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4章

75話 終結

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***フィーネ視点***

 辛い……心臓が今にも裂けそうだ。

 ギガントバジリスクの毒を浴びてから、少し動いただけで……口を開いただけで全身の力が抜けていく。
 いや、力を込めたままに出来ないと言った方がいいだろうか。

 それでも、私は戦わなければならない。
 砦の上にはバルトラン男爵領の兵士達のほとんどが転がっている。
 最初の内は中央に逃がす余力もあったけれど、奴が毒をばらまくことに力を注ぎ始めてからそれも出来なくなった。

 私の連れて来た騎士たちは、毒を浴びながらも何とか奴を倒そうと剣や槍を振るっている。
 しかし、騎馬で戦うことに慣れた彼らでは、厳しい物があった。

「姫様!」
「くっ! ゴブリン風情が!」
「ゲギャ!」

 私は登ってきたゴブリンを切り払う。

「はぁはぁはぁはぁ」

 しかし、たったそれだけの行為で、私は剣を支えにしなければ立って居られなくなる。

「姫様! お逃げください! このままでは!」
「なりま……せん! 私は……カヴァレ辺境伯の娘。逃げた等と……言わせてはなりません!」
「ですが……」

 部下がそれでも食い下がって来ようとしている。

「私はもう……諦めない。私のことはいい。戦いなさい!」
「は!」

 部下はギガントバジリスクの方に向う。

 私に……私にもっと力があれば……。
 そう思った時に、私の……いや、周囲にいる者達全ての体が青色に輝き始めた。

「これは……?」

 そうしている間にも、体は楽に、軽くなっていく。
 先ほどまで毒に侵されていたというのに、それが全て感じられなくなったのだ。

 これなら……。
 そう思って周りを見ると、皆動きが元に戻っていた。

 毒で動きが遅かった騎士達は最初の俊敏性を取り戻し、兵士達も立ち上がる。

「これは……?」

 周囲の兵士達が不思議な表情を浮かべている。
 毒に殺されかけていたのに、楽になってしまったからだ。

 近くに術者も見当たらない。
 誰の仕業か分からずに不思議に思うのも当然だ。

 でも、私には分かる。
 こんな事が出来るのはエミリオをおいて他にいない。

 ジェラルド様は確かに素晴らしい腕の持ち主だ。
 それでもこんな桁違いの事を出来る程ではない。

「ジャラララララララララ!!!」
「いけない! 急いで体勢を立て直して!」

 回復は出来たけれど、ギガントバジリスクはまだ生きている。
 せっかく治療して貰ったのに、また毒になることは出来ない。

 その時、町の方から地響きが聞こえて来た。

「あれは……」

 私は目を凝らしてそちらの方を見ると、そこにいたのは……

「レイア様! 1人で勝手に抜け駆けして酷いですよ!」

 全身フルアーマーだけれど、その声の感じからしてレイアの親衛隊の隊長だろう。
 手にはハルバートを持っている。

「アメリ! なぜ勝手に来た!」
「勝手ではないです! 国王陛下の許可ももらいましたし、ゴルーニ侯爵家の方々も一緒ですよ!」
「何だと!?」

 ヒュヒュン

 アメリがそう言った後に、2つの影が彼ら集団の中から飛び出して来る。

 1つは炎をまとい、もう一つはきらめく氷をまとっていた。

 炎は私たちの方に飛んでくると、それの正体が分かる。

「マーティン殿!?」

 アメリが抜け駆けか? と責めるような声をあげるけれど、マーティンは関係ないと言うように魔法を放つ。

「劫火よ我が力となれ! あらゆる災厄を燃やし尽くし、供物として受け取るがいい! 『地獄の業火ヘル・インフェルノ』」

 彼の体を青い炎がまとい、ギガントバジリスクに突っ込んでいく。
 そして、吐き出される毒を物ともせずに炎で蒸発させていった。

「こんだけでけぇと焼きがいがあるぜ! もっと燃えろよなぁ!」
「ジャラララララララララ!!!???」

 ギガントバジリスクはマーティンの炎で一瞬にして燃え上がり、その毒ごと消し炭になっていく。
 これが……【消炭】と呼ばれた2つ名を持つ男……。

 しかも、砦や近くの森には全く延焼させていない。
 ゴブリンやグレイウルフは別とばかりに燃やしているけれど、桁違いの制御力だ。

「ジェラララララララララ!!!」

 森の奥の声が聞こえてそちらをむく。
 そちらではギガントバジリスクが全身氷漬けにされていた。

「あれは……」
「恐らく……【氷像ひょうぞう】でしょう。あれほどのサイズを一気に等……聞いたこともありません」
「ええ……流石ゴルーニ侯爵家ですね。あれほどの戦力を抱えているとは……」

 そうしている所に、アメリ率いる親衛隊が飛び込んできた。

「私達の獲物が少ないです! もっと奥まで狩りに行くのです! お前達! ついて来なさい!」

 そう言って彼女たちは森の奥に向かっていく。
 流石にそれは……と思ったけれど、周囲の魔物はほとんど狩りつくされていて危険はないようなので安心か。
 それに、少しの兵士は残してくれていたらしい。

「良かった……助かった……」

 私は安堵のあまりへたり込んでしまう。

 そこへ、【消炭】の彼が来た。

「遅くなって悪かったな。ここに来る途中のサラザールでもギガントバジリスクが出てよ。そっちは町に被害も出ててやべーって事で助けてたら遅れてちまった」
「サラザールでもですか!? そこの貴族は!?」
「ああ。貴族は……先に逃げようとしたらしくって、魔物に襲われて死んでたからよ。まとめる奴がいねーってことで王宮の騎士をおいて守らせてる」
「そんなことが……」
「ま、もう大丈夫だろ。俺達が来たからにはスンピードの1つや2つ。全部消してやるよ」

