8 / 9
攻防 弟対父
しおりを挟む はなやかに装った貴族たちが笑いさざめき行き交う様子を眺めながら、王太子ベルナルドは上機嫌だった。
――今日こそはあの疫病神を追い払ってやる。
ほくそ笑む彼の腕に、一人の少女が甘えかかって自分の腕を絡める。本来こうした場でエスコートするべき婚約者ではない。ふわふわしたピンクブロンドが目をひく可憐な少女ビビアナは、婚約者の異母妹にあたる。
ベルナルドの婚約者であるクロエは異母妹のビビアナとまるで似ていなかった。ベルナルドの二歳下の十七才にしては生気に欠けている。老婆のようにぱさついた白い髪をしてがりがりに痩せこけ、陰鬱で幽鬼のような娘だ。その卑屈な作り笑いを見るたびにベルナルドは苛立った。
そんなクロエと婚約させられたのは、彼女が侯爵令嬢であるだけでなく、神殿に聖女として選ばれたからだ。息子に甘い父王もこの婚約については譲らなかった。
そこでベルナルドは、強行策に出ることにした。外賓も少なくないこの夜会で、クロエとの婚約破棄を宣言して既成事実としてしまうつもりだ。そうすれば可愛いビビアナと晴れて結ばれることができる。彼女も侯爵令嬢であり、姉妹の父である侯爵はむしろ彼女をこそ偏愛していると言っていい。自分の後ろ盾に変わりはない。似非聖女などかび臭い神殿にこもって祈っていれば良いのだ。
貴族たちのざわめきが妙に熱を帯びるのを感じて、ふと目をやると、少女が一人たたずんでいた。流れる銀髪はつややかで、異国のものだろうか、見たことのないつくりの青いドレスが優美な肢体を引き立てている。はっと目を奪われるほど美しい令嬢だった。
「ベルナルド様、どうしたの?」
恋人に腕を強く引かれて、我に返る。初めて見る美人のことはいったん頭から追いのけた。父王が姿を見せる前に厄介払いを済ませておかなければならない。
「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」
ベルナルドが呼ばわると、貴族たちの多くは見世物が始まった、と言わんばかりの浮ついた表情で王太子に注目した。その衆目の中、静かな足取りで進み出たのはあの青いドレスの少女だった。
みすぼらしい婚約者と目の前の少女とがベルナルドの頭の中では結びつかない。用意していた台詞も忘れて呆けていると
「王太子殿下。あなたとの婚約を破棄します」
相手の方が口火を切った。クロエは扇をぱちりと閉じると、剣を手にしているかのように王太子にぴたりと向け
「品性がない、理性もない、知性もない。そんな男と結婚するなんて、死んでも嫌!」
きっぱりと言い放って、ドレスの裾を翻し婚約者『だった』男に背を向ける。そして、衆人環視の中、少女の姿は煙のように消え失せた。
――今日こそはあの疫病神を追い払ってやる。
ほくそ笑む彼の腕に、一人の少女が甘えかかって自分の腕を絡める。本来こうした場でエスコートするべき婚約者ではない。ふわふわしたピンクブロンドが目をひく可憐な少女ビビアナは、婚約者の異母妹にあたる。
ベルナルドの婚約者であるクロエは異母妹のビビアナとまるで似ていなかった。ベルナルドの二歳下の十七才にしては生気に欠けている。老婆のようにぱさついた白い髪をしてがりがりに痩せこけ、陰鬱で幽鬼のような娘だ。その卑屈な作り笑いを見るたびにベルナルドは苛立った。
そんなクロエと婚約させられたのは、彼女が侯爵令嬢であるだけでなく、神殿に聖女として選ばれたからだ。息子に甘い父王もこの婚約については譲らなかった。
そこでベルナルドは、強行策に出ることにした。外賓も少なくないこの夜会で、クロエとの婚約破棄を宣言して既成事実としてしまうつもりだ。そうすれば可愛いビビアナと晴れて結ばれることができる。彼女も侯爵令嬢であり、姉妹の父である侯爵はむしろ彼女をこそ偏愛していると言っていい。自分の後ろ盾に変わりはない。似非聖女などかび臭い神殿にこもって祈っていれば良いのだ。
貴族たちのざわめきが妙に熱を帯びるのを感じて、ふと目をやると、少女が一人たたずんでいた。流れる銀髪はつややかで、異国のものだろうか、見たことのないつくりの青いドレスが優美な肢体を引き立てている。はっと目を奪われるほど美しい令嬢だった。
「ベルナルド様、どうしたの?」
恋人に腕を強く引かれて、我に返る。初めて見る美人のことはいったん頭から追いのけた。父王が姿を見せる前に厄介払いを済ませておかなければならない。
「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」
ベルナルドが呼ばわると、貴族たちの多くは見世物が始まった、と言わんばかりの浮ついた表情で王太子に注目した。その衆目の中、静かな足取りで進み出たのはあの青いドレスの少女だった。
みすぼらしい婚約者と目の前の少女とがベルナルドの頭の中では結びつかない。用意していた台詞も忘れて呆けていると
「王太子殿下。あなたとの婚約を破棄します」
