50 / 55
008 与奪城の月
第49話 シャイニーツリーと食堂。
しおりを挟む
与奪城には大食堂と小食堂があり、アンジュはぴゅあと蓮花を小食堂へと導いた。大きな窓と、日差しに映える赤い絨毯、アンティークなチェアを配した楕円形のダイニングテーブルが、上品な雰囲気を醸し出している。
花模様の入ったヴィンテージの皿に、アンジュがプレーンスコーンを盛り付ける。傍らに添えられたクロテッドクリームとジャムが、上質なティータイムを演出している。
ぴゅあと蓮花は優雅なティータイムに心を奪われ、無邪気な歓声を上げている。対照的にシャイニーツリーは、居心地の悪そうな表情を浮かべた。
「アンジュさん、やりすぎでしょ。こいつらに、そんなサービスしなくていいよ。だいたい俺が落ち着かないわ」
二人が「こいつらって何!」と声を揃えて抗議すると、アンジュは楽しそうに微笑んで言った。
「まあまあ、シャイニーツリー坊ちゃん。せっかくの可愛らしいお客様ですからね。今日は臨時のお給金も出して貰っているんですから」
「その喋り方ももういいよ。落ち着かないんだってば」
シャイニーツリーの言葉に、アンジュは「ちぇっ」とぶっきらぼうに言うと、気楽な用意で椅子に腰を下ろす。
「はいはい。普通の八木杏柚に戻ります。だけど輝樹くん、わたしは雇われの身なんだからね。いくら輝樹くんがいいって言っても、雇い主のエイプが口うるさいのよ」
ぴゅあと蓮花が声を出して笑った。優雅なメイドの仮面の下に隠された、アンジュの飾り気の無い素顔を既に知っていたからだ。
「エイプには俺から言っとくから。あのオッサン、自分の趣味を俺にまで押しつけてきて迷惑なんだよ。こんな家、暮らしにくいったらないぜ」
与奪城のデザイン、内装の隅々まで行き届いた装飾、そしてアンジュの着るメイド服。これらすべてが、管理者エイプの嗜好の表れなのか、とぴゅあは考えを巡らせていた。そして、謎めいた存在への興味が強まっていく。
「エイプってひと、管理者なんだよね。どんなひとなの?」
どちらに答えを求めているのかわからないような、曖昧な視線を彷徨わせながら、ぴゅあはアンジュとシャイニーツリーに声を投げかけた。
「どんなって……黒ずくめで、いつもスーツを着てて、怪しそうな見た目の」
「神経質で、嫌みなオッサン」
スコーンを口に含みながら、シャイニーツリーが辛辣な言葉を言い捨てる。
「管理者なんてろくなやつがいない」
「輝樹くんは、他の管理者に会ったことがあるの?」
アンジュの問いかけに、蓮花が身を乗り出して会話に割って入る。
「うちのクラスにさ、管理者がいるの。その名も全知全能のV」
「全知全能のV!?」
管理者の名前とは思えない奇妙な通り名に、アンジュは思わず声を上げた。
「そう! 普段は目立たないやつなんだけどさ、授業中とかにいきなりコグにだけ聞こえるように、『我が名は全知全能のV』とか語り始めるの!」
ぴゅあが両手で口を押さえながら、肩を震わせて笑いを抑え込む。
「鬱陶しいから俺が睨み付けたら、あいつ『ひい』って悲鳴上げてたぜ」
シャイニーツリーの言葉で、ついにぴゅあの笑いの堰が切れた。「全知全能のV、超ワラエル……オモロ」と声を出し、我慢していた笑いが加速する。
「いろいろな管理者がいるのねえ。わたしが知っているのはZと、ヨスミと……あと、九かな」
「九! アンジュさん聞いて、あたし九に誘拐されたんだよ」
ぴゅあの九に関する報告から、四人の会話は管理者談義へと発展していった。それぞれが知る管理者の特徴や、奇妙な行動を語り合い、会話は尽きることを知らなかった。
——アンジュが作った昼食を堪能した後、部屋に戻った三人は対戦ゲームに興じた。夕方になってぴゅあは与奪城の厨房を見学し、プロ仕様の調理器具と豊富な食材に目を輝かせ、カレー作りを宣言する。
手際よく調理を進めるぴゅあ。蓮花は不器用な手つきながら懸命に手伝い、見学のつもりだったシャイニーツリーは結局、命じられるままに雑用をこなした。
アンジュは必要な道具を出したり、使い終わった器具を片付けたりしながら、三人の料理風景を微笑ましく見守っていた。
四人は普段使っていない大食堂の扉を開け、自分たちの作ったカレーを持ち込んだ。荘厳な食堂に、賑やかで贅沢な食事の時間が訪れる。
食事が終わり、アンジュがこっそり仕込んでいたキャロットケーキが登場する頃には、大食堂の窓の外の景色はすっかり暗くなっていた。
ぴゅあと蓮花が先に帰り、続いてアンジュも外に出ると、見上げた空には半月が浮かんでいた。変わらない月の姿に、アンジュの心が和む。この世界でも月は同じように、優しい光を投げかけていた。
一人部屋に戻ったシャイニーツリーは、PCの前に座った。ちょうど推しのVtuber、宙鳥みこんが配信を開始しようとするところだ。
モニターには宙鳥みこんのサムネイルと、『8時間耐久生配信』の文字が映し出されている。シャイニーツリーは、今晩も寝不足になりそうだった。
(了)
花模様の入ったヴィンテージの皿に、アンジュがプレーンスコーンを盛り付ける。傍らに添えられたクロテッドクリームとジャムが、上質なティータイムを演出している。
