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004 スモールスモールサークル

第35話 眠れない夜。(玻璃の視点)

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 ドガシャンガシャンガカンカンカーン——けたたましい音が耳に飛び込んできた。目を開いてはみたものの、眠気はまだ強く残っている。単なる偶然の物音なら、このまま二度寝しようと思っていた。

「もう、何やってんのよキキちゃん!」

 夜の闇に紛れた抑え気味の怒り声。いや、はっきり聞こえてるで……。

 しゃあなし、である。教員としての使命感が眠気を払う。深夜の生徒の行動を無視はできない。

 服を着替える余裕はないと即断。Tシャツと短パンのままの格好で、そっとベッドを離れる。足音を立てないよう気を付けながら非常口に向かい、慎重に扉を開けて外に出た。

 庭園の中央に、三人の生徒の姿が見えた。女子生徒が二人、男子生徒が一人。男子生徒は中央入り口の階段に腰を下ろし、うなだれて眠っているようだった。

「やっぱりお前らか。何してんねん」
「ああ、玻璃ちゃん起きちゃったじゃん」
「キキちゃんが悪いんでしょ」

 ばつが悪そうな市島に、八木。眠っているのは日吉か。二年生の、いつもの三人組だった。

「あんまし教師を手間取らせるなよ。何時やと思ってんねん」

 私は我慢できず、大きなあくびをしながら言った。そう言いつつ、自分でも正確な時間を確認したくなり、大柳くんが誕生日にくれた腕時計に目を向けた。

「二時過ぎやん。なに騒いでんねんもう。私、ちょっとしか寝てへんねんで」

 周囲にはキャンプグッズが散らばっている。運んでいる最中にぶちまけたのか。

「わたしはただ、美味おいしいコーヒーが飲みたくて」
「こんな時間にコーヒー? 寝られへんようになるやろ。てか、何持ち込んでんねん。去年怒られたんやろ。問題児にもほどがあるやろ」
「去年はき火! 今年はバーナーだけだからいいじゃん」

 だけって……適当に拾ったキャンプ道具を見て、これはって量ではない。なんだよ、このお弁当箱みたいなのは。

「それはメスティン、炊き込みご飯を作るつもりだったの。それはマシュマロを焼く用の串だよ。ビスケットに挟んで食べるの」
「太るぞ……お前」

 なんで合宿に、がっつりキャンプ飯の道具を持ち込んでんねん。

「もう、さっさと片付けて寝ろ」

 そう言って、ダッチオーブンを拾い上げた時だった。

 ——うああああああああ!

 くぐもった絶叫が、遠くから聞こえてきた。眠っていた日吉が驚いて顔を上げ、辺りを見回している。

 これはまずい。

 での経験か、での看護の経験か、とにかくよくわからないが、この叫び声はまずい——そう思った。

「八木、日吉! 校長先生呼んできて! 市島は私と一緒に来て!」

 そう言い残して、生徒たちを確認する間もなく、私は声のする方へ駆け出した。

 ——あああああああ!

 悲痛な叫びに加え、パニックに陥った様子の話し声が聞こえてくる。

「ひよさん、落ち着いて!」
「うあああああああああああ!」

 ポケットから取り出した、LEDライトの強い光が、声のする方を照らし出す。その先に映し出されたのは、想像を絶する光景だった。氷上ひよりが地面を転げ回り、両手で激しく額をきむしっている。私は一瞬動きが止まってしまった。

「大丈夫か!」

 我に返り、私は氷上に向かって叫んだ。同時に、周囲の状況を素早く確認する。そこで目に入ったのは、柏原和の姿だった。柏原は顔色を失い、膝をついたまま呆然《ぼうぜん》としていた。

 慎重に氷上に歩み寄り、私は彼女の手首を軽くつかんだ。これ以上の自傷行為を防ぐため、ゆっくりと静かに彼女の手を顔から遠ざける。氷上の苦しそうな声が徐々に弱まったところで、私は柏原に尋ねた。

「何があった?」
「旗を見ているうちに……氷上さんが苦しみ始めて……」

 八木と日吉を伴って、ヨスミさんが到着した。ヨスミさんは、手に持っていたものを私に差し出す。

「これを食べさせて」

 ヨスミさんの手のひらに載っているのは、鮮烈な色彩をした、例の小さな実だった。柏原の表情が急変し、不信感をあらわにしてヨスミさんをにらみ付けた。

「大丈夫よ。記憶安定剤だから。すぐに落ち着くわよ」

 明らかに怪しそうな薬だとは思うが、ここは冷静に状況判断すべきだろう。ヨスミさんの尊大な態度と、周囲の意見など聞く耳を持たない様子は明白だ。目の前の緊急事態を考慮し、ここは氷上の苦しみを和らげることが先決だ。

 ——氷上に謎の実を食べさせてしばらくつと、彼女の状態が安定し静かな寝息を立て始めた。わたしとヨスミさんは、あらためて旗の文字を確認する。

「にしても……みのり園って、この前ヨスミさんが言ってたやつでしょ? あっちもつい最近、合宿を行ったってことなんでしょうかね」

 みのり園は管理者Zが園長を務めている施設の名前だ。近いうちに、現地を視察するよう管理者ヨスミに命じられていた。

「なるはやで調整するように、あっちの園長には連絡しておくわ。その時はお願いね」
「それにしても、こんな騒ぎになっちゃって大丈夫なんですかね。他の先生方とか」
「それは問題ないわ。外の時間は緩やかにしておいたから」

 緩やかに……つまり実質、時間を止めているということだ。

 市島、八木、日吉はともかく、柏原は管理者ヨスミの存在を、朝の挨拶で初めて知ったばかりなので、その目には、人知を超えた力を目の当たりにした者特有の畏怖の色が宿っている。

 まあ、仕方ないわ。最初は。怖いよな。わかるで。

 でも必ずそのうち慣れていく。この、めちゃくちゃな世界と比べたら、管理者の存在そのものなんてちっぽけなものだと、いつか気づくに違いないのだから。
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