相手の方が口火を切った。クロエは扇をぱちりと閉じると、剣を手にしているかのように王太子にぴたりと向け
「品性がない、理性もない、知性もない。そんな男と結婚するなんて、死んでも嫌!」
きっぱりと言い放って、ドレスの裾を翻し婚約者『だった』男に背を向ける。そして、衆人環視の中、少女の姿は煙のように消え失せた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夏の日の時の段差
秋野 木星
ライト文芸
暑い夏の日に由紀恵は、亡くなったおばあちゃんの家を片付けに来た。
そこで不思議な時の段差に滑り込み、翻弄されることになる。
過去で出会った青年、未来で再会した友達。
おばあちゃんの思いと自分への気づき。
いくつもの時を超えながら、由紀恵は少しずつ自分の将来と向き合っていく。
由紀恵の未来は、そして恋の行方は?
家族、進路、恋愛を中心にしたちょっと不思議なお話です。
※ 表紙は長岡更紗さんの作品です。
※ この作品は小説家になろうからの転記です。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
夏色パイナップル
餅狐様
ライト文芸
幻の怪魚“大滝之岩姫”伝説。
城山市滝村地区では古くから語られる伝承で、それに因んだ祭りも行われている、そこに住まう誰しもが知っているおとぎ話だ。
しかしある時、大滝村のダム化計画が市長の判断で決まってしまう。
もちろん、地区の人達は大反対。
猛抗議の末に生まれた唯一の回避策が岩姫の存在を証明してみせることだった。
岩姫の存在を証明してダム化計画を止められる期限は八月末。
果たして、九月を迎えたそこにある結末は、集団離村か存続か。
大滝村地区の存命は、今、問題児達に託された。
よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード
セキトネリ
ライト文芸
ぼくの中学高校の友人で仲里というヤツがいる。中学高校から学校から徒歩20分くらいのところに住んでいた。学校帰り、ぼくはよく彼の家に行っては暇つぶしをしていた。彼には妹がいた。仲里美姫といって、ぼくらの学校の一駅手前の女子校に通っている。ぼくが中学に入学した時、美姫は小学校6年生だった。妹みたいなものだ。それから6年。今、ぼくは高校3年生で彼女は2年生。
ぼくが中学1年の時からずっと彼女のことをミキちゃん、ミキちゃんと呼んでいた。去年のこと。急に美姫が「そのミキちゃんって呼び方、止めよう!なんかさ、ぶっとい杉の木の幹(みき)みたいに自分が感じる!明彦、これからは私をヒメと呼んで!」と言われた。
「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」
「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」
「ぼくだけ?」
「そういうこと」
「・・・まあ、了解だ」みんなはミキちゃんと呼んで、ぼくだけヒメって変だろ?ま、いいか。
「うん、ありがと」
ヒメはショートボブの髪型で、軽く茶髪に染めている。1975年だから、髪を染めている女子高生というだけで不良扱いされた時代。彼女の中学高校一貫教育のカトリック系進学校では教師に目をつけられるギリギリの染め方だ。彼女は不良じゃないが、ちょっとだけ反抗してみてます、という感じがぼくは好きだ。
黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、デニムの膝上15センチくらいのミニスカートに生足。玄関に立った彼女の目線とぼくの目線が同じくらい。
ポチャっとしていて、本人は脚がちょっと太いかなあ、と気にしている。でも、脚はキレイだよ、無駄毛の処理もちゃんとしてるんだよ、見てみて、触って。スベスベだよ、なんて言う。小学生の時だったらいいが、ぼくも高校3年生、色気づいていいる。女子高生に脚を触ってみて、なんて言われても困る。彼女は6年前と変わらず、と思っていた。
「よこはま物語」四部作
「よこはま物語 壱½、ヒメたちとのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/343943156
「よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/245940913
「よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/59941151
「よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/461940836

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる