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008 与奪城の月
第49話 シャイニーツリーと食堂。
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与奪城には大食堂と小食堂があり、アンジュはぴゅあと蓮花を小食堂へと導いた。大きな窓と、日差しに映える赤い絨毯、アンティークなチェアを配した楕円形のダイニングテーブルが、上品な雰囲気を醸し出している。
花模様の入ったヴィンテージの皿に、アンジュがプレーンスコーンを盛り付ける。傍らに添えられたクロテッドクリームとジャムが、上質なティータイムを演出している。
ぴゅあと蓮花は優雅なティータイムに心を奪われ、無邪気な歓声を上げている。対照的にシャイニーツリーは、居心地の悪そうな表情を浮かべた。
「アンジュさん、やりすぎでしょ。こいつらに、そんなサービスしなくていいよ。だいたい俺が落ち着かないわ」
二人が「こいつらって何!」と声を揃えて抗議すると、アンジュは楽しそうに微笑んで言った。
「まあまあ、シャイニーツリー坊ちゃん。せっかくの可愛らしいお客様ですからね。今日は臨時のお給金も出して貰っているんですから」
「その喋り方ももういいよ。落ち着かないんだってば」
シャイニーツリーの言葉に、アンジュは「ちぇっ」とぶっきらぼうに言うと、気楽な用意で椅子に腰を下ろす。
「はいはい。普通の八木杏柚に戻ります。だけど輝樹くん、わたしは雇われの身なんだからね。いくら輝樹くんがいいって言っても、雇い主のエイプが口うるさいのよ」
ぴゅあと蓮花が声を出して笑った。優雅なメイドの仮面の下に隠された、アンジュの飾り気の無い素顔を既に知っていたからだ。
「エイプには俺から言っとくから。あのオッサン、自分の趣味を俺にまで押しつけてきて迷惑なんだよ。こんな家、暮らしにくいったらないぜ」
与奪城のデザイン、内装の隅々まで行き届いた装飾、そしてアンジュの着るメイド服。これらすべてが、管理者エイプの嗜好の表れなのか、とぴゅあは考えを巡らせていた。そして、謎めいた存在への興味が強まっていく。
「エイプってひと、管理者なんだよね。どんなひとなの?」
どちらに答えを求めているのかわからないような、曖昧な視線を彷徨わせながら、ぴゅあはアンジュとシャイニーツリーに声を投げかけた。
「どんなって……黒ずくめで、いつもスーツを着てて、怪しそうな見た目の」
「神経質で、嫌みなオッサン」
スコーンを口に含みながら、シャイニーツリーが辛辣な言葉を言い捨てる。
「管理者なんてろくなやつがいない」
「輝樹くんは、他の管理者に会ったことがあるの?」
アンジュの問いかけに、蓮花が身を乗り出して会話に割って入る。
「うちのクラスにさ、管理者がいるの。その名も全知全能のV」
「全知全能のV!?」
管理者の名前とは思えない奇妙な通り名に、アンジュは思わず声を上げた。
「そう! 普段は目立たないやつなんだけどさ、授業中とかにいきなりコグにだけ聞こえるように、『我が名は全知全能のV』とか語り始めるの!」
ぴゅあが両手で口を押さえながら、肩を震わせて笑いを抑え込む。
「鬱陶しいから俺が睨み付けたら、あいつ『ひい』って悲鳴上げてたぜ」
シャイニーツリーの言葉で、ついにぴゅあの笑いの堰が切れた。「全知全能のV、超ワラエル……オモロ」と声を出し、我慢していた笑いが加速する。
「いろいろな管理者がいるのねえ。わたしが知っているのはZと、ヨスミと……あと、九かな」
「九! アンジュさん聞いて、あたし九に誘拐されたんだよ」
ぴゅあの九に関する報告から、四人の会話は管理者談義へと発展していった。それぞれが知る管理者の特徴や、奇妙な行動を語り合い、会話は尽きることを知らなかった。
——アンジュが作った昼食を堪能した後、部屋に戻った三人は対戦ゲームに興じた。夕方になってぴゅあは与奪城の厨房を見学し、プロ仕様の調理器具と豊富な食材に目を輝かせ、カレー作りを宣言する。
手際よく調理を進めるぴゅあ。蓮花は不器用な手つきながら懸命に手伝い、見学のつもりだったシャイニーツリーは結局、命じられるままに雑用をこなした。
アンジュは必要な道具を出したり、使い終わった器具を片付けたりしながら、三人の料理風景を微笑ましく見守っていた。
四人は普段使っていない大食堂の扉を開け、自分たちの作ったカレーを持ち込んだ。荘厳な食堂に、賑やかで贅沢な食事の時間が訪れる。
食事が終わり、アンジュがこっそり仕込んでいたキャロットケーキが登場する頃には、大食堂の窓の外の景色はすっかり暗くなっていた。
ぴゅあと蓮花が先に帰り、続いてアンジュも外に出ると、見上げた空には半月が浮かんでいた。変わらない月の姿に、アンジュの心が和む。この世界でも月は同じように、優しい光を投げかけていた。
一人部屋に戻ったシャイニーツリーは、PCの前に座った。ちょうど推しのVtuber、宙鳥みこんが配信を開始しようとするところだ。
