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6章

120話 回復術師として

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少々書籍化などでやることがあるので、3日後の投稿はなしになります。
ただし、書籍が発売されるさいは記念してかなり更新するかもしれません。
どれだけできるのかわかりませんが、楽しみにしていてください。

***************************


「氷雪の剣と成りて敵を抉れ、その血を持って我が誉とする『氷雪剣生成クリエイトアイスソード』」

 僕は2人の前で魔法を発動させる。
 当然、その剣の色は緑色。
 それも師匠が作った縄の色を強く想像する。

「剣を緑色にするのですか?」
「はい。そして、これを……」

 僕は脳から少し離れた位置に移動し、そしてそれを制御して細く真っすぐにクレアさんの方に伸ばしていく。

「……」
「そしてこれを……」

 僕はその氷の剣の先端部分をちょろちょろと動かして、師匠がやっていたようにする。

 速度や距離もできるかぎり同じような感覚を想像した。
 
「……」

 しかし、クレアさんはその動きを見ても納得してくれていないのか、黙ったままだ。

 なら、もっと見せつけるようにしていかなければ意味がない。

「ちょっと魔法を使いますね」

 僕はそう言って、魔法を発動させる。

「氷よ、板と成り我が意に従え『氷板操作アイスボードコントロール』」

 触れれば壊れる程の氷の板を何枚も作り出し、壊れないようにそっとくっつけていく。
 そして、師匠が通したような細い穴の透明なつつ疑似的ぎじてきに作り出した。

「これに通してみますね」

 僕はその氷の板で作った筒を師匠とクレアさんの前に出して、氷の剣で師匠がやった方に実演する。

「……」

 集中力を高め、決して失敗しない。
 僕が失敗すれば患者が死ぬ。
 その事を絶対に忘れない。

 周囲の音……師匠達の息遣いすらも僕の耳には入ってこない。
 集中し、魔法に全力を傾ける。

 次の瞬間に体が大きく揺れた。

 グラグラグラグラ

「なんだ!?」
「誰ですか!?」
「……」

 僕は集中し続けて、魔法への集中力は決して緩めなかった。

*******

***サシャ視点***

「いけない。こんなにも時間がかかるなんて……」

 私は急いでエミリオ様の元に戻っていた。

 御者からの話はこの街の物価が想像以上に高く、今後の資金等に関してバルトラン子爵様に連絡した方がいいということだった。
 ただし、エミリオ様に頼んで、物資をドルトムント伯爵様に都合してもらうことは可能か? それができるなら必要ない、ということだ。
 別にいちいち私に確認しなくてもいいのに。
 そう思わないでもないけれど、ちゃんと律儀りちぎに確認してくるからこそ、エミリオ様の御者を任されているのだろう。
 そんな同僚どうりょうをぞんざいに扱うことはできない。

 私は急いでドルトムント伯爵様の研究室をノックする。

 コンコン。

「……」

 しかし返事がない。

 コンコン。

「……どういうことでしょうか?」

 私は扉に耳を当てて中の様子を確認する。
 すると、中には呼吸音が4つもあった。

「……エミリオ様!」

 私は最悪の事態を考えて部屋の中に飛び込んだ。
 最悪の事態とは、中にいる者が致命傷を負っている可能性を考えて……だ。

 領主の館に忍び込むなんて普通はありえないが、レストラリアでは実際にあった。
 なら、今回ないなんてどうして言い切れようか。

 私が扉を開けて中に入ると、台座に縛り付けられた女性を囲むようにして、3人がぐったりしていた。
 色々な器具などがおいてあるけれど、最短距離を走る。
 多少崩れるけれど、エミリオ様が無事ならそれで……。

「エミリオ様!」

 私は慌てて駆け寄り、肩を揺すろうとして気付く。

「これは!」

 私の直感が叫んでいた。
 3人は今潜っているのだと、そして、今は懸命に治療中に違いない……と。

 というか、ドルトムント伯爵様も回復術師だったはず、ならば今現在は治療中である可能性の方が高い。

「危なかった……また正座をさせられるところでした……」

 私は触る前に気付いて、何とか手を降ろす。
 自分の直感を信じて良かった。
 後は、3人が無事に起きてくるまで待っているだけ。

 そのはずだった。

「ん?」

 私の耳が異音を聞きつけ、後ろをチラリと見る。
 すると、そこには今にも様々な器具や本が倒れて来るところだったのだ。

「あ……やばい!」

 私は急いで倒れてくるものの前に出て、それらを手で、足で、頭で受け止めていく。
 別に落としてしまってもいいじゃないか。
 そう思わない自分がいないこともないけれど、その落ちてくるものの下にはエミリオ様達がいる。

 決して同じ過ちを繰り返してはいけない。

「よっ! はっ! ほっ!」

 私は何とか受け止めていき、かなり厳しい姿勢で受け止める。
 説明すると片足で立ち、もう片方の足は横にピンと伸びている、両手は中途半端な位置で止まっているので伸ばしているよりもきついかもしれない。
 そして、頭は台座で寝ている女性の上だ。
 そして体全身の上に物が載っている、神がかっているバランスといってもいいだろう。