ぴゅあと蓮花は優雅なティータイムに心を奪われ、無邪気な歓声を上げている。対照的にシャイニーツリーは、居心地の悪そうな表情を浮かべた。
「アンジュさん、やりすぎでしょ。こいつらに、そんなサービスしなくていいよ。だいたい俺が落ち着かないわ」
二人が「こいつらって何!」と声を揃えて抗議すると、アンジュは楽しそうに微笑んで言った。
「まあまあ、シャイニーツリー坊ちゃん。せっかくの可愛らしいお客様ですからね。今日は臨時のお給金も出して貰っているんですから」
「その喋り方ももういいよ。落ち着かないんだってば」
シャイニーツリーの言葉に、アンジュは「ちぇっ」とぶっきらぼうに言うと、気楽な用意で椅子に腰を下ろす。
「はいはい。普通の八木杏柚に戻ります。だけど輝樹くん、わたしは雇われの身なんだからね。いくら輝樹くんがいいって言っても、雇い主のエイプが口うるさいのよ」
ぴゅあと蓮花が声を出して笑った。優雅なメイドの仮面の下に隠された、アンジュの飾り気の無い素顔を既に知っていたからだ。
「エイプには俺から言っとくから。あのオッサン、自分の趣味を俺にまで押しつけてきて迷惑なんだよ。こんな家、暮らしにくいったらないぜ」
与奪城のデザイン、内装の隅々まで行き届いた装飾、そしてアンジュの着るメイド服。これらすべてが、管理者エイプの嗜好の表れなのか、とぴゅあは考えを巡らせていた。そして、謎めいた存在への興味が強まっていく。
「エイプってひと、管理者なんだよね。どんなひとなの?」
どちらに答えを求めているのかわからないような、曖昧な視線を彷徨わせながら、ぴゅあはアンジュとシャイニーツリーに声を投げかけた。
「どんなって……黒ずくめで、いつもスーツを着てて、怪しそうな見た目の」
「神経質で、嫌みなオッサン」
スコーンを口に含みながら、シャイニーツリーが辛辣な言葉を言い捨てる。
「管理者なんてろくなやつがいない」
「輝樹くんは、他の管理者に会ったことがあるの?」
アンジュの問いかけに、蓮花が身を乗り出して会話に割って入る。
「うちのクラスにさ、管理者がいるの。その名も全知全能のV」
「全知全能のV!?」
管理者の名前とは思えない奇妙な通り名に、アンジュは思わず声を上げた。
「そう! 普段は目立たないやつなんだけどさ、授業中とかにいきなりコグにだけ聞こえるように、『我が名は全知全能のV』とか語り始めるの!」
ぴゅあが両手で口を押さえながら、肩を震わせて笑いを抑え込む。
「鬱陶しいから俺が睨み付けたら、あいつ『ひい』って悲鳴上げてたぜ」
シャイニーツリーの言葉で、ついにぴゅあの笑いの堰が切れた。「全知全能のV、超ワラエル……オモロ」と声を出し、我慢していた笑いが加速する。
「いろいろな管理者がいるのねえ。わたしが知っているのはZと、ヨスミと……あと、九かな」
「九! アンジュさん聞いて、あたし九に誘拐されたんだよ」
ぴゅあの九に関する報告から、四人の会話は管理者談義へと発展していった。それぞれが知る管理者の特徴や、奇妙な行動を語り合い、会話は尽きることを知らなかった。
——アンジュが作った昼食を堪能した後、部屋に戻った三人は対戦ゲームに興じた。夕方になってぴゅあは与奪城の厨房を見学し、プロ仕様の調理器具と豊富な食材に目を輝かせ、カレー作りを宣言する。
手際よく調理を進めるぴゅあ。蓮花は不器用な手つきながら懸命に手伝い、見学のつもりだったシャイニーツリーは結局、命じられるままに雑用をこなした。
アンジュは必要な道具を出したり、使い終わった器具を片付けたりしながら、三人の料理風景を微笑ましく見守っていた。
四人は普段使っていない大食堂の扉を開け、自分たちの作ったカレーを持ち込んだ。荘厳な食堂に、賑やかで贅沢な食事の時間が訪れる。
食事が終わり、アンジュがこっそり仕込んでいたキャロットケーキが登場する頃には、大食堂の窓の外の景色はすっかり暗くなっていた。
ぴゅあと蓮花が先に帰り、続いてアンジュも外に出ると、見上げた空には半月が浮かんでいた。変わらない月の姿に、アンジュの心が和む。この世界でも月は同じように、優しい光を投げかけていた。
一人部屋に戻ったシャイニーツリーは、PCの前に座った。ちょうど推しのVtuber、宙鳥みこんが配信を開始しようとするところだ。
モニターには宙鳥みこんのサムネイルと、『8時間耐久生配信』の文字が映し出されている。シャイニーツリーは、今晩も寝不足になりそうだった。
(了)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
僕の魂修行の異世界転生
蓮月銀也
SF
何故に生まれたのか? 生きる意味とは? ある者が語る。人生とは、魂の修行だと。その者は、己の魂の修行の異世界へと転生した話しを語りだした。その修行の終わりの結末とは……?これは、久遠転生の物語。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる