アラロワ おぼろ世界の学園譚

水本茱萸

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004 スモールスモールサークル

第36話 ひよりの決意。(奈央の視点)

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「……なおちゃん……奈央ちゃん!」

 ひよの声に我に返った。気づけば、私は険しい表情で黙り込んでいたらしい。

「大丈夫?」

「ああ、ごめん。ちょっと疲れただけ」

 と誤魔化ごまかすが、ひよは心配そうな顔で私を見ている。本当は私の方がひよのことを心配しているというのに。何があったのかはわからないけれど、額のガーゼとサージカルテープが痛々しい。

 合宿二日目、午前中のトレッキング。登山道は次第に急になり、会話を交わす余裕もなくなっていく。それでも、私の頭の中はひよのことでいっぱいだった。

 昨夜ゆうべ、私が気づかないうちに何かがあったことは確信している。

 朝、ひよは「ちょっと寝てる間に引っいちゃったみたいで、先生に言って応急処置してもらったんだよ」と話していた。

 けれど、私はひよが何かを隠していると踏んで、一人で玻璃先生の元に行き、こう尋ねた。

「ひよ、今日のトレッキング休まなくて大丈夫なんですか?」
「ああ。いや、氷上がみんなといる方が楽だって言うからな。まあ、気をつけてやってくれ。まだ不安なこともあるだろうからな」

 先生の返答は、明らかにおかしかった。

 みんなといる方が楽? 気をつけろ? まだ不安なこともある?

 玻璃先生にだまし討ちのような駆け引きをしたかったわけではなかったが、結果的にそうなってしまった。

 なぜ、ひよは本当のことを話してくれないのか。

 ふと、前を歩く柏原の背中が目に入る。あいつも時々、ひよの方を気にするように振り返っている。

 柏原は何か知っているのだろうか。それとも、昨夜の出来事に関わっているのか。

 低山とはいえ頂上に近づくにつれ、登山道は険しくなっていった。足下の石ころが大きくなり、安定した歩行を妨げる。

 私たちの息遣いが荒くなり、会話も自然と途絶えていった。

 ひよのガーゼの下……は、今どうなっているんだろう。この山道のように、荒れ果てているんだろうか。

 下を向いて一歩一歩、慎重に歩き続けているうちに、ひよの傷を踏み荒らしているような気分になってくる。

「ふう……ふう……」

 私の隣を歩く、ひよの呼吸が乱れている。私が、私たちが地面に足を踏みつけるたび、ひよが苦しんでいる妄想に取りかれる。

「わわわっ」

 右を歩いていたわかが、小さな石に足を滑らせ、バランスを崩して後ろに倒れそうになり声を上げた。私は咄嗟とっさにわかの腕をつかむが、足を取られて同じように後方に転倒しそうになる。さらにひよも、私たちを支えようとしてけそうになった。

 三人まとめて大怪我けが確定かと思った瞬間、後ろから力強い腕が伸びてきた。

 振り返ると、そこに三谷さんが立っていた。彼女の長い腕が、私たち三人を同時に支えている。

 三谷さんは驚くほど無表情で、ただ一言、

「危ない」

 と落ち着いた声で言った。

「ありがとう、パトリシアちゃん」
「サンキュー、うわー助かったよー」
「三谷さん、ごめん。大丈夫?」

 体勢を立て直し、三人がそれぞれ口々に三谷さんに声を掛ける。

「おう」

 少し照れたように三谷さんが返す。猪篠さん、横須さんも駆け寄ってきて、

「みんな怪我けがしはらへんでよかったわぁ」
「山道は危ないけえ、ちゃんと足下見て歩かんといけんよ」

 と気遣ってくれた。クラスでは普段無口な三人だが、宿泊で同室になったことがきっかけで、かなり仲良く話せるようになった。

「いやーごめんね。ちょっと考え事しながら歩いてたら、ついつい油断しちゃって」

 頭の後ろをでて苦笑しながら、わかが言う。

「何考えてたの?」
「いやー。ちょっとさ、気になるよね。それ」

 わかが指さしたのはひよ……の頭に貼られたガーゼだった。

「あー……えっとね……」
「いいよいいよ。言いにくいこともあるだろうし」

 ひよが説明しようと言葉を探している間に、わかが話を切り上げる。そして、私の方を見て言葉を続ける。

「奈央は聞いてる?」
「いや……聞いてない……」
「そっか、てっきり……。まあいいや。うん、ごめんね」

 わかはそう言って、元気よくわざとらしく足を高々と上げて歩き始める。

 胸がちくりと痛んだ。本当にこういう時って、痛みを感じるものなんだなと思った。私とひよはで、わかはそうじゃない。

 少なくともで中学からの仲良しだった三人組は、高校入学と同時に分断されてしまった。誰が悪いわけでもない。ただ、私とひよはの記憶を自覚して、わかはそうではなかっただけのことだ。

 なのに。

 黙ってうつむいていたひよが立ち上がり、私にこう告げた。

「奈央ちゃん。あのね。昨日何があったか、後で奈央ちゃんに話すね。それと……」

 そして歩き始める寸前、背中越しに私へ向け、ひよは言葉を残した。

「わたし、若菜ちゃんに何もかも話す。信じてもらえなくても、ちゃんと話すね」

 ひよの言葉がまだ頭に残る中、私は木槌きづち山の頂上を見上げた。道はまだ続いている。けれど、いくつかのうねりを曲がれば頂上は近そうだ。

 私は、額ににじんだ汗をタオルでぬぐって、静かに歩き出した。

 歩こう。歩こう。ただ。

 (了)
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