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4章

72話 スタンピード・上

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 翌日。

 僕達は、屋敷の周囲に建つ城壁の上に立っていた。
 屋敷の中には戦える人が90人ほどと、ほぼ全ての戦力を引っ張ってきている。

 町には事情があってほとんど人をおいていない。
 回復術師を数人おいているだけだ。

「しかし……エミリオ様は魔力も相当な量あるのですね。たった数日でここまでの規模の物が作れるとは……」
「フィーネさん。これは僕の魔力というか、師匠の魔力と獄虫火草の効果のお陰ですよ」
御謙遜ごけんそんを」
「本当ですって」
「では、そういうことにしておきますね」
「そんな……」

 僕達はそんなことを話しながら、魔物たちの到着を待つ。

 ちなみに、作戦はこうだ。
 前にヴィーからもらった贈り物の中にあった獄虫火草、これを僕と師匠で使って魔力を一時的に増幅させる。
 そして、僕が屋敷の周りに高さ2階にも届くほどの氷の板を並べた。

 それが終わった後に、師匠も土魔法で固い城壁を作って行くのだ。
 こうすることによって、かなり固い城壁が完成する。

「うまく行くでしょうか……」
「きっと行きますよ。あの魔道具の効果は折り紙付きですから」

 フィーネさんがいう魔道具とは、コンラートから接収したものの事だ。

 僕達が屋敷をこうやって要塞ようさいにしても魔物達がここの侵攻を諦めてアップトペルの町に行ってしまったら意味がない。

 なので、コンラートからもらった? 魔物を集める香を使って、要塞になっているこの屋敷にスタンピードの魔物たちを集めるようにするのだ。

 ただ、今までそんな魔道具は使った事がなく、効果があるか分からないから先ほどの発言だ。

「大丈夫です。そろそろ始まりますよ」
「分かるんですか?」
「ええ、斥候が帰って来ましたから」
「あ……」

 フィーネさんが見ている先には、斥候の人がこちらに向かって走ってきていた。

 斥候の人は登ってこれる様に作ってある道から入ってくる。
 僕の魔法で作られた氷の板を並べただけの道だけれど……。
 彼はフィーネさんを見つけると駆け寄り、膝をついて報告した。

「お嬢様。魔物の先頭が来るまで残り20分ほどです」
「わかりました。それではエミリオ。10分ほど休憩にしましょうか」
「え……休憩……ですか?」
「はい。これから長い戦いが始まります。この10分の休憩が、兵士たちの気持ちに大きく関わってきます。よろしいですか?」
「分かりました。お願いします」