 そう彼がいい顔で笑いかけている所に、彼の体が吹き飛んだ。

「え……」

 何があったのかとみると、濃い青い髪の女性がマーティンを殴り飛ばしていた。

 吹き飛ばされても流石のマーティン。
 すぐに起き上がると文句を言う。

「何するんだ猫かぶり!」
「アンタねぇふざけてんの!? 何大事な素材を消し炭にしてくれちゃってんのよ!? ギガントバジリスクなんて滅多に出ないんだから素材取れるようにしておきなさいよね! 評価下がるでしょうが!」
「それよりも砦守る方が優先だろ!? その程度もわかんねのか!?」
「守りながら素材も剥ぎ取れるようにしなさいって言ってんのよこのハゲ!」
「は、ハゲじゃねぇ! これはわざと剃ってるだけだから!」

 そんな風に喧嘩が始まってしまった。

 どうしたものかと思っていると、後ろから声をかけられた。

「フィーネ。無事だったか?」

 その声に振り向くと、そこにはロベルトがいた。

「ロベルト様! どうしてここに!?」
「いや……それが領地でスタンピードが起きているかもしれない。そう聞いたらいてもたってもいられなくってな……」

 そう話すかれは立派な領主の器かも知れない。
 私はそんな風に思う。

 隣の領土は貴族が我先にと逃げて死んだのに、ここの領主は危険があることを分かって戻ってくる。
 そんな……普通は出来ない事を出来る彼なのだから。

 そして、そんな彼だからこそ、出来ることがある。
 カヴァレ辺境伯の娘である私では出来ないことが。

「ロベルト様。お願いがございます」
「なんですか?」
「今一度帰還した事を皆に大声でお知らせください。それだけで兵士たちの士気も上がりましょう」
「しかし……俺でいいのだろうか? ここで頑張っていたエミリオがやるべきではないのか?」
「エミリオ様は今ジェラルド様に介抱されています」
「何!? なら俺もすぐに、ぐぇ」

 私は中央に走り出そうとした彼の首根っこを掴む。

「まずは兵士達です」
「わ、分かったから放してくれ」
「はい」

 私は素直に放すと、彼は兵士たちに向き直った。
 そして、息を吸うと大きな声で高らかに宣言する。

「バルトラン男爵領の兵士達よ! そして、共に戦ってくれたカヴァレ辺境伯の騎士達よ! 私はバルトラン男爵家の嫡男、ロベルトである! この度の戦、良く戦ってくれた! そして安心して欲しい。俺がここに来たからには勝利は確実だ! 俺にお前達の命を預けてくれ!」
「うおおおおおおおお!!!」
「ロベルト様ああああ!!!」
「一生ついて行きます!!!」

 兵士たちの士気は高く、ロベルトに熱心な視線を送っている。

 その視線は熱を帯び、やがて意味合いが変わっていく。

「先ほどの青い光もロベルト様がやってくださったのでしょうか!?」
「え?」
「なるほど! 流石ロベルト様!」
「確かに! こんな田舎のバルトラン男爵領に【奇跡】の方が来て下さったのも、ロベルト様が送ってくださったから……?」
「!?」

 その言葉を皮きりに、周囲の者達が騒ぎ始める。

「ロベルト様がスタンピードを予見して【奇跡】の方や兵士を派遣してもらっていた?」
「本人は中央に残って、更に多くの兵士達を出してもらえるように交渉していた?」
「もしかして……全てはワシ等領民の安全を守るために……?」
「え? いや……流石にそれは……」

 勝手に盛り上がる兵士たちに、ロベルトは目を丸くしている。

「流石ロベルト様だ!」
「彼に任せておけば問題ない!」
「ヒャッハー! 領主くじ当たりだぜ!」
「いや、お前ら待ってほしい。治療したのはエミ、むぐ」

 ロベルトは何とか否定しようとしていたけれど、彼らの雰囲気は止まらない。

 それに、私は余計な事を喋ろうとした彼の口を塞ぐ。

「ふぃーふぇ(フィーネ)?」
「ロベルト様。エミリオの事は今は黙っておきましょう。口にしてもいいことはありません」

 私はそれだけ言うと彼を開放する。

「ぷはっ! しかし、フィーネ。エミリオや他の人の手柄をもらうのは……」
「であればそれ以上の事をお返しすればいいのです」
「お返しって……」
「今はエミリオの力は絶対に秘密です。そのためにジェラルド卿はエミリオにギリギリまで回復魔法を使わせなかったのですよ。それを理解してください」
「だが、エミリオの功績だ。俺はそれをもらうことなど……」
「後から何とでもなります。その時にジェラルド卿にも協力してもらえばいい。兵士たちも勘違いしています。それを利用しない手はない」
「しかし……」

 私がこれだけ言ってもロベルトは納得しない。
 それは人の手柄を自分の物にしない素直さではあるのだろうけれど、今はそれを飲み込んでもらう方がいい。

 私はヴィクトリアに聞いていた最終手段を使う。

「兎に角。この事は黙っておいてください。でなければ……」
「でなければ?」
「ヴィクトリア様にもっと授業を増やしてもらうように言います」
「待ってくれ! ただでさえ寝ている4時間以外はずっと授業なんだ! 食事の時ですら見張られていて辛いのに……これ以上やったら死んでしまう!」
「では黙っておく事を推奨します」
「……はい」

 こうして魔物も全て討ち取り、スタンピードの被害はほとんどない。
 という大戦果をバルトラン男爵領はあげた。

 この功績により、バルトラン男爵領はバルトラン男爵領でなくなることが決定された。
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