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4章

61話 流行り病

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 今日は収穫祭の日。
 いつもより肌寒くて目が覚めてしまった。

「今日は収穫祭か……楽しみだな……え?」

 僕はそう思って窓の外を見ると、雪が降り始めていた。

「雪……?」

 そういえばそうだった。
 師匠の授業やレイアの教えなどで色々とやっていたけれど、そろそろこんな時期だった。

「そっか……でも収穫祭の日に降らなくてもいいのに……」

 コンコン

「はい?」

 そんな事を思っていたら、扉をノックされたので許可を出す。

「入るぞ」

 そう言って入って来たのは師匠だった。
 いつもより大分早い。

「どうしたんですか? 時間も……まだ早いと思いますけど」
「エミリオ。頼みがあってきた」
「はい? なんでしょう?」

 僕の質問にもそれどころではないと、師匠は口を開く。

「今町では流行り病が流行している」
「え……」

 流行り病。
 街を滅ぼしてしまうような可能性がある病。

 それが出た場合には即座に中央から回復術師団が派遣され、抑えるのに全力を注ぐこととされる。

 戦争になりそうだった2つの領地も、流行り病が出た途端に手を取り合って収束に協力をしたと言われる程のもの。
 それが起きた。

「本当……ですか?」
「ああ、だから……その治療にエミリオ。お前の力を貸してくれ」
「師匠……僕が治療を手伝ってもいいんですか?」

 僕は少し呆気あっけに取られながら師匠に確認する。

 まだ病の治療はレイアの中に一度入っただけだ。
 コクラの人形ではある程度やっているけれど、実際にやれているのかは分からない。

 しかし、師匠は真っすぐに僕を見て言ってくれる。

「構わない。以前レイアを治療したな?」
「はい」
「あれと同じものがだそうだ」
「あれと……」
「だからエミリオ。お前の力を貸してほしい。それに……」
「それに?」
「おれの想像では出来る限り多くの治療を経験しておくべきだ」
「経験を今のうちに……ですか?」
「そうだ。あの魔法を使うにしてもそうだし、お前の病の治療にはそれが必要になる気がしている。あくまで勘だがな」
「役に立つ……分かりました。僕も出来る限りの事をします」

 僕の力で町の人たちを救えるのであれば、僕はが迷うことなんてない。

「そうか。では今から行けるか?」
「今からですか?」
「当然だ、既に多くの者が掛かっている。中央に報告はしているが、それでも俺達で救える分は救う。病は待ってくれないからな」
「分かりました。すぐに準備します」
「頼む。食事は軽くとっておけ、メイドに準備はさせている」

 そう言って師匠は部屋から出て行った。



 着替えて食事を軽く済ませ、師匠の部屋に向かう。

「それでは行くぞ」
「はい! 師匠」

 僕は師匠と共に町に出発した。

「そうだ。町に入る前に、これを着けろ」

 師匠は僕にそう言ってスッと差し出してきた。

「これは……仮面ですか?」

 顔全体を覆うような仮面だった。
 全体的に白色で赤の模様が入っていて、目の部分だけ穴が開いている。

 オシャレな様な気がしないこともない。

「そうだ。一応、俺が中央から連れて来た弟子。という設定で行く」

 なんで……?
 と思ったけれど、何があったのかを思いだして納得した。

「あ、ああ。そうでした。僕は普通だったら回復魔法を使ってはいけないんですもんね」
「そうだ。だからそれをつけたら出来る限り話すな。後、町にいる間はそれをつけておけ」
「誰にみられるか分からないですからね」
「それもある。だが、一番は……ないとは思っているが、空気で感染するかもしれない。それの予防でもある」
「空気で感染……」
「そうだ。回復術師になったのならば、自分が病にかからない。ある意味これがもっとも必要になってくる」
「なるほど……」

 確かに、治療出来る人が居なくなってしまうのは何をおいても避けなくてはならないことだろう。

 他にも色々と大事な事を聞きながら師匠と共にアップトペルの町に到着した。



「これは……」

 以前来た時よりも、なんだか空気が重たい。
 それは町を歩いている人達の雰囲気が暗いからか。
 もしくは歩いている人自体が少ないからか。

 どちらの可能性もあるけれど。
 収穫祭の準備をしている。
 そんな雰囲気はほとんどない。

「収穫祭……はやるのでしょうか……」
「いや、やらない。こんな状況だ。開催は見送られた」
「そうですか……」

 僕は落胆する。

「行くぞ。ここに止まっていてもやれることはない」
「……はい」

 しかし、師匠はそう言いながらサッサと歩いて行く。

 僕もそれに続いた。

 ちなみに師匠もマスクを被っている。
 僕のものと違って黄土色に紫の模様が入っていた。
 ちょっと高級感があってそれはそれでいいかもしれない。

 師匠はそのまま真っすぐに一番大きな場所。
 公民館へと入っていく。

 僕もそれに続くと、そこには惨状さんじょうが満ちていた。

「うぅ……誰か……助けて……」
「お願い……何でも……何でもするから……」
「もう……楽に……してくれ……」
「師匠……これは……」

 部屋の中には20人を越える人たちが横たわっていた。
 それを看護する人もいるけれど、辛そうにしている人の側に寄り添うことをしているだけだ。

「これが流行り病だ。といっても、まだ始まったばかり。これからもっと広まる可能性も十分にある」
「それじゃあ……」

 これ以上人が増える?
 ここで苦しんでいる様な人達が?