 僕がそう言うと、フィーネさんは周囲の人に向かって大声をあげる。

「敵は20分後に現れます! その為、今から10分間の休憩を取ります! 飲酒も軽くであればとがめません! しっかりと気持ちを落ち着けておくように!」
「はい!」

 兵士たちは返事をして、思い思いの休憩を取る。
 軽く食事を取る者、飲酒をする者、トイレに行く者、友人と会話をする者。

 各々がもっとも休まる休憩をした。

 10分はあっという間に過ぎ、皆が元の配置に着く。

 それから10分後、魔物達が現れた。
 種類はゴブリン、グレイウルフ等で、バジリスクはまだ姿を見せていない。

「総員戦闘配置! 矢を構え!」

 フィーネさんの号令で全員が弓を構え、いつでも矢を放てるようにする。

 魔物たちを十分に引き付けた所で、合図を送った。

「放て!」

 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン

 多くの矢が飛び、魔物たちを射貫く。

「ゲギャギャギャ」
「キャインキャイン」

 多くの魔物を射貫くけれど、後から後から殺した以上の魔物が屋敷に向かってくる。
 そして、奴らを斥候が使った道を使って登ってきた。

「飛んで火にいる夏の魔物ってか!?」

 それを待ち受けるのはフィーネさん直属の騎士たち。
 彼らは正面からそれを受け止め、確実に全ての魔物を斬り殺して行く。

 他に後2つほどあるけれど、そちらにもフィーネさん直属の騎士と、【宿命の鐘フェイトベル】の人達がいる。
 心配しなくても問題ない。

 それに万が一、危険が迫ったら板を落とせばいいだけだ。

 他にも、サシャが単騎で屋敷の外で敵の数を減らしてくれている。
 彼女の機動力は武器だけれど、屋敷の籠城では使いにくい、ということらしい。

 戦闘を始めて2時間。
 魔物たちが止まる様子はない。

 むしろ、氷の板がない所からも登って来ようとする位だ。
 そういう奴らはバルトラン男爵領の兵士たちが矢を射かけて落としていく。

 そうしていると、遂に……バジリスクが現れ始めた。

「シュロロロロロロロロロ」

 奴らはゴブリンやグレイウルフが向かっている道を使うような事はしない。
 城壁に取り付き、その鋭い爪を立てて登ってくる。

「登らせるな! バジリスクに矢を集中させろ!」
「はい!」

 兵士たちは矢を射かける。
 しかし、彼らの力ではバジリスクの鱗を突破する事は出来なかった。

「シュロロロロロロロロロ!」
「うわ!」
「絶対に浴びるな!」

 それどころかブレスで兵士たちに反撃をし始めてくる。

 バルトラン男爵領の兵士達では太刀打ち出来ず、ブレスを受けないように下がることしか出来なかった。

 その様子を見たフィーネさんが彼らに合図を送る。

「今よ!」
「ピィー!!!」

 側近の1人が甲高い笛を鳴らす。
 すると、森の奥に隠れていたレイアとラウルさんが馬に乗って姿を現した。

「やっとアタシ達の出番だな!」
「俺の前は誰にも譲らん!」

 2人は自分こそが先陣を切るのだと勢いづいて密集する魔物たちの中に切り込む。
 そして、壁に張り付いているバジリスクに向かって攻撃を始める。

「貰った!」

 先に攻撃を当てたのは、ラウルさんだった。
 彼の光のような閃光に、バジリスクは切り刻まれてバラバラになる。

「くっ! アタシの方が近かったのに」
「悪いな。早い者勝ちだ」
「次は負けん!」

 2人はそう言いながら、現れるバジリスクを競い合うように倒していく。

「飛び立ち敵を燃やせ『火の礫よファイアーバレット』」

 今度はレイアの魔法でバジリスクは落とされていく。

「魔法はずりーだろ! 反則だ!」
「早い者勝ち何だろう? それ以外にルールはない」
「くっそ、そっちがその気なら」

 2人はお互いを見ながらついでとばかりに剣で魔物を切り裂いていく。

「凄い……」

 最初2人が屋敷の外に出ると聞いた時は無茶だと思ったけれど、こうしてみているとそれも無茶ではない気がして来た。

「ラウルは長年前線で戦い続けた猛者ですよ? この程度の魔物は敵の内に入りません」
「レイアも?」
「彼女は……ネジが10本単位で飛んでいますから。それだけ危険な事をして来たのでしょう。そして、その全てを生き延びてきた」
「やっぱり凄いね……」
「そんな凄い2人は誰の為に戦っているのでしょうね?」
「? 皆の為じゃないの?」
「……そういうことにしておいた方がかっこいいかもしれませんか」

 フィーネさんはそう言うと、戦闘指揮に戻って行く。

 このままずっと問題がないのかと思っていたけれど、遂に問題が発生する。
 それは、レイアとラウルさんだった。

「くっ! 馬が……」
「こっちもだ。一時下がるぞ。これ以上は持たん。お嬢様! 我々は一度下がります! 暫し辛抱してください!」
「分かりました!」

 2人は馬を代えに一度町に戻る。
 そして、それまでの間は、僕達で何とかするしかない。

「これは……中々にタイミングが悪い……」

 レイア達が帰ってからすぐに、バジリスクが10体も現れて壁を登っていく。

「下がれ! ここは俺達が相手をする! エミリオ殿! 板を外してくれ!」
「分かりました!」

 カヴァレ辺境伯家の騎士たちが兵士たちの代わりにバジリスクの相手を始める。

 僕は氷に板を引っ繰り返し、ゴブリン達を地面に叩き落とす。

 その間に騎士たちが戦い始めるけれど、レイラ達ほどの強さはない。
 だからか、数匹が登ってきていても、対処できていない。

「うわあああああああ!!!」

 バルトラン男爵領の兵士が向かっているけれど、バジリスクの速度についていけていない。

「ここは僕が!」

 ゴブリン達の登っていた氷の板を操作し、彼らに襲い掛かるバジリスクを挟みこむ。

「シュロロロロロロロロロ!!!???」

 じたばたと暴れて氷の板から逃げようとするけれど、絶対に逃がしはしない。

 それらを持ち上げ、魔物たちの上で挟みつぶした。

 ブシャッ!!!

 バジリスクを3体同時に潰し、その血を……毒をゴブリン達に降り注がせる。

「す……すごい……」

 兵士たちの言葉は僕の耳には入らない。

 僕はやるべきことがあるから……。
 絶対にここを守り通す。
 回復魔法を使うまでもない。

 この場所を……皆を絶対に守ってみせる。
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