上 下
44 / 129
4章

56話 初治療

しおりを挟む
 僕は敵性の病原菌びょうげんきんと向かい合っていた。

 どうしたら……と思うけれど、僕は師匠の言葉を思い出す。

やまいは待ってくれない……か」

 そう。
 病は待ってくれないのだ。
 僕の病の様に、ずっと長い間苦しめてくる様な奴もいる。
 その一方で、人を殺そうとしてくるという病原菌も存在しているのだ。

 もしもの事を考えるのであれば、僕は戦う事を選ぶ。

「よし。覚悟は決めた」

 僕は少し目を閉じて、魔法を詠唱した。

「氷よ、板と成り我が意に従え『氷板操作アイスボードコントロール』」

 氷の板を5枚出す。
 3枚を防御様に、残り2枚で挟んで潰す。

 先ほど森に行った時の実戦経験が役に立つ瞬間だ。

「シュロロロロロロロ!!!」

 奴らは僕に向かって突撃をして来る。
 でも、移動速度は速くないので、魔法で捕らえる事は簡単だった。

 ブシュッ

 1体を潰している間に、他の4体が僕に向かって突っ込んで来る。

「く……」

 僕は3枚の氷の板で接近されるのを何とか防ぐ。
 
「シュロロロロロロロ!!!」
「後ろががら空きだよ!」

 奴らの知能はそこまで高くないのか、氷の板にはばまれてもそれを壊そうと攻撃をするだけだ。
 乗り越えれば来れるかもしれないのに。

 ブシュッブシュッブシュッブシュッ

 3枚の板で守っている間に、後ろから全て潰して行く。

「ふぅ……良かった……これで何とかなったかな?」

 周囲を確認しても敵性の病原菌はいない。

「あ、ちゃんと治療もしないと」

 僕は奴らが攻撃をしていた場所に向かうと、傷つけられた場所からは大量の赤い血が流れ出ていた。
 引っかかれたり、けずられたり、噛みつかれたような多種多様な傷跡がそこにはあった。

「これは酷い……」

 でも、他に敵がいないのであれば、すぐに治せる。
 僕は回復魔法を使った。

「根源より現れし汝のいしずえよ、かの者を呼び戻しいややせ『回復魔法ヒール』」

 想像するのは周囲のと同じように元通りに。
 周囲と一緒であれば問題ないだろう。
 ここの器官は心臓に近いけれど、完全に心臓という訳でもない。

 僕がしっかりと治し終える頃には、色艶いろつやもそれなりに良くなっていた。

「うん。ここまでやれば大丈夫かな」

 周囲と比較しても問題ない。
 むしろちょっとつやっとしているかもしれない。

「よくやった」
「!?」

 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには師匠がいつの間にか浮かんでいた。

「師匠!」
「敵を倒して回復魔法も使ったんだな? いきなり入ってやるとはおそった。普通では出来んぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「誇っていい。まぁおごる事はしてはいかんが、治療した実績は自信になる。これからもしっかりと意識していくといい」

 師匠はそう言って、僕の頭を優しくでてくれた。

 いつもは無愛想な感じの無表情だけれど、ほんのりと口元が笑っている。

「はい。これからも……僕は人を助け続けます」
「ああ、そうしてくれ。と……回収しなければ」

 師匠はそれから周囲を見回して、先ほど作っていた剣を取りにいった。

「それは……?」
「これは魔法で作ったとはいえ立派な剣だ。血管の中に放置しておけば、血管の中を傷つける可能性もある。残して行くなよ」
「はい」

 師匠はそう言いながら見えないくらいにまで細かくしてしまった。

「よし。お前もあの氷の板を何とか出来るか?」
「あ……」

 どうしよう。
 今までそうやった事はなかった。
 ずっと、外に置きっぱなしにしていて、溶けるのを待っていたからだ。

「では魔法同士をぶつけて細かくしよう。ある程度まで細かくしておけば問題ない」
「分かりました」

 僕は自分で作った魔法をぶつけ合い、師匠の許可が出るまで小さくした。

「よし。これでいい。体内で戦えるような魔法を覚えてもいいかもしれないな」
「そうですね……。この魔法でやり続けるのは少し考えた方がいいかもしれません」
「考えることは必要だ。よし。戻るぞ」
「はい」

 それから僕達は、魔力を切り、元の体に戻る。

******

 元の体に戻って周囲を見ると、目の前には静かに寝息を立てている森から連れ帰った女性がいる。

 けれど、それよりも直ぐ近くに正座しているサシャに目が行く。

「サシャ……なんで正座しているの?」
「いえ……これには深い訳が……」

 サシャはそこまで言って口をつぐむ。

 師匠の鋭い視線を受けたからだ。

 僕は師匠の顔を見て、おかしなことに気が付く。

「師匠。そのれた顔はどうしたんですか?」
「気にするな。とりあえずここはいい。奥方に呼ばれているらしいからな。行くぞ」
「母さんが?」
「ああ、れい……寝ている彼女の事は後でいい。他のメイドを呼んで服や体を綺麗にさせるんだ。後は安静にさせておくだけでいい」
「分かりました」