 そんな中に、見知った顔を見つける。

「お父さん! しっかりして!」
「はは……大丈夫だよ……アイネ……」
「……!?」

 そこには以前助けてくれたアイネや、その父がいた。

「あいふぐっ」

 僕は声をあげそうになったけれど、師匠に口を塞がれる。
 師匠をにらみつけるけれど、師匠はじっと僕をみつめた。

「バレないという事の大切さを忘れたか? それに、声をかけてどうなる? 今は多くの者を助けるのが優先だ。多くの者を助ける時、感情に流されるな。常に誰を救うべきか……その判断もしていかなければならない」
「……はい」

 師匠の言っていることは正しい。
 アイネに助けられた。
 その父にも助けられた。

 だからと言って、彼らを優先的に助けてしまえば、きっとそれは……回復術師としては失格なのだ。
 患者に優劣をつけてはいけない。

 一番最初の時にマスラン先生に習ったではないか。

「安心しろ。ちゃんと全員救う。これでも今の所誰も死なせていない。それを続ける為にも、お前の力が必要なんだ」
「……はい! 僕に出来る事は何でも言ってください!」

 僕の力が役に立つ。
 師匠ほどの人が、そう言って僕の力を必要としてくれる。

 なら……やらない訳にはいかないではないか。

 僕はやる気があふれてくるのがわかる。
 僕の……僕の力で……。

 そう思っていると、師匠が話かけてくる。

「そうは言ってもすぐに治療。という事はやるべきではない。まだまだ不安もある。いきなりでは出来ない事もあるだろう」
「確かに……それはあります」

 僕は少し冷静になった。
 みんなの為に頑張りたいとは思っている。
 けれど、基本もしっかりと出来ていないのに、治療なんて急ぎ過ぎているかもしれない。

「という訳で、まずはおれと一緒に体内に入りついてこい。今日はそれをずっと続ける」
「ずっと……ですか」
「そうだ。まずはそれが出来る様になってからでないと話にならない」
「……分かりました」

 まずは基本から。
 それをこれから学ぼうとしていたはずなのだけれど、病は待ってくれない。

「すぐに行くぞ。ただし、俺達の体の関係もある。場所を変える」
「はい」

 僕はそれから場所を変えて、午前中、時間がある限りはずっと治療を続けた。



「治療は終わりました。今日は1日休み様子を見て、明日問題ないようであれば退院しましょう」
「ありがとう……ございます……。本当に……本当にありがとう……ございます……」

 師匠が治療した患者の人たちは皆涙を流しながら感謝を述べている。
 その時には僕の方も同じような感謝の視線を送ってくれた。

「貴方も……小さいのに本当にありがとうございます。さっきまでは本当に苦しかったのに……こんなにも楽になるなんて……」

 彼は僕の手を痛いほどに握ってそう言う。

 何もしてない。
 ただ師匠について行っただけ。
 そう言っても、僕がいたお陰だと言ってくれる人が何人もいた。

 患者さん達から離れ、僕と師匠は僕達しかいない個室で休む。

「よし。午前中はこれくらいでいいな。エミリオ。屋敷に戻れ」
「……」

 師匠は僕にすぐ帰れと言う。

 でも、僕も……彼らを治療したい。
 だから……今僕がするべきことは……。

「師匠」
「なんだ」
「僕は早く治療出来るようになりたいです。なので、午後からの訓練は後回しにして、今は治療を続けたいです」

 僕は、師匠の目を真っすぐに見ながらそう言った。

「ふむ……なるほど。理由を聞こうか?」
「決まっています。僕が今鍛えることよりも、彼らを治療することの方が必ず皆の為になると思います!」

 力をつけることの大切さを知っている。
 かと言って今救える人がいるのなら、救うべきだと思う。

「ふむ……そうは言ってもな。いきなり倒れられても困ると思うが?」
「それは……そうならないように全力を尽くします!」
「っふ……いいだろう。そこまで言うのなら、1つ条件をつけよう。それをクリアしたら、明日からレイア嬢の訓練も受けなくてもいいし、夜の講義すら受けなくてもいい」
「そこまで……ですか?」
「ああ、簡単だ」

 そう言う師匠の目は真剣そのもの。

「ゴクリ」

 僕は息を飲み込む。

 それから師匠は何でもないことの様に。
 今からパンを買ってきてくれ、とでも言うように話す。

「今夜、自分自身の不治の病を治療してみせろ」
「……」

 僕は……言葉を発する事が出来なかった。
 でも、心のどこかで期待している自分がいることも確かだった。
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