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第2章 姫

29話 秘書との依頼①

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 次の日。

 俺は泊り用の装備を持って、秘書と一緒に立っていた。

「セレットさん」
「なんだ」
「どうしてこんなことになったと思います?」
「俺が聞きたい」
「セレットさんがサッサと決めないからですからね?」
「ん? どういうことだ?」

 秘書が俺の方を見て、形のいい眉を曲げて睨んでいる。

 暫くそんな顔をした後に、ため息をつく。

「はぁ、いいです。セレットさんはそう言う所があるってのは、王国にいた時から分かってましたから……」

 そう言って彼女は肩を落とす。

「何なんだ?」
「いえ、何でもないです。アイシャさんも大変だろうなと思っただけです」
「アイシャが? 何か力になれることは無いのか?」
「(じー)」
「どうした?」
「そういうことを本気で言ってるんですからね……。いいです。アイシャさんのことはアイシャさんが自分で行なうことですから。さ。早い所依頼をこなしましょうか。私とは何処に行けばいいんですか? 貴族街? 庶民街? それとも職人街ですか?」
「隣街だ」
「へ?」
「隣街だ」
「え……隣街って確かグレンゴイルでしたっけ……?」
「ああ、徒歩で5日はかかるはずだ」
「な、何でそんな場所まで」
「俺に聞かないでくれ。城からの依頼なんだ」
「そんな……。アイシャさんに1日で終わるって聞いていたのに……。どうしてそんなに長く……」
「そう言うな。馬に乗って行けば3日で行けるはずだ。乗れるよな?」
「はい……。乗れはしますけどそんな……」
「早く帰りたいんだろう? すぐに行こう」
「分かりました……」

 俺達は依頼に書かれていた貸し馬屋に向かう。

 向かっている最中に秘書が気付く。

「あれ? 今回はアスカロードは持ってきて無いんですか?」

 彼女は俺の腰に刺さっている普通の剣を見てそう呟く。

「ああ、メンテナンスで預けて来たんだ」
「しかし、旅に出るのに慣れた武器が使えないのは怖くありませんか? 私、戦えないですよ?」
「街道上は安全だって聞いてきたから大丈夫だろう。騎士も定期的に巡回しているらしいしな」
「そう言うことでしたら……。分かりました」

 そして、貸し馬屋に到着する。



「乗れる馬が1匹しかいない?」
「なんでですか!?」

 俺達は大声をあげて馬屋の店員に聞く。

 店員が汗を拭きながら頭を下げる。

「すいません……。色々事情がありまして、1体しか貸せないんですよ……」
「そんな事言われてもな……」
「何とかならないんですか?」
「代わりと言ってはなんですが、乗れる馬はスレイプニルなんです。どうかこれで……」
「スレイプニル?」
「そんないい馬を貸して頂けるんですか?」
「はい……。依頼にはスレイプニルを1体としか受けていないので……」
「スレイプニルって何なんだ?」

 秘書に聞くと、すかさず答えてくれる。

「スレイプニルは馬型の魔物の一種ですよ。足が8本あって普通の馬の倍以上の速度で走り、体力もすさまじくあるんです。グレンゴイルまでなら2日で行けるでしょうねぇ」
「ならそれにした方がいいんじゃないか?」
「そうですけど……」

 秘書がじっと俺を見つめている。その目はじとっとしたような、何かを責めるような感じだ。

「どうした?」
「はぁ、いえ、こうしないと話が進まないんでしょうね。分かりました。行きます」
「ありがとうございます。暫しお待ちください」

 店員は奥に引っ込んでいった。そして、彼が戻ってきた時に連れていたのは8本の足を持ち、真っ黒なたてがみを持つ立派な体格の馬だった。

「扱いは基本的に馬と同じでございます。ただ、食事量もかなりの物になりますのでご留意ください」
「分かった」

 俺は荷物をスレイプニルの横に載せると、早速スレイプニルに跨った。

「おお」

 スレイプニルから帰ってくる感触は「俺をノリこなせるのか?」と試すような物だ。流石にただの馬と違ってプライドも高いのだろう。

 それでも、5分くらいだろうか。スレイプニルとのやり取りを経て乗せてくれる感じが返ってくる。

「よし、秘書子、乗れるぞ」

 俺は秘書に手を差し出す。

「え? もうですか?」
「ん?」

 店員が驚いて俺の方を見ている。

「いえ、スレイプニルに気に入られるにはかなり時間がかかるのですよ。この国の兵士でも、1日かかったりすることがあるんです」
「1日か」
「ええ、ですがお客様はそれをたった数分で……。流石でございます」
「偶々そういうこともあるだろう。さ、行くぞ」
「……ありがとうございます」

