アラロワ おぼろ世界の学園譚

水本茱萸

文字の大きさ
上 下
36 / 55
004 スモールスモールサークル

第35話 眠れない夜。(玻璃の視点)

しおりを挟む
 女性の体を奪い、そこを転々として移動する。魂の移し替えの術を最初に使ったのは玉藻の前らしいが、彼女の自堕落な行動に、時の陰陽師が怒り、これを封印した。以降は彼女は殺生石として封じられている。
 しかし彼女の術が残り、それのせいで泣く女の怨嗟が残る。
 魂を移し替える術は、なにも美を保つためだけのものではない。呪いをばらまく格好の餌なのだ。
 百合は巫女たちに「しばらく横になりますが、眠ってはいません。あと荷車の中は決して見ないでください」とだけ言い、横たわった。
 コロリと横たわってから、荷車の中から八百比丘尼の体を纏った百合が起き上がる。
 彼女の傍には、ぽんを頭に乗せた小十郎が立っていた。

「師匠……」
「私もこの体とはそこまで対話をしていない。魂の移動を特定するから、しばし待て」

 そう言うと、百合は目を閉じ、神経を尖らせた。
 百合は今まで、八百比丘尼の体に無理矢理魂を移し替えられて以降、何度も絡繰り人形の体と八百比丘尼の体を往復した。その中で、少しだけわかったことがある。
 どうしてどれだけ遠く離れていても八百比丘尼の体と絡繰り人形の器を往復できるのか。魂の切れ端が、体に突き刺さっているからだ。自分は自分の魂の切れ端を目指して、魂を移動させているのだ。
 だとしたら、何度も何度も女性の体を移動し続けているもうひとりの八百比丘尼もまた、自分自身の魂の切れ端を突き刺しているはずだ。
 百合は八百比丘尼の体に残っている、それぞれの魂の切れ端を吟味した。何十人もの女の魂が、八百比丘尼には残っている……これじゃあこの体がそのまま呪いに転じてしまうはずだ。あまりにも多過ぎる。
 百合はその魂を吟味してから、その魂と同じものを探しはじめた。自身の魂を少し飛ばす。本来、魂には視界がないのだから、五感を研ぎ澄ませなかったら、八百比丘尼の体に突き刺さっている魂の切れ端の本体を探すなんて無理だ。
 百合がそれに躍起になっている中、小十郎は「あ」と声を上げた。

「師匠、なんか寺社仏閣に来た」
「そちらはお前に任せる」
「ひとりでできるかなあ……」
「いざとなったらぽんを頼れ」
「それってちっとも格好よくない」

 寺社仏閣に向かってくるのは、女性だった。緋袴を穿き、白衣を締めた。それは小太刀を携えて、きょろきょろと辺りを見回している。

「……さっき会った巫女さんだ」
「……彼女、思えば私が八百比丘尼とも、絡繰りとも気付かなかったな」

 普通の人間だったら、果心居士のつくった精密な絡繰りである百合の体を見ても絡繰り人形とは気付かない。そして八百比丘尼の体は平気で目の前で血を操り、彼女を縛り上げた……。彼女は普通にそれに対して驚いていた。
 彼女は巫女として寺社仏閣で働いているが、霊的な力はない。それこそ百合が二年前に世話になった尼僧のほうが、よっぽど八百比丘尼について警戒していたほうだろう。
 そもそもこの寺社仏閣で、呪いの塊となっている八百比丘尼の体に警戒心を露わにするような人々は少なかった。せいぜいひとりふたりが反射的に荷車を見ていたくらいだ。
 嫌な予感を覚え、百合は彼女の魂の色を読み取った……八百比丘尼に突き刺さっている魂の切れ端のどれとも、一致しませんように。そう祈らずにはいられなかったが。

「……彼女までか」
「師匠?」
「小十郎、彼女に……あの巫女さんに……雷を打ち落とせ」

 百合の言葉に、小十郎は一瞬息を飲むが、すぐに「ぽん」と声を上げた。途端に、ぽんは「みゃあああああああ」と声を上げた。
 雷鳴がとどろき、白刃が落ちる。その真下にはあの巫女が立っていたが。大きな雷を落とせば、普通は倒れる。だが、彼女は倒れることなく、黙って小太刀を振るって雷を斬ってしまったのだ。シャン、と音を立てて小太刀は鞘に収められる。

「……貴様。あの娘の体を乗っ取ったか!?」
「あら……お久し振りですね。尼僧様?」

 その声は、たしかに巫女のものだった。
 彼女の名前も聞いていない。彼女と親しかった訳でもない。ただ寺社仏閣を荒らされ、それに嘆き、鎮守の森を守っていただけの巫女。
 その巫女の体を、八百比丘尼から逃れたはずの彼女が、たしかに使っていたのだ。

