不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

土偶の友

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4章

55話 やってしまいましたね

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やまいは待ってくれない。今からだ」

 師匠はそう言って、治療の準備をテキパキと進めている

 そうだ……今すぐにでも……やらないといけないんだ。

「エミリオ。彼女をベッドに寝かせてくれ」
「分かりました」

 僕は彼女を魔法でベッドに運び、ゆっくりと降ろす。

「出来ました」
「よし。では直ぐに行く。来るか?」
「行きます」

 体力は正直怪しい。
 けれど、師匠が今から行く。
 師匠の治療している姿を見ることは、僕自身の病を治療することに必ず役に立つ。

 それに、師匠に抱えてもらっている間に、少しは体力も回復している。
 きっと行けるはず。

「では血を」
「はい」
「彼女への注射は両方おれが打つ。いいな?」
「はい」
「彼女の中に入ったら今度も最初はその場にいろ。詳しい事は中で話す」
「わかりました」

 それから3分も経たない内に師匠が準備を整え、彼女の腕に注射を2回打つ。

「其の体は頑強なり、其の心は奮い立つ。幾億の者よ立ち上がれ『体力増強ライフブースト』」

 そのまま師匠は『体力増強ライフブースト』を彼女に使った。

「先に行くぞ」
「はい」
「我が意識は欠片、依代に宿り新たな自我を為せ『生命憑依ライフ・ポゼッション』」

 師匠が詠唱を唱えてサッサと彼女の中に入って行く。
 僕も詠唱を唱えて入り込む。

 体が引き伸ばされるような感覚を味わい、目を開けるとそこは真っ赤な……血管の中だった。
 ただ、コクラの人形に入った時よりも格段に広い。

 周囲を通り抜けていく赤血球もかなりの大きさがあって、やっぱり人形とは全く違う。

「師匠は……」

 周囲を見回すけれど、そこに師匠の姿はない。
 暫く待つと師匠が目にもとまらぬ速さで現れた。

「師匠!」
「こっちだ! ついてこい!」
「はい!」

 師匠は速度を維持したまま飛び去っていく。

 僕も置いて行かれないように出来るだけ速度を出す。
 師匠は速いけれど、僕がなんとかついて行ける速度だった。

 数十分も飛び続けると、師匠が僕の方を見て話してくる。

「今回の敵はどんなのかまだ分かっていない。もしも、無理だと思ったらさっさと魔力を切れ。そうすれば元の体に戻れる」
「でも治療が……」
「無理に戦って、周囲の体を傷つけたらその方が患者にはダメージがデカい。引き際を覚えるのも大切だ」
「分かりました」
「それと本体、おれ達の体の方だが、そっちでも何かあったら直ぐに帰れ。本体が無事な事が何よりも必須だ」
「はい。師匠」
「おれの勘が正しければそろそろ着く。場所は……心臓のあたりだな」
「心臓ですか……それは」
「いたぞ」
「!?」

 少しした所にそれはいた。

 真っ黒い、僕の体以上の大きさを誇っている。
 体の構造的にはトカゲが近いだろうか。

「あれが……」
「そう。あれが敵性の細菌または病原菌びょうげんきんと呼ばれる物だ。あんな形は……あまりはないが」

 それは血管の壁に向かって、ひたすらに攻撃を繰り返している。
 数は20~30はいるだろうか。
 揃いも揃って同じ場所を狙っている為、壁もかなり削れて、血もれだしている。

「あれは……どうしたらいいんでしょうか」
「決まっている。奴らを消し去ればいい」
「し、しかし……ここは……」

 ここは女性の体の中。
 魔法を使ってしまえば、師匠が言った通りそれは彼女の体を傷つけることと同義だ。

「何、病を治すにも体力がいる。そう言っただろう」
「え? はい」
「そして、病も治せる程の回復術師は皆強い。そう言っただろう」
「え? は……はい??」
「見ているといい」

