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4章
49話 ジェラルド・グランマール
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***ヴィクトリア視点***
ヴィクトリアは今、ゴルーニ侯爵家の客室でバルトラン男爵とその息子ロベルトと向かい合っていた。
ロベルトが真っ先に口を開く。
「それで、ジェラルド……という方は……エミリオの師匠に相応しい人なのでしょうか? ヴィクトリア様」
ロベルトの疑問はエミリオの師匠になるという人についてだった。
2人はヴィクトリアにここに呼び出されると同時に、ジェラルドがエミリオの師匠になると聞かされたからだ。
ロベルトは不安そうにしているけれど、バルトラン男爵は息子に何を言っているのか。
その様な目を向けている。
ヴィクトリアはロベルトに優しく説明した。
「ロベルト殿。【奇跡】……というお名前はご存じですか?」
「……ああ。この国一番の回復術師だったと記憶しているが……それと関係あるのですか?」
「エミリオの新たな師匠になってくれる方とはジェラルド。彼の名はジェラルド・グランマール伯爵。2つ名を【奇跡】と言います。まぁ、本人はこう言われるのは好きではないようですが」
「え……では、この国1番の回復術師がエミリオに指導をしてくださると?」
「ええ、マスラン殿が彼の弟子だった様です。お会いして、エミリオの事を話したら直ぐに向かうと約束してくださった。諸事情で直ぐには行けなかったらしいですが……」
ヴィクトリアはこれで満足しましたか? とでも言うように目の前にある紅茶を飲む。
「あの、ヴィクトリア様が差し向けてくださったのですか?」
「ぐふっ……あなた。私の話を聞いていました?」
思わず紅茶を吹きかけたヴィクトリアは、口元を拭いてロベルトを睨みつける。
彼女は思う、第一差し向けたってなんだ、と。
ロベルトが【奇跡】を暗殺者とでも思っているのか不安にさせられる。
「え、ええ。ですが、この国1番の回復術師なんですよね? そんな人を……うちの領地にいさせ続ける……というのが信じられなくて……」
「そういう事ですか。まぁ……あの方はかなり特殊な方ですからね。どんな理由かは分かりません。ですが、少なくとも悪い方ではない。でなければ、14年前のスタンピードで、あれだけの活躍は出来なかったでしょう」
「14年前? スタンピード?」
ロベルトは頭に? を浮かべている。
「ジェラルド様には多くの逸話があります。彼は多くの弟子を取っており、彼らは皆優秀な者が多い。ここ最近、回復術師になった者の半数は彼に指導を施してもらった人だとか。他にも新しい回復魔法を発見して、多くの人を救うようになった……とか」
「そんな事を……」
「ええ、そんな中でもっとも有名なエピソードが14年前のスタンピードです。詳しい事は……当時を生きていた男爵に伺いたいものですね」
ヴィクトリアはそう言って男爵を見る。
男爵は少し目を閉じて思いだすように話す。
「生きていたと言っても、私はそこにいた訳ではありません。ただ遠く……話を聞いただけです。国境のあたりの田舎で魔物のスタンピードが起きた。数千、数万を超えるほどの魔物が現れ、村や町を滅ぼしていった。そんな中、最前線の砦がずっと持ちこたえている。という話を聞いたのです。ジェラルド殿はそこにいて、砦にいるほとんどの者を回復させたとか。そして、スタンピードが終わるまで何とか立てこもることに成功して、多くの魔物を引き付けた。その功績から、【奇跡】という2つ名を賜ったと聞いています」
「ええ、それで合っています。詳しい事は本人に聞かないと分かりませんけどね。他にも功績があり、伯爵位を頂いたり、特級回復術師に選ばれています」
ヴィクトリアが言葉を締める。
彼女の言葉を聞いて、ロベルトが口を挟む。
「あの、特級回復術師とはなんですか?」