 私がバランスを崩しても、口にくわえているこの本を落としてはいけない。
 私はエミリオ様を守り切る。
 そう決めたのだ。

 そして、エミリオ様が戻って来た時に助けてもらうのだ。

「お願い……エミリオ様……早く戻ってきて……あ」

 私は祈るようにつぶやき、その拍子ひょうしに口にくわえていた本が落ちる。

 そして、何もすることもできず、台座で寝ている女性の顔に当たった。

******

「なんだ!?」
「誰ですか!?」
「……」

 僕は集中して魔法を使い続ける。
 そして、それから少しして師匠と同じような動きを完璧に演じきった。

「どうでしょう!?」

 僕は満足げに2人を見ると、2人は驚いた様に僕を見つめていた。

「あの……どうしました?」
「エミリオ……お前、今の揺れを感じなかったのか?」
「揺れ……? 感じませんでしたが……」
「そうか……それは……すごい集中力だな。普通では考えられん」

 師匠と同じように、クレアさんも驚いている。

「嘘でしょう? そんなことがあるのですか?」
「まぁ……エミリオだからな。これくらいは驚かんよ」
「ジェラルド様がそこまで言われますか……」
「ああ、それで、彼の魔法技術はどうだ?」
「……ええ。文句はありません。素晴らしいです。是非ともマーキュリーに侵された者達を助けて下さい」

 彼女はそう言って頭を90度になるように深く下げる。

 僕は慌てて止める。

「頭をあげてください! 僕はただのエミリオです! 伯爵様がそんな頭を下げる必要はありません!」
「いえ、あなたは今回の件に必要な方。これくらいはしますとも」
「……」

 どうしたらいいんだろうか。
 そう思っていると、師匠が助け舟を出してくれる。

「クレア殿、心配しなくてもエミリオは助けてくれる」
「ですが……力を疑ってしまった訳ですし……」

 彼女はそう後悔したように言うけれど、それは違うと思う。

「ドルトムント伯爵様」
「な、なんでしょう」
「ドルトムント伯爵様は間違っていません。僕が子供で、力を疑うのは当然だと思います。むしろ、魔法をみせるチャンスを下さってありがとうございます。僕の方こそお礼を」

 考えてみてほしい。
 たかが14才の子供があなたの大事な人の治療をしたい。
 そう言われたとして、普通の人は受けたいと思うだろうか?
 超一流の回復術師が保証しても、普通だったらその超一流の人にやって欲しい。
 そう言うのではないだろうか。
 
 それなのに、クレアさんは僕の魔法を見てくれた。
 チャンスをくれたのだ。
 クレアさんに感謝するのは僕だと思う。

 クレアさんは少し黙った後に、口を開く。

「あなたは……すごい方ですね。普通の貴族……いや、回復術師であれば、そんな風にすることはないでしょう。力を誇示こじし、そしてその報酬をできるだけ吊り上げようとする。力を持つ者は得てしてそうなりがちですが……。あなたの様な方が来てくれたこと。私は心の底から感謝します」
「……」

 僕が顔をあげると、そこにはとても優しい微笑みを浮かべているクレアさんがいた。

「よろしくお願いします。特級回復術師ジェラルド・グランマールの弟子としてではなく、回復術師エミリオとして、今回の件に助力を願います」

 クレアさんはそう言って優雅にドレスを広げて頭を下げる挨拶をする。
 今の彼女はドレスではなく作業着のような服だけれど、その事をやる意味はわかった。

「勿論です。僕にできることは全力でやらせていただきます」

 彼女は、僕の事をただの師匠のおまけとしてではなく、1人の人として見てくれたんだ。
 その期待に応える為に、僕は全力を尽くす。

「さて、いい雰囲気になったところで、さっきの元凶に正座をさせに行くか」
「元凶……?」
「正座……?」

 師匠が上の方をにらみつけている。

「そうだ。一度戻るぞ」
「はい」
「分かりましたわ」


 僕達がそろって元に戻ると、そこには、かなりきつそうな姿勢で耐えているサシャがいた。
 しかも、その手や足どころか頭には本や器具が乗っている。

「サシャ……何しているの?」
「エ、エミリオ様……助けて下さい」
「う、うん」
「待て」
「?」

 僕が助けようとすると、師匠に止められる。

 そして、師匠はちょっと怒った雰囲気で口を開く。

「エミリオ。正座は後にして、サシャにはそのままにさせよう」

 サシャが驚き叫ぶ。

「そんな! ならこれを落とせば……」
「それ、かなり高価なものだからな? 落としたら貴様の給金はなくなると思え」
「ひえ!?」

 絶望した表情のサシャを残して、僕達は師匠に促されるままに部屋を出た。
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