 それまで黙っていた秘書が俺の手を掴む。

 俺はそれを引っ張り上げて後ろに乗せた。

「行くぞ?」
「はい」



 こうして俺達は一緒に城所か皇都を出て、街道をスレイプニルが走る。

「結構人が多いな」

 周囲には商人らしき馬車だけでなく、依頼に行く冒険者、旅の巡礼者や腕に自信のありそうなガラの悪い奴等様々な者達がいた。

「そうですねぇ。帝都は周辺の国で最も栄えている国の首都ですから。仕事を求めて来たり、自分の強さを見せに来たりすることがありますからね。その結果次第で仕官が決まることだってあるんですよ?」
「だから強そうな奴が多いのか」

 腕っぷしに自信のありそうな連中が目立つのはそのせいか。

「そうですね。特にこの国は実力主義を掲げていて、実際にそういったことを厳格に守っていますから。例え皇族でもある程度の力、実力じゃなくてもいいですが、見せることが出来ないと皇族では無くなってしまうらしいです」
「そうなのか?」
「はい、実力主義を言っておいて、トップがバカでは話になりません。あ、それと、腕っぷしが強くてもそれだけでなるのはかなり厳しいんです。ここの国だと兵士になれる基準がめちゃくちゃ高いんですよ」
「基準?」
「はい、例をあげるとするなら。ワルマー王国、私たちのいた国ですね。そこで龍脈衆の隊長をしていたとしても、この国ではただの兵卒として雇って貰えるかは5分5分位なんです」
「そんなにも力の差があるのか?」

 前の国の龍略衆の隊長って30人もいなかった気がする。それだけの力があっても兵士にすらなれないとは思わなかった。

「はい。それくらいに圧倒的な差があるんです」
「なら、素朴な疑問があるんだが」
「何でしょうか?」
「そこまで圧倒的な戦力があるなら。どうして他の国を攻めないんだ? 簡単に勝てると思うんだが」
「そうですよ?」
「え?」
「勝てますよ? 例えばワルマー王国と戦ったら為すすべもなく降参するしか無いと思います」
「ええー」

 じゃあ何でやらないんだ。

「じゃあ何でやらないのかと言われると、簡単です。余裕が無いからです」
「余裕が? でも戦力は十分あるって」
「確かに戦力はあります。この国は実力者が揃っていますし、国土も大きい。優秀な人も多いでしょう」
「なら」
「だからこそ出来ないこともあるんです。これだけ大きな国になると、それだけ多くの龍脈がありますよね?」
「そうだな」
「その龍脈を守る人の数も膨大なものになります。しかも、もし何か緊急事態が起きた時にはそこに急いで派遣するようの精強な人が、更にはそれだけ強大な国になれば隣国とかが連合を組んで帝国と敵対するようなことにもなりかねません。それに……」

 急に秘書の声が小さくなったかと思うと、周囲を見回して人がいないことを確認する。

「この国に敵対している人が潜入していたり、昔に併合された国の人が反旗を翻すチャンスを狙っている……。といった話もあります」
「話して大丈夫なのか?」

 この国を揺るがす、かなり危ないことのような気も……。

 そう心配する俺とは裏腹に、秘書はあっけらかんとして話す。

「大丈夫ですよ。ここまで大きな国になったんなら公然の秘密みたいなもんです。というか、この手の話は王国の頃からあったんですよ?」
「そうなのか?」
「ダイード殿下が王位を狙ってるーだとか、今の国王は先王を殺して玉座を得たのだーとか。結構噂になってたんですよ」
「知らなかった」
「まぁ、知る必要も無いことですからね。私も同僚に話の種として聞かされていましたけど、そんなことより研究したかったですからね」
「いい研究結果を待ってるよ」
「任せてください。私もその為に来たんですから!」

 そういう秘書の顔を見れなかったのは少し残念だった。
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