「貴様……どうしてその娘の体を乗っ取った!?」
「ああ。今頃発狂してらっしゃることでしょうね。当然です。彼女は足腰立たぬ老婆の体に入れておきましたから。老婆には誰もが油断しますから、体を奪う間借りをするのにちょうどいいのです」
「その老婆はどうした!?」
「新しい美しい体を得て喜んでらっしゃるのでは?」
「……貴様は、八百比丘尼の体から逃れたのであろう? 何故、こうも金鶏伝説を煽った挙げ句、次々と女の体を乗っ取る!?」
「あら。私がされたことをしてもよろしいのでは?」

 巫女の体を奪ったかつての八百比丘尼。
 本能的に、百合は自分の体を奪ったものではないと気付く……あれは狡猾な女ではあった。そのため、彼女は奪う体は身分で選んでいたのだ……。彼女みたいに、ただ女の体を奪っていた訳ではない。
 彼女は巫女の決してしないような、老獪な笑みを浮かべた。

「八百比丘尼は、かつて年を取れない死ねないことに苦しみ、体を捨ててしまいました。私は八百比丘尼の体に入れられ、故郷を追われました。誰だって見知らぬ尼僧には冷たいものです。最初は右も左もわからず、元の体に戻りたいとばかり泣いて、とうとう私は八百比丘尼の体に染みついていた魂を移し替える秘術を会得しましたが……そこで私は気付いてしまったんです。どうせだったら、もっと見た目を気にしたほうがいいと。私の好みの体、私の好みの顔、年若い、肌にハリがある、そんな体を見つけると、欲しくなってしまうんです」

 それに百合は絶句した。
 かつての八百比丘尼は不老不死に嫌気が差して、玉藻の前から魂を移し替える術を教えてもらったが。今目の前の享楽的な女は違うのだ。
 彼女はただ、若くて美しい体で、いつまでも生きていたいのだ……彼女が欲しているのは、若い女たちの体ではない。呪いの塊であるはずの、八百比丘尼の体を欲しているのだと。

「ふ……」
「ふ? それより、理由はお話致しました。あなたは風の噂で人魚の肉を探していると。要は不老不死は望んでいない。いいじゃありませんか。それならば、不老不死を望んでいる私に恵んでくださっても……」
「ふざけるな!! 誰が貴様にこの体を渡すものか!!」

 百合は元の体に戻りたかった。ただの百合として生きたかった。
 どれだけ八百比丘尼の体が美貌であったとしても、それは彼女のものではない。彼女は彼女で充分満足していた。
 だが、目の前の女は自分の欲望以外はどうでもいい。巫女のようにただ寺社仏閣のために働くような巫女すら、平気で足蹴にする。
 そんなくだらない生き物に、八百比丘尼のような呪いの産物を渡したら。彼女の欲望のままに呪いが充満するのが目に見えている。
 百合はガブリと自分の指先を噛んだ。血が滴り落ち、それが縄のように伸び、百合の指先に括り付けられる。
 対して小太刀を構え、くすくすと巫女が笑った。

「あら。あなたも不老不死の体が欲しいんですか?」
「そんなものはいらぬ。私は絡繰り人形の体で存外満足している」
「あら。それならば」
「だが貴様にやるくらいだったら、私がもらい受ける……女たちが憐れだと、少しでも思わないのか?」

 百合の問いにも、巫女はへらへらと笑った。もうその表情は、決して巫女がしないであろうものしか浮かべてはいなかった。

「他の方の気持ちなんて知りません。これは私が欲しいのです」
「なら……もういい」

 これ以上の話は無駄だ。聞きたくない。
 同じ八百比丘尼の被害者でありながらも、魂のあり方だけは真逆だった。
 百合は血の縄を伸ばし、巫女を絡め取ろうとするが、巫女は平気でそれを小太刀で断ち切る。彼女のほうは八百比丘尼として生きた時間が長いのだろう、彼女は八百比丘尼の欠点を熟知していた。

「私はなりたい私になるんです……この体を痛めつければ、あなたの中途半場な魂の切れ端は外れますわね。外しますわ」
「させるわけがなかろう!?」

 血を小太刀で斬らせながらも、百合は自身の手刀を激しく巫女のほうにふるい落とした。
 これはありえたかもしれない己の姿だ。これはいつか来るかもしれない自分の姿だ。それを否定するためにも、百合は負ける訳にはいかなかった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

戦国時代の武士、VRゲームで食堂を開く

オイシイオコメ
SF
奇跡の保存状態で頭部だけが発見された戦国時代の武士、虎一郎は最新の技術でデータで復元され、VRゲームの世界に甦った。 しかし甦った虎一郎は何をして良いのか分からず、ゲーム会社の会長から「畑でも耕してみたら」と、おすすめされ畑を耕すことに。 農業、食堂、バトルのVRMMOコメディ! ※この小説はサラッと読めるように名前にルビを多めに振ってあります。

処理中です...