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第1章 帝国へ

1話 サボっているだろう?

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「はぁ!」

 俺は剣を振りぬき、背後から現れた龍を一太刀で斬り伏せる。

 周囲から龍が湧いてこないことを確認し、戻ることに決めた。

「ふー今日も狩った狩った」

 いつもの龍狩りを終え、俺はうす暗い光を放つ龍脈の広間へ戻った。

 黒く光る広間に着くと、そこには宮廷魔法師団長のトリアスと近衛騎士団がいた。

 彼は伸ばしたひげを撫でながら話しかけてくる。

「宮廷龍脈衆隊長セレットよ。武器を置きこちらに来い」
「なぜですか? 安全だと思いますけど、万が一龍が出た場合……」
「いいから置いて来るのだ!」
「わ、分かりました」

 その顔はとてつもなく怒っているようだ。幼馴染の上司だし従っておこう。

 彼の後ろには近衛騎士団がいる。何か理由があるのかもしれない。

 俺は幼馴染が作ってくれた俺にしか使えない相棒をそっと床に置き、彼らに近づく。

「そこで止まれ!」

 トリアスに近づいた所で止まるように指示されたので、少し戸惑いながらも止まった。

「今は龍力を使える状態ではないな?」
「龍力ですか? 龍が出てくれば使いますが、体にも入れていません」
「本当だな? 魔力も使おうとするのではないぞ?」
「え? は、はぁ」

 それを確認した近衛騎士団の騎士が大きな枷(かせ)を持って俺に近づいてくる。

「それは龍力と魔力の両方を封じる最高級のものじゃないですか! 何に使うのですか!?」

 俺は警戒心を露わにしてトリアスに問い詰める。

 彼はめんどくさそうに言う。

「これはカスール国王陛下の命令なのだ。いいからつけろ」
「国王陛下の……?」
「そうだ。貴様がサボっている間に代替わりされたカスール陛下だ。サボっているばかりで陛下に挨拶すらない。そんな貴様をわざわざ迎えに来てやったのだ。感謝くらいしたらどうだ?」
「挨拶には何度か行こうとした。だが、偶々都合が合わなかっただけだ。それに俺以外で誰がこの『病魔の龍脈』を守るんだ」
「何が病魔だ。この龍脈は既に龍が出ないことが確認されている」
「そんなことはない! 俺が奥に行って戦っているだけで」
「くどい! 陛下の前で弁明せよ」
「分かった……」

 納得はいかないが、彼の後ろに近衛騎士団がいるということは国王の指示なんだろう。ここで文句を言っても始まらない。

 俺は大人しく両手を差し出す。

 近衛は俺の両手をがっちり拘束するようにしてはめる。これで抜け出すことは出来ないし、俺の力もほとんど出すことが出来ない。

「カスール陛下がお待ちだ。さっさと行くぞ」
「うっ!」

 急に引っ張られてつんのめる。床に倒れるが、近衛は構わずに俺を引きずっていく。

「ま、待って、止まってくれ」

 俺は頼むが、トリアスが小ばかにした口調で言ってくる。

「なんだ? 龍が急に出てきた時もそうやって助けて貰っていたのか? そうならさっさと言えばいいものを。ママ、助けて~とな。ははははははは!」
「「「はははははははは!!!」」」
「!?」

 トリアスが笑うのに合わせて周囲の近衛も笑う。

 こいつら。俺が両親を知らないのを知ってて言っているのだろうか。

 恐らく知っているだろう。トリアスはそう言うことは調べるはずだ。

 そうやって笑っている間にも俺は引きずられていく。

 途中で何とか体勢を立て直して歩くことが出来るようになった。

「ふぅ」
「へへ」
「な!」

 俺は立ち上がって歩き出し、安心していた所で再びコケる。

「おいおい、コケる様な段差なんてどこにもないぜ? サボりすぎて足がふらふらになっちまったか!?」
「ははは、いいからさっさと行くぞ」

 俺は立ち上がって安心していたところに足をかけられて転んでしまう。

 両手には大きな枷をつけているし、そのせいで足元も見にくい。更にバランスも悪いので少しでも体勢を崩せばすぐにコケてしまう。

 こいつらもそれを分かってやっているんだろう。憎いが考えてもどうにもならない。

 俺が立つたびに足をかけてきて遊んでいる様だった。

 そして、玉座の間に到着する。

「ワルマー王国宮廷魔法師団長トリアス、入室致します!」
「入れ」

 トリアスを先頭に俺や近衛が続く。

 玉座の間の奥には初めて見る若い王が座っていた。

 金髪碧眼で若く、イケメンと言っても差支えないだろう。

 ただし、その表情は憎々し気で、どう見ても俺を見る目はいい感情があるようには見えない。

 王の側近連中は嫌らしく笑っており、何か企んでいそうだ。

 少し離れたところに幼馴染の姿を見つける。といっても、陰に隠れるように立っているので表情は見えない。

「何を見ている。早く来い」
「うっ!」

 俺は枷を引かれ王の前に引きずり出される。

 トリアスが国王の前にひざまずき、大声を上げた。

「陛下! ただいま連れてまいりました!」
「うむ。ご苦労」
「はっ!」
「して、セレットよ。なぜお前が、なぜその様な扱いを受けているか分かるか?」
「いえ、わかりぐふっ!」

 カスール国王に聞かれていたから答えようとしただけなのに、側にいた近衛に腹を蹴り上げられる。

 そして、その姿を見ても誰も何も言わない。どうして……?