「回復術師のランクです。5段階あり、下から3級、2級、1級、特級……とその上は知らなくても問題ありません。ここ100年は現れていませんから。そして、我が国に特級回復術師はジェラルド様を含めても3人しかおりません」
「そんな凄い人なのですね……」
「ええ、それにあの方はもっともあのランクに近いと……」
ヴィクトリアが言葉を続けようとすると、扉がノックされた。
コンコン
「失礼します。どうぞ」
来客があるのに部屋をノックする。
普通はありえないが、緊急事態の可能性もあるので直ぐにヴィクトリアは出ることに決めた。
「御来客中に失礼します」
そう言って入って来たのは見覚えはあるが、ゴルーニ侯爵家の所属でない騎士だ。
ヴィクトリアは彼女が確か第2王女に仕えている、アメリという女騎士だったことを思い出す。
「いかがしました?」
「申し訳ありません。姫様はこちらに来ていませんか?」
「いえ? 彼女がここにくる事はほとんどないかと思いますが……」
「そうですか……もし、姫様をお見かけの際はご連絡ください。いつもいつも勝手に1人でどこかに出掛けてしまって……」
「ええ、わかりました」
「失礼いたします」
入ってきた女騎士はそう言って部屋から出ていく。
「今のは……?」
「さぁ、いつものことよ。あの女がまた何か悪い予感がするとか言ってどこかに向かったのでしょう。私は関係ありません」
「そうですか……」
「と、私は他の方とお会いしなければなりません。ロベルト、貴方は春から学院に行くのです。しっかりと勉強をしておきなさい」
「はい……」
「それでは失礼します」
そう言って、ヴィクトリアは部屋を出ていく。
******
僕はマスラン先生と感動の別れをして数分、再びマスラン先生と再会していた。
「……」
「……」
「……」
僕とマスラン先生の他に、無精ひげを生やした茶髪でぼさぼさの人が近くにいる。
彼はじっと僕の事を見てきて少し怖い。
というか彼は僕と鼻と鼻が触れ合いそうな程まで近づいて見つめて来る。
その拍子に無精ひげが顔を撫でて痛い。
回復魔法で永久脱毛してもいいかな。
それから直ぐに彼は僕から離れてマスラン先生の方を向く。
「マスラン。早くしろ」
「あ、ああ。はい。こちらの方はジェラルド・グランマール伯爵。これから君の師匠になる方だ」
「師匠に……?」
「ああ。師匠はこの国でも指折りの回復術師。特級のランクだ。きっと君の為にもなると思う」
「特級……そんな方が僕の為に? マスラン先生……ジェラルド様。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくてもいい。おれはそんな風に言われるのが面倒で嫌いだからな」
「では、何とお呼びしたら?」
「お前もおれの弟子になるのだろう? 普通に師匠と呼ぶといい。おれが教えられる事は教えてやる」
「教えられること……」
「ああ、これでも回復術師としての実力はある。だからおれが教えられることは出来る限りしよう」
「よろしくお願いします。師匠。僕は……この体の病を……治したいのです」
それが……僕が魔法を習うようになった最初の理由。
これは僕自身がどうしてもやりたい事だ。
自分自身を治し、もっと広い世界を見てみたい。
湖よりもより広いという海を見たい。
遠くに見えた美しい山の頂きに行き、そこからの景色を見てみたい。
砂しかない砂漠というものや、雪で覆われるという雪原も行きたい。
行きたい場所だらけだ。
僕はそんな思いを込めてジェラルド様……いや、師匠に頼む。
師匠は頷いて口を開く。
「なるほど。それほどに難しい病なのか?」
「はい。以前……1級の回復術師の方に診て頂いた事があるのですが、治らなかった……と」
僕がもっと小さくて、ほとんど記憶にもない様な時ではあるのだけれど。
「そうか。ではおれが診てみよう。君を以前診た者よりは多少ましだろう」
「え……」
「どうした? 君の病を治したいのだろう? 何を不思議そうな顔をする? おれはこれでも特級回復術師のランクだからな」
