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第一章 真実の壁

第1話 憎悪

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 重苦しい身体からだを寝台から起き上げた。
 いつもと変わらぬ古くさい天井が目に入った。
 今にも落ちてきそうなほど痛んでいる。
 ここは、嶺騎士王国。壁に囲われた、自由を奪われた国だ。

 嶺騎士王国。壁に囲われ、騎士の力が高い国である。
 といっても嶺騎士王国のほかに、国があるのかさえもわからない。
 壁の外には騎士団しか行ったことが無いし、魔獣がいる。
 魔獣がうじゃうじゃといる壁外で、文明を築けるようなところがあるだろうか?
 それもこのような壁を築かない限り、生き抜くのは難しいであろう。
 この国を築いた祖先は、実に賢いと考えられる。
 他は魔獣に食われるなか、マリア賢者は壁を築いたのだ。
 その中で文明を築くことを決意し、その文明はおよそ200年も続いた。
 中での文明は栄え、壁内での生活を有意義に過ごしている。

 だが、壁内の住民たちは、壁外の世界を見たことがない。
 騎士団以外の無力な住民は、ただただ憂鬱な毎日をいかに楽しく過ごすかを考えて生きている。
 壁外で生きていけるような文明を築くという、希望的な意志は誰にもなかった。
 みんなの顔には笑みが見え、誰もが楽しんでいる。平和な世の中に見えるであろう。
 だが、彼らは、壁の中での幸せを楽しんでいるだけだ。
 囚われたように生きる住民は、何を活力に生きればいいのか。
 そんな疑問を胸に、長年生きている。
 確かにマリア賢者の選択は、実に賢明だ。
 マリア賢者は恐らく、そのあとのことも考えていたのだろう。
 壁の中で力を蓄え、魔獣に立ち向かうという未来を考えていた。
 しかしマリア賢者は、壁の建設途中に魔獣の襲撃を喰らって、亡くなった。
 マリア賢者の意志を継ぐものはいなかった。

 マリア賢者が亡くなってから、200年も経った今現在。
 ようやくその考えを持つものが現れた。
 名は、デウス・ルーズベルト。まだ15歳である。
 デウスは魔獣に立ち向かうために、毎日訓練をして過ごした。
 壁の外の世界で、文明を築くために。
 嶺騎士王国は、第一に“自由を求める”とされている。
 国民は全員が、自由を求めている。
 がしかし、その方法がわからなかった。
 いつの間にか強い意志は消え、壁の中でどれだけ充実した人生を送るかを考え始める。
 そう考えたら、もう終わりだ。
 壁の外に出ることはない。
 デウスは、常に魔獣を憎んでいる。
 それは、デウスが6歳のとき。


 「母ちゃん。早く夕御飯食べたいよぉ」

 デウスのわがままな声が聞こえる。
 母親のセーア・ルーズベルトは、夕飯をせっせと作っていた。

 「ちょっと待っててね」
 「もう待てないよぉ」

 それでもデウスは催促する。
 父親のクレイ・ルーズベルトも、2階から降りてきた。

 「良い匂いがするなぁ」
 「今日の夕飯は、クアンよ」

 クアンは嶺騎士王国の主食とされている、日本でいうパンのようなものだ。
 
 「そろそろアレを教えないといけないんじゃないか?」
 「そうね。もうそんな歳ね」

 デウスは二人が何か話しているのを、不思議そうに見ていた。
 かなり険しい顔をしている。
 何か危険な感じがする。不安が募った。
 食卓に料理が並ぶが、不安感が多く、食欲も出なかった。

 「デウス。お前に話さなきゃいけないことがある」
 「うん」
 「この世の中には、魔獣がいてそれを騎士団が倒している。それは分かるね?」
 「うん」
 「だがそれは嘘なんだ。騎士団は倒している訳ではない。
 自由を勝ち取るための、新たな領地を目指している。はなから魔獣と戦うつもりはないんだ。」