 僕と師匠は正座したままのサシャをその場に残して母さんがいるであろう執務室に向かう。

 その途中、チェルシーとすれ違ったので寝ている彼女の事を頼んだ。

「畏まりました」

 チェルシーはそう言って客間に向かってくれた。

「根源より現れし汝のいしずえよ、かの者を呼び戻しいややせ『回復魔法ヒール』」

 それと同時に、師匠は自身の顔に回復魔法を使っている。
 腫れが引いていくまで続けていた。

 ただ、何があったのかは聞きにくい。

「……」
「……」

 師匠の機嫌があんまり良くない。
 そのことを考えると、サシャが何かやったのだろうか。

 そんな風に思わなくもないけれど……。

 コンコン

 1人悶々もんもんと思案していると、いつの間にか母さんの部屋に到着していた。

 師匠が部屋をノックする。

「どうぞ」
「入るぞ」
「失礼します」

 僕と師匠で部屋の中に入ると、ちょっと疲れたような表情を浮かべた母さんがいた。

「母さん。どうしたの?」
「エミリオ……それと、ジェラルド様。今日、森に行ったと聞きましたが、事実ですか?」

 どうしよう。
 何か不味いことでもしてしまったのだろうか。

 不安になるけれど、師匠は躊躇ためらいなく答えた。

「事実だ」
「それで、森の様子はどうでした?」
「おれはここの森に入った事がない、なのでここの通常は知らない。だが、普通の森に比べて、魔物の数が通常よりは多かった様に感じた」
「魔物の種類は?」
「おれたちが見たのはゴブリンやグレイウルフ。既に倒された後だったが、ゴブリンナイト等もいたはずだ」

 そんなのいたっけ?
 と思うと、師匠が教えてくれる。

「あの女が先に倒した死骸しがいの中にあった」
「なるほど」

 納得していると、母さんがまゆをひそめる。

「あの女? とは誰の事ですか? サシャですか?」
「違うよ。紫の長い髪をした人だった」
「紫の髪……? 誰でしょう? 少なくとも私の知り合いではないようですが」

 さっきの女性の事を思い出し、僕は予想を話す。

「きっと冒険者の人だと思う。すごく大きな剣でゴブリンを斬りまくっていたし、強い冒険者なんじゃないかな」
「その人は1人で戦っていたのですか?」
「うん。1人で笑いながら戦ってたよ。ちょっと怖かったかも」
「1人で……そんな冒険者は聞いた事がないですが……。分かりました。一度お会いしてみましょう」
「あ、待って母さん。今は治療したばっかりで、気を失っているから。それに、チェルシーが体を綺麗にしている所だから……」
「ああ、なるほど。では森の件を話しますか」
「森の件? って何かあったの?」

 僕が聞くと母さんはすこしまゆを寄せて言う。

「森で最近多くの魔物が現れています。最初は勘違いかと思っていたのですが……。そうではないかもしれません。なので、今調査をさせているのです」
「僕に何かできることはある?」
「ありがとう。エミリオ。でもその必要はありません。こうやって魔物が多少増えることは定期的にあることなんです。なので、安全のために森には入らない。それだけで大丈夫ですよ」
「そっか……分かった」

 折角森に入って訓練が出来ると思ったのに……。
 でも、母さんを困らせることはしたくない。

 そんなことを思っていると、母さんが少し顔色を良くして話す。

「ああ、そうそう。森では魔物が多く出ていますが、その代わりに最近沢山のファングボアを狩ったそうです。このままでは無駄になってしまうかもしれない。ということで、収穫祭を行うことにしました」
「収穫祭?」
「ええ、数日後……ではありますが、その時に町の皆に振舞います。エミリオも行きますか?」
「うん! 行ってみたい!」

 収穫祭!
 町にはまだ数回しか行ったことはないけれど、祭りなんて初めてだ!
 一体どれくらい楽しいことが待っているんだろうか。

 母さんは微笑みながら続ける。

「ふふ、町ではファングボアの肉をいかに美味しくするのか、ということを今研究しているらしいですよ? 収穫祭まで楽しみにしていてね」
「うん!」

 話はそれで終わり、僕は収穫祭の日を楽しみで眠るのが遅れてしまった。

******

コンコン

「どちら様?」
「ジェラルドだ。話があってきた。姫様」
「……」

 扉は開かれ、ジェラルドと彼女は部屋の中に入っていく。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。