 師匠はそう言って1人で前に進み、魔法を使う。

「金剛の剣と成りて敵を刻め、その血をもって我が誉れとする『金剛剣生成クリエイトアースソード』」

 師匠が魔法を唱えると、その手には金色の剣が作り出される。

「それは……」
「決まっている。敵を刻む為にあるのだ」
「師匠!?」

 師匠はそれだけ言うと敵に向かって突撃していく。

 その姿は僕達に向かって来たあの女性も真っ青になるほどの鋭さだ。
 敵は壁を攻撃するのに夢中で師匠の接近に気付いていない。

 師匠は不意打ち上等とばかりに、敵をその剣で切り刻んでいく。

「すごい……」

 師匠が一振り振るえば、簡単に敵が切り裂かれていく。

 敵も師匠に気付いて反撃をしようとするけれど、師匠の速度は圧倒的だ。
 このまま簡単に敵を倒してしまう。
 そう思っていたら、師匠が何も攻撃を受けていないのにいきなり吹き飛んだ。

「師匠!?」
「ぐっ! これは!?」

 師匠は、上に向かって視線を送っていた。

******

「ふんふふんふん」

 サシャはその時、鼻歌を歌いながら客間に向かっていた。

 アンナからエミリオとジェラルドを急いで呼んで来るように、そう言われたからだ。
 女性も連れて来ていたけれど、一体何をしているのだろうか。

 そんな軽い気持ちを持ちつつも、きっと優しいエミリオの事。
 彼女の怪我が新たに見つかり、治しているのだろう。
 そう思っていた。

「エミリオ様。よろしいですか」

 コンコン

 一応ノックをして、返事を待つ。

「……」
「エミリオ様?」

 しかし返事がない。
 でも、確かに部屋の中には人がいる気配がする。

 彼女は扉に耳を当てて、中の様子を探った。

「3人……静かだけど、ちゃんといる……よね」

 3人がいる事は確認出来る。
 ただ、彼らの呼吸は浅い。

「これは……何かあったら……」

 サシャは顔を蒼白そうはくにしながらも、扉を開けた。

「失礼します!」

 急いで中に入ると、そこには先ほどの汚い格好、魔物の血だろうか、返り血で汚れたままの女性がベッドで寝ている。
 そして何よりも、その前に2人がイスにもたれ掛かるようにしてぐったりとしているではないか。

「エミリオ様!」

 サシャは慌ててエミリオに駆け寄る。

「エミリオ様! エミリオ様!?」

 悲鳴にも近い声を上げ、彼女はエミリオに声をかけ続ける。
 しかし、エミリオは目を覚まさない。

「そんな……」

 そこで彼女は隣にいる男に目をつけた。

「おい! ちょっとそこのお前! エミリオ様の師匠なんでしょう!? エミリオ様に何をしたんですか!」

 サシャはこの時あせっていた。
 大切なエミリオが動かない。
 それだけで彼女にとっては大事件だった。

 因みに彼女は病の治し方を知らなかった。
 彼女は生まれてから風邪一つ引いたことなく、怪我を数回した程度だった。

 更にエミリオの治療の時も、サシャのドジが発生したら危険と思われた為にアンナによって離されていた。

 だから、サシャは……やってしまった。

「おいこら狸寝入たぬきねいりかましてるなんて!」

 彼女はそう言いながらジェラルドの胸倉むなぐらを掴み揺する。
 ただ、それではジェラルドは目を覚まさない。

「いい度胸しているじゃありませんか! 私の前でのんきに寝ている事は許しませんよ!」

 スパァン!

「早く起きてください!」

 スパァン! スパァン! スパァン!

 彼女は何度も……何度もジェラルドをはたき続ける。

「早くエミリオ様を助けてください!」

******

「師匠!?」
「ぐっ! これは……おれは一度戻る! 無理そうなら諦めて戻れ! 戦えそうならやってみろ! この女の体は丈夫だ! 多少のことでは死なん!」
「え? 師匠!?」
「倒せたら壁は『回復魔法ヒール』で治療しろ!」

 そう言って師匠は魔法を解除して、元の体に戻って行く。

 僕の前には戦う気満々の敵がじっとこちらを睨みつけている。

「嘘……でしょ?」

 師匠が敵をほとんど倒してくれたとはいえ、5体は残っている。
 しかも、奴らは全員が怒り狂った様にして僕の方に向かってきた。

「どうするの……これ……」
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