているあの方がそんな……いえ。そうですか。なるほど、エミリオ殿が凄腕の回復術師であって、最近の【食の皇帝フードエンペラー】は体調不良でした。それがいい方向に向かっている。しかも、不穏分子も排除した……。ということで聞いていましたが……。そういうことですか」

 クレアさんはじっと僕を見てそう話す。

「ドルトムント伯爵。だからエミリオが前に出ることは諦めてもらおう」
「では……この街の患者は……諦めろ。そう申されるのですか? それとも、エミリオ殿だけでも残り、全員の治療が終わるまで続けて下さるというのでしょうか?」
「それはない。おれたちはずっとここにいることはないからな」
「なら……」

 クレアさんは頭の中で考え、これからどうするのか。
 そう計算しているようだった。

 研究職ではあるのだろうけれど、貴族として、必要なことであればやることができる人であるらしい。
 今までは研究者としての姿しかしらなかったので、ちょっと驚いてしまった。

 そんなクレアさんに、師匠は笑いかけるようにして話す。

「安心しろ。ちゃんと治療をしていけるようにする」
「それは……どの様に?」

 クレアさんは少しにらみつけるようにして師匠を見る。

 その師匠は、僕の方に向き直った。

 え?

「エミリオ」
「は、はい」
「おまえ、おれの師匠になれ」
「はい?」
「聞こえなかったか? エミリオ、おれをお前の弟子にしてくれ」
「え……ええええええ!?」

 師匠が何を言っているのか、僕は理解できなかった。
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