 何を言われているか分からなかった。
 騎士団は魔獣を倒して、順調に自由に向かって進撃している。
 それが当たり前だった。今までは。
 その言葉を聞いて、冗談だと思いたかった。
 が、クレイの顔は本気だった。嘘偽りを話しているようには見えなかった。

 「そして本当の狙いは、王族と騎士団のみの脱出だ。
 騎士団は今は国民のためといって命を削っているように見えるが、実は魔獣から逃げて新たな地を探している。
 そして見つかった暁には、国民を裏切り、上のやつらだけで逃げようとしている。」

 クレイの口からは、つらつらと非常識な言葉が出てきた。
 今までに聞いたことの無い、騎士団の裏面。
 裏ではそのような事を仕組んでいたというのか?

 「なんでそんなことを知ってるの?」
 「騎士が話しているのを、たまたま聞いたんだ。」

 信じられなかった。騎士団のことも、父親のことも。
 まるで、天地ががひっくり返ったような感覚に囚われた。
 ずっと憧れて、かっこいいと思っていたあの騎士が、そんな酷いなんて。
 
 「だからお父さんは、秘密結社を創始しようとしてるんだ。まだよく分からないだろうけど、正義のために戦うんだ。だからおお前も、信念を貫いて、正義のために戦ってくれ。」

 それを言われたときは、確かによく分からなかった。
 分かったのは、父さんが死んだ後。
 今でも秘密結社は密かに存在しているが、その時は秘密結社がバレて、父さんがその全ての責任を背負ったのだ。
 父さんだけが処刑を受けて、罪を償った。
 死刑で償ったのだ。
 そしてそのすぐ後。事件が起きた。
 嶺騎士王国は、七つの壁で囲まれている。
 ルーズベルト一家は、その一番外の壁の内側に住んでいた。
 その一番外側の壁が、打ち破られたのだ。
 それも超巨大な魔獣によって。
 体長が30メートルほどもあり、壁から上半身が見えている状態だった。
 紫黒い湯気のようなものが体がモワモワと沸き上がっていた。
 禍々しい幻影が、瞳を焦がすように見えた。
 恐怖で体がすくみ、足が動かなかった。
 どうしていいか分からず、その場に直立したまま動けなくなってしまった。
 すると壁内に入ってきた魔獣が僕をロックオンした。
 ヤバイと思った。死んでしまう!恐怖はあって逃げたいのに、足が出なかった。
 壁の中は安全なものだと思っていた。

 「早く逃げないと!デウス!」
 「あ、足が、...う動かない、...!」

 魔獣は迫ってきている。
 デウスは表せない恐怖に駆られたが、何故か一瞬で恐怖が消えた。
 諦めるというか、喰われる運命だと察したのだ。
 デウスは運命のようなものを信じるタイプだ。
 信じたらそれは、曲げはしない。
 その場に座り込んで魔獣を待った。
 というか目の前だった。

 「グゥァァ」

 唸り声を上げて、口を振りかぶった。
 口が俺を飲み込もうとした、
 その時
 鉄の棒が魔獣をぶっ叩いた。
 少しのろけるが、すぐに相手を確認する。
 それはデウスの母親、セーアだった。

 「逃げて!デウス!あなたはいずれ、魔獣を倒して、世界に平和をもたらす者!
 ここで死んではいけないの!早く逃げて!」

 急に足が軽くなり、逃げることができた。
 だが逃げたことを、今でも後悔している。
 罪悪感と重圧感に押し負かされそうになりながら、生きる。
 そんな生活を脱するためには、魔獣を殲滅するんだ!
 これも運命だと思い、デウスは一歩踏み出した。
 魔獣というこの世を地獄に変えた奴を、ぶっ殺すんだ!

 デウスはそう心に決めた。
 これがデウスの野望の、始まりだった。
 
 
 
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