モニターには宙鳥みこんのサムネイルと、『8時間耐久生配信』の文字が映し出されている。シャイニーツリーは、今晩も寝不足になりそうだった。
(了)
花模様の入ったヴィンテージの皿に、アンジュがプレーンスコーンを盛り付ける。傍らに添えられたクロテッドクリームとジャムが、上質なティータイムを演出している。
ぴゅあと蓮花は優雅なティータイムに心を奪われ、無邪気な歓声を上げている。対照的にシャイニーツリーは、居心地の悪そうな表情を浮かべた。
「アンジュさん、やりすぎでしょ。こいつらに、そんなサービスしなくていいよ。だいたい俺が落ち着かないわ」
二人が「こいつらって何!」と声を揃えて抗議すると、アンジュは楽しそうに微笑んで言った。
「まあまあ、シャイニーツリー坊ちゃん。せっかくの可愛らしいお客様ですからね。今日は臨時のお給金も出して貰っているんですから」
「その喋り方ももういいよ。落ち着かないんだってば」
シャイニーツリーの言葉に、アンジュは「ちぇっ」とぶっきらぼうに言うと、気楽な用意で椅子に腰を下ろす。
「はいはい。普通の八木杏柚に戻ります。だけど輝樹くん、わたしは雇われの身なんだからね。いくら輝樹くんがいいって言っても、雇い主のエイプが口うるさいのよ」
ぴゅあと蓮花が声を出して笑った。優雅なメイドの仮面の下に隠された、アンジュの飾り気の無い素顔を既に知っていたからだ。
「エイプには俺から言っとくから。あのオッサン、自分の趣味を俺にまで押しつけてきて迷惑なんだよ。こんな家、暮らしにくいったらないぜ」
与奪城のデザイン、内装の隅々まで行き届いた装飾、そしてアンジュの着るメイド服。これらすべてが、管理者エイプの嗜好の表れなのか、とぴゅあは考えを巡らせていた。そして、謎めいた存在への興味が強まっていく。
「エイプってひと、管理者なんだよね。どんなひとなの?」
どちらに答えを求めているのかわからないような、曖昧な視線を彷徨わせながら、ぴゅあはアンジュとシャイニーツリーに声を投げかけた。
「どんなって……黒ずくめで、いつもスーツを着てて、怪しそうな見た目の」
「神経質で、嫌みなオッサン」
スコーンを口に含みながら、シャイニーツリーが辛辣な言葉を言い捨てる。
「管理者なんてろくなやつがいない」
「輝樹くんは、他の管理者に会ったことがあるの?」
アンジュの問いかけに、蓮花が身を乗り出して会話に割って入る。
「うちのクラスにさ、管理者がいるの。その名も全知全能のV」
「全知全能のV!?」
管理者の名前とは思えない奇妙な通り名に、アンジュは思わず声を上げた。
「そう! 普段は目立たないやつなんだけどさ、授業中とかにいきなりコグにだけ聞こえるように、『我が名は全知全能のV』とか語り始めるの!」
ぴゅあが両手で口を押さえながら、肩を震わせて笑いを抑え込む。
「鬱陶しいから俺が睨み付けたら、あいつ『ひい』って悲鳴上げてたぜ」
シャイニーツリーの言葉で、ついにぴゅあの笑いの堰が切れた。「全知全能のV、超ワラエル……オモロ」と声を出し、我慢していた笑いが加速する。
「いろいろな管理者がいるのねえ。わたしが知っているのはZと、ヨスミと……あと、九かな」
「九! アンジュさん聞いて、あたし九に誘拐されたんだよ」
ぴゅあの九に関する報告から、四人の会話は管理者談義へと発展していった。それぞれが知る管理者の特徴や、奇妙な行動を語り合い、会話は尽きることを知らなかった。
——アンジュが作った昼食を堪能した後、部屋に戻った三人は対戦ゲームに興じた。夕方になってぴゅあは与奪城の厨房を見学し、プロ仕様の調理器具と豊富な食材に目を輝かせ、カレー作りを宣言する。
手際よく調理を進めるぴゅあ。蓮花は不器用な手つきながら懸命に手伝い、見学のつもりだったシャイニーツリーは結局、命じられるままに雑用をこなした。
アンジュは必要な道具を出したり、使い終わった器具を片付けたりしながら、三人の料理風景を微笑ましく見守っていた。
四人は普段使っていない大食堂の扉を開け、自分たちの作ったカレーを持ち込んだ。荘厳な食堂に、賑やかで贅沢な食事の時間が訪れる。
食事が終わり、アンジュがこっそり仕込んでいたキャロットケーキが登場する頃には、大食堂の窓の外の景色はすっかり暗くなっていた。
ぴゅあと蓮花が先に帰り、続いてアンジュも外に出ると、見上げた空には半月が浮かんでいた。変わらない月の姿に、アンジュの心が和む。この世界でも月は同じように、優しい光を投げかけていた。
一人部屋に戻ったシャイニーツリーは、PCの前に座った。ちょうど推しのVtuber、宙鳥みこんが配信を開始しようとするところだ。
モニターには宙鳥みこんのサムネイルと、『8時間耐久生配信』の文字が映し出されている。シャイニーツリーは、今晩も寝不足になりそうだった。
(了)
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