不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

土偶の友

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5章

97話 フルカの想い

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「これは……」

 僕はディッシュさんの体内を見てみるけれど、治療法が全く思い浮かばない。

 ここまで全体が悪化してしまっているともう……。

「エミリオ! 急ぐぞ!」
「師匠!?」

 悩んでいると、師匠が高速で迫ってくる。
 いつもだったら合流しやすいように速度を落としてくれるけれど、今回は全速力のままだ。

 僕も置いて行かれないように何とかタイミングを合わせて飛ぶ。

「師匠! これはどうしたら!?」
「……分からん。おれも今考えている所ではあるんだが……。ここまで酷いと……」
「そんな……」
「しかし、ルゴー殿はこの街で長年回復術師をやっていた。もしかしたら対処法を知っているかもしれない」
「……分かりました」

 僕達はそれから黙って飛び、なんとか出来ないのかと考えていく。

 しかし、何も思い浮かばないまま、フルカさんとルゴーさんがいる場所に辿り着いた。
 そこは以前に治療した肝臓だ。

「フルカさん! ルゴーさん!」

 僕は2人に呼びかける。

「……」
「早く来い! 少しでも手伝え!」
「はい!」
「分かった!」

 僕と師匠もディッシュさんの肝臓に向かって治療を施そうとするけれど、以前治療した時よりもドス黒く、これが人の体内にあるとは信じられない。
 けれど、フルカさんは何も言わずに真剣な表情で治療を続けている。

 治療を始めてみたけれど、ちっとも良くなる気配がない。
 4人でなんとか現状維持を続けられているといった程度だ。

 しかし、その間に他の部分はより悪化している。

「これは……」
「無理じゃ。もう……間に合わん」
「そんな! なんとか……何とかなりませんか!?」

 師匠とルゴーさんは回復をやめ、諦めたように首を振る。

「なんで諦めるんですか!?」

 僕は諦めきれずに叫ぶ。

 しかし、師匠が僕をじっと見つめて言う。

「エミリオ。常に助けたいと願うその心はとても良い物で非難されることは決してない。が、そう思った所で、全ての人を救える訳ではない」
「でも……」
「助けたいと思う願いは皆共通だ。目の前の困っている人を助けたい。救える命を救いたいと。だが、それが出来るかどうかは別だ。おれが行っていた戦争で命を諦めなければならなかった様に、死にゆく人を見守るのもまた、回復術師の仕事だ」
「そんな……」

 そこに、ルゴーさんがさとすような口調で話してくれた。

「ワシはな。お前さんが生まれる前から回復術師を続けてきた。ずっと……ずっとこの街の病院で……生きて出ていく者、死んで行く者を見続けた。命はいつか終わる。それは誰にもくつがえす事は出来ず、医学の神ですら無しえなかった事。だからこそ、命があるという事を大切にしなければならないんじゃ」
「……」

 師匠もルゴーさんも、僕より沢山の患者を診てきて、それで、救えない命も沢山あって、それで、それで……。
 だからこそ、そう言うのだろうか。
 だから諦めろと言うのだろうか。
 こんな……こんな無力感をずっと味わって来たのだろうか。