「……」
僕は……師匠の言葉に、ただ黙ってしまうことしか出来なかった。
ヴィクトリアは今、ゴルーニ侯爵家の客室でバルトラン男爵とその息子ロベルトと向かい合っていた。
ロベルトが真っ先に口を開く。
「それで、ジェラルド……という方は……エミリオの師匠に相応しい人なのでしょうか? ヴィクトリア様」
ロベルトの疑問はエミリオの師匠になるという人についてだった。
2人はヴィクトリアにここに呼び出されると同時に、ジェラルドがエミリオの師匠になると聞かされたからだ。
ロベルトは不安そうにしているけれど、バルトラン男爵は息子に何を言っているのか。
その様な目を向けている。
ヴィクトリアはロベルトに優しく説明した。
「ロベルト殿。【奇跡】……というお名前はご存じですか?」
「……ああ。この国一番の回復術師だったと記憶しているが……それと関係あるのですか?」
「エミリオの新たな師匠になってくれる方とはジェラルド。彼の名はジェラルド・グランマール伯爵。2つ名を【奇跡】と言います。まぁ、本人はこう言われるのは好きではないようですが」
「え……では、この国1番の回復術師がエミリオに指導をしてくださると?」
「ええ、マスラン殿が彼の弟子だった様です。お会いして、エミリオの事を話したら直ぐに向かうと約束してくださった。諸事情で直ぐには行けなかったらしいですが……」
ヴィクトリアはこれで満足しましたか? とでも言うように目の前にある紅茶を飲む。
「あの、ヴィクトリア様が差し向けてくださったのですか?」
「ぐふっ……あなた。私の話を聞いていました?」
思わず紅茶を吹きかけたヴィクトリアは、口元を拭いてロベルトを睨みつける。
彼女は思う、第一差し向けたってなんだ、と。
ロベルトが【奇跡】を暗殺者とでも思っているのか不安にさせられる。
「え、ええ。ですが、この国1番の回復術師なんですよね? そんな人を……うちの領地にいさせ続ける……というのが信じられなくて……」
「そういう事ですか。まぁ……あの方はかなり特殊な方ですからね。どんな理由かは分かりません。ですが、少なくとも悪い方ではない。でなければ、14年前のスタンピードで、あれだけの活躍は出来なかったでしょう」
「14年前? スタンピード?」
ロベルトは頭に? を浮かべている。
「ジェラルド様には多くの逸話があります。彼は多くの弟子を取っており、彼らは皆優秀な者が多い。ここ最近、回復術師になった者の半数は彼に指導を施してもらった人だとか。他にも新しい回復魔法を発見して、多くの人を救うようになった……とか」
「そんな事を……」
「ええ、そんな中でもっとも有名なエピソードが14年前のスタンピードです。詳しい事は……当時を生きていた男爵に伺いたいものですね」
ヴィクトリアはそう言って男爵を見る。
男爵は少し目を閉じて思いだすように話す。
「生きていたと言っても、私はそこにいた訳ではありません。ただ遠く……話を聞いただけです。国境のあたりの田舎で魔物のスタンピードが起きた。数千、数万を超えるほどの魔物が現れ、村や町を滅ぼしていった。そんな中、最前線の砦がずっと持ちこたえている。という話を聞いたのです。ジェラルド殿はそこにいて、砦にいるほとんどの者を回復させたとか。そして、スタンピードが終わるまで何とか立てこもることに成功して、多くの魔物を引き付けた。その功績から、【奇跡】という2つ名を賜ったと聞いています」
「ええ、それで合っています。詳しい事は本人に聞かないと分かりませんけどね。他にも功績があり、伯爵位を頂いたり、特級回復術師に選ばれています」
ヴィクトリアが言葉を締める。
彼女の言葉を聞いて、ロベルトが口を挟む。
「あの、特級回復術師とはなんですか?」
「回復術師のランクです。5段階あり、下から3級、2級、1級、特級……とその上は知らなくても問題ありません。ここ100年は現れていませんから。そして、我が国に特級回復術師はジェラルド様を含めても3人しかおりません」