「ふむ、答えられないか。それは貴様が龍脈を守ると嘘をついて、今まで不当に『病魔の龍脈』の特別手当を貰っていたな?」
「そんなことぐっ!」

 答えようとしてもまたしても蹴り上げられる。くっ。どうあがいても答えるなということか。

「しかもそれだけに飽き足らず、『病魔の龍脈』を勝手に使い、龍力を自分のものとした」
「っ!」

 今度は最初から口を塞がれる。そこまでしてしゃべらせたくないのか。

「またしても沈黙か。ふむ。その潔さに免じて軽い刑罰で済ませてやろう。貴様の私財の没収、並びに絞首刑にしたのち、墓には入れてやる」
「なっ!」

 そんな刑罰の何が軽い刑罰だというのか!

「納得出来んか?」
「当然です!」

 俺は口を押さえているやつを振り払い声を上げる。

「何が不満だ。長年に渡って多くの金を持っていったお前に、これ以上の優しさがあるとでも? その上墓にまで入れてやると言っているのだ。これ以上の事は出来ないだろう」
「そんな……」

 この国の為に長年龍と戦ってきたのに……。貰った金もほとんど使わずに持っているだけ。それなのにどうして……。

 そう思っていると、王の取り巻き連中が声を上げ始める。

「流石カスール陛下! 私共はもっと厳しいものになると思っていましたぞ!」
「そうです! そこの愚か者はカスール陛下の優しさを十分に噛み締めるべきだ!」
「カスール陛下ほどお優しい王は他にはおられません! 我々以下全ての民がその優しさに笑顔を向けてくれるでしょう!」
「そうだ! そうに決まっています!」

 取り巻きは全員が国王の意見に賛成しているらしい。彼らの意見を聞いて、王も気分がいいのか口元がにやけている。

「ふむ、やはり私の判断は正しいようだ。それでセレットよ何か言い残すことはあるか?」
「私は……。それでもやっておりません!」

 俺は王の目を真っすぐに見て言い放つ。

 奴らがどう思うかは勝手だ。俺の知ったことではない。

 でも、俺はやっていない。しっかりと俺の仕事を果たしていたし、龍力も龍脈を守る為にしか使っていない。

 そう言ってやりたくても、口を押さえられて話すことが出来なくなる。

「その様な言い訳は聞きたくなかったのだ。『病魔の龍脈』は既に確認済みで、龍も出てくることはない。そうだなトリアス」
「はっ! 確実でございます!」
「!?」

 あいつ! 俺が研究の邪魔にならない様に出来るだけ早く倒していただけなのに! それすら気付かなかったのか!

 俺は驚きで言葉が出てこなかった。

「サボっていたのだろう? セレットよ。諦めて死ぬが良い」
「……」

 周りが静かに頷く中。1人だけ異を唱える者がいた。

「カスール陛下! 少しよろしいでしょうか!」
「……なんだ、宮廷魔法副師団長アイシャよ」

 そう言って前に出てきたのは幼馴染のアイシャだ。彼女は俺の相棒を作ってくれたり、何かと世話になっている。

 最近は会えていなかったが、今ほどその背中が頼もしいと思ったことはない。

「セレットは龍脈衆隊長として、細々とですが長年仕えてきました! もしもそれをここで処理してしまえば他の龍脈衆の名も地に落ちてしまいます! 陛下も以前は『不可視』の2つ名で龍脈衆として名を馳せた身、その名が落ちるような事は避けて頂けないでしょうか!」
「アイシャ……」

 アイシャが王の前にでて助命を懇願してくれる。

「ではどうしろと言うのか」
「挽回の機会を与えてみてはいかがでしょうか!」
「……というと?」
「一度国外追放に処し、もし成果をあげられれば罪を許し、再びその職につける。お優しい陛下であればなにとぞ!」
「……。ふむ。なるほど。分かった。しかし、アイシャよ」
「はっ!」
「貴様がしかと奴を国外まで送り届けよ」
「畏まりました!」

 そう言ってアイシャが国王に感謝をする。

「うむ、それではこれにて終了する。セレット、いや、罪人は牢獄に入れておけ。勿論。最悪の場所にな」

 それに返事をするのはトリアスだ。

「畏まりましたぞ、カスール陛下」
「……」

 俺は何も言えなかった。そして近衛に玉座の間を引きずり出された。
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