 僕は2人の話を聞き終わる。
 そして、何か口を開こうとする前に、彼女が吠えた。

「勝手な事を言うな! そんな簡単に……ディッシュ様の事を諦めるんじゃない!」
「!」

 吠えたのはフルカさんで、未だに一生懸命、額から汗を流しながらも治療を続けていた。

 彼女は治療を続けながらも更に続ける。

「ディッシュ様はずっとこの街の事を考えてきた! ずっとこの街の発展だけを考えて、この街の人達が幸せに生きられることだけを考えてきた! 先々代の愚かな謀反や先代の失策でこの領地の貴族は減り、白い目で見られ、貧しい状態で魔物にも常に脅かされて、どうしようもない状態だった。それをこれだけ多くの者が住み、大きな街にしたのは誰だ!? あんな体になってまで……。もっともっとこの街の発展を願い続けて来たのは誰だ! 言ってみろルゴー!」
「それは……」
「それを何が命はいつか終わるだ! 勝手に1人で納得して諦めて、そんなのはアタシが許さない! ディッシュ様は常に人の事を考えてくれた。余裕が無いのに、少し血がつながっているからという理由だけで大切に育ててくれた! 貧しいのに、回復術師にまでしてくれたんだ!」
「……」
「それなのに街の馬鹿どもや、お前らのような回復術師共や、料理ギルドのカス共はなんだ! オークがオークの肉を食ったに違いない!? そんな訳あるか! 街が発展する為に、食べる必要も無い料理を品評の為だけに食べているんだ! 運動をしろ? 食べるのを控えろ? そんな事をしていく時間があったら政務をやっている! あたしだってずっと何年も前から言っている! でも、それじゃあだれがこの街を引っ張っていく! 誰がこの街を守っていく! ディッシュ様以外に代わりがいないこの街をどうやって導くんだ! 料理ギルドだってそうだ! オーク肉がうまく行ったからってそればっかり同じ料理ばかり持ってきて、ふざけるな! もっと野菜や魚を持って来いと何度言ったと思っている! 誰もかれも自分の都合ばかり押し付けて! ディッシュ様はお前らの奴隷じゃない!」
「……」

 フルカさんは涙を流しながら叫び続けた。
 治療を途切れさせることもなく、ただ、彼女の思いをぶつけられる。

 僕達はそれを見て、何も言えなくなっていた。
 何も知らずに、こうした方がいい。
 こうするべきだと、勝手に言っていた。

 でも、そんな事はフルカさんはとっくのとうに分かっていて、それでも、その選択肢を取らざるを得なくて……。

 それでも、人の為に頑張って来たんだ。
 そして、何を僕も諦めそうになっていたんだろうか。
 フルカさんがこれだけ全力でディッシュさんの事を助けようとしているのに、僕が諦めてどうする。

 諦めてない人がいる。
 僕が諦める訳にはいかない。

「師匠。何か無いですか。僕の『臓器再生オーガンリジェネイション』ではそこまで治せません。なぜなのでしょうか。僕は……出来る限りのことをしたいです」
「……いいんだな?」

 師匠は僕の目をじっと見ながら言ってくる。

 きっと……僕の回復魔法を2人に言うことを心配してくれているのだろう。
 でも、僕はこの2人にならいいと思った。
 長年この街で多くの命を救って来たルゴーさん。
 そして、たった今……消えかけているディッシュさんの事を決して諦めようとしないフルカさん。

 この2人になら……言っても問題ないと思った。

「はい」

 僕はハッキリと頷いた。

 師匠は少しの間僕を見つめ、息を吐く。

「ふぅ……。いいだろう。そこまで言うのであれば、おれに考えがある」
「本当ですか!?」
「ああ、時間がない。1度しか言わないからよく聞け」
「はい!」
「エミリオ。お前の回復魔法は桁違いだ。だが、それが『臓器再生オーガンリジェネイション』には当たらない。なぜか分かるか?」
「……分かりません」

 病院ではルゴーさんに褒められたが、それで、使用を控えたりする様に言われるほどでは無かった。
 その後もルゴーさんに見せる時も止められるようなことは無かったのだ。

 その考えを、師匠は話してくれる。

「それはなエミリオ。お前がまだ臓器をいう物を想像しにくいからじゃないかと思っている」
「想像……しにくい?」
「そうだ。お前がベッドで寝たきりになっていた時、母や父、兄妹の姿はずっと見ていただろう?」
「はい」
「その姿や形は覚えていても中身までは想像出来まい?」
「そう……ですね」
「さて、ここでおれの考えになる」
「はい」
「そんなお前が……『臓器再生オーガンリジェネイション』を使ってディッシュ殿の治療するのではなく、臓器を『回復魔法ヒール』で治療する。これをしたらどうなると思う?」
「!」

 今の僕の実力ではそこまで治療することは出来ないと思っていた。
 それが……体内の臓器が悪くなったのを、怪我として認識して治療したらどうなるのか。

 出来ると思う自信が僕にはあった。
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