「そんな凄い人なのですね……」
「ええ、それにあの方はもっともあのランクに近いと……」
ヴィクトリアが言葉を続けようとすると、扉がノックされた。
コンコン
「失礼します。どうぞ」
来客があるのに部屋をノックする。
普通はありえないが、緊急事態の可能性もあるので直ぐにヴィクトリアは出ることに決めた。
「御来客中に失礼します」
そう言って入って来たのは見覚えはあるが、ゴルーニ侯爵家の所属でない騎士だ。
ヴィクトリアは彼女が確か第2王女に仕えている、アメリという女騎士だったことを思い出す。
「いかがしました?」
「申し訳ありません。姫様はこちらに来ていませんか?」
「いえ? 彼女がここにくる事はほとんどないかと思いますが……」
「そうですか……もし、姫様をお見かけの際はご連絡ください。いつもいつも勝手に1人でどこかに出掛けてしまって……」
「ええ、わかりました」
「失礼いたします」
入ってきた女騎士はそう言って部屋から出ていく。
「今のは……?」
「さぁ、いつものことよ。あの女がまた何か悪い予感がするとか言ってどこかに向かったのでしょう。私は関係ありません」
「そうですか……」
「と、私は他の方とお会いしなければなりません。ロベルト、貴方は春から学院に行くのです。しっかりと勉強をしておきなさい」
「はい……」
「それでは失礼します」
そう言って、ヴィクトリアは部屋を出ていく。
******
僕はマスラン先生と感動の別れをして数分、再びマスラン先生と再会していた。
「……」
「……」
「……」
僕とマスラン先生の他に、無精ひげを生やした茶髪でぼさぼさの人が近くにいる。
彼はじっと僕の事を見てきて少し怖い。
というか彼は僕と鼻と鼻が触れ合いそうな程まで近づいて見つめて来る。
その拍子に無精ひげが顔を撫でて痛い。
回復魔法で永久脱毛してもいいかな。
それから直ぐに彼は僕から離れてマスラン先生の方を向く。
「マスラン。早くしろ」
「あ、ああ。はい。こちらの方はジェラルド・グランマール伯爵。これから君の師匠になる方だ」
「師匠に……?」
「ああ。師匠はこの国でも指折りの回復術師。特級のランクだ。きっと君の為にもなると思う」
「特級……そんな方が僕の為に? マスラン先生……ジェラルド様。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくてもいい。おれはそんな風に言われるのが面倒で嫌いだからな」
「では、何とお呼びしたら?」
「お前もおれの弟子になるのだろう? 普通に師匠と呼ぶといい。おれが教えられる事は教えてやる」
「教えられること……」
「ああ、これでも回復術師としての実力はある。だからおれが教えられることは出来る限りしよう」
「よろしくお願いします。師匠。僕は……この体の病を……治したいのです」
それが……僕が魔法を習うようになった最初の理由。
これは僕自身がどうしてもやりたい事だ。
自分自身を治し、もっと広い世界を見てみたい。
湖よりもより広いという海を見たい。
遠くに見えた美しい山の頂きに行き、そこからの景色を見てみたい。
砂しかない砂漠というものや、雪で覆われるという雪原も行きたい。
行きたい場所だらけだ。
僕はそんな思いを込めてジェラルド様……いや、師匠に頼む。
師匠は頷いて口を開く。
「なるほど。それほどに難しい病なのか?」
「はい。以前……1級の回復術師の方に診て頂いた事があるのですが、治らなかった……と」
僕がもっと小さくて、ほとんど記憶にもない様な時ではあるのだけれど。
「そうか。ではおれが診てみよう。君を以前診た者よりは多少ましだろう」
「え……」
「どうした? 君の病を治したいのだろう? 何を不思議そうな顔をする? おれはこれでも特級回復術師のランクだからな」
「……」
僕は……師匠の言葉に、ただ黙ってしまうことしか出来なかった。
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