29 / 55
004 スモールスモールサークル
第28話 案じる。(和の視点)
しおりを挟む
学級副委員長という立場上、担任の玻璃先生が話している間、委員長の瀬加さんと二人並んで立っているのは必然で、いわば担任の補佐のような役割だ。だけど、僕は副委員長なので委員長の瀬加さんの補佐でもある。
つまり、特にこれといって重要な役割を担っているわけではない。
出発前の注意事項は、瀬加さん一人の話で済む程度のものだったし、僕はただぼんやりと突っ立っていただけなのだけれど、さっきまで玻璃先生と何やら小声で話していたアッキーが、だから僕に近づいてきて、個人的なやり取りをするだけの隙は多分にあった。
アッキーは他の生徒に聞こえないよう、こっそりと僕に告げた。
「なごさん、俺、合宿行かないことにした」
「え? なんで?」
「あとで連絡する。なごさんに話したいことがある」
いつものノリのいい調子とは打って変わって、アッキーの声には真剣さが滲んでいた。神妙な面持ちで話し掛けてきたアッキーの姿は、初めて見るものだったので戸惑いを覚えた。
「副委員長からは何かありますか?」
瀬加さんの言葉に、僕は我に返った。
「委員長から説明があったように、トレッキングの際は怪我には気をつけてください。僕からは以上です」
まだ進級して間がないせいか、うちのクラスの生徒はちゃんと話を聞いてくれる。こっちの世界でも、あっちの世界でも、中学時代には学級委員の経験があるけれど、纏まりのない酷いものだった。話を聞いてくれないことなんてざらで、野次られることだってあった。
今のクラスにも一見やんちゃそうな生徒はいる。初日から他のクラスメートと話しているのを見たことがない箸荷さん……は、いかにも不良というかヤンキーというか、そんな感じの女子に見えるが、場を乱すようなことはせず、ちゃんと先生や学級委員の方を向いて、耳を傾けてくれている。
ギャルメイクで派手な三谷さん、猪篠さん、横須さんなんかは、意外にもメモを取りながら話を聞いている。人間見た目ではない……と言えばその通りなのだろうけれど、彼女たちなんかはむしろ、真面目な生徒の部類なのではないかとさえ思う。
印象と大きく異なるのは、やはり学級委員長の瀬加さんだろう。いつもイルカのぬいぐるみを抱きかかえているのは、そういうキャラを通しているのか、もしくは安心毛布——って言ったか。愛着行動のパターンの一つ。
時折、変な声を上げていることもあるし、奇妙な生徒……だと思われがちで、僕も正直そう思っていたのだけれど、あらためて一緒に学級委員をやってみると、性格は真面目で几帳面だし、細やかな気遣いもできる子だと思った。
僕も、副委員長なんてやるつもりはまるでなかったけれど、まさか合宿直前になって玻璃先生に指名されるとは。瀬加さんも中学時代、学級委員の経験はあると話していた。二人とも学級委員顔をしているのかもしれない。玻璃先生はすべて承知の上で、あえて指名したのだろうか。確かに瀬加さんも僕も自覚者ではあるのだけれど。
なんだかんだで、今のところ、問題が起きそうにもない楽なクラスだと思う。
けれど——いいクラスなんて簡単に崩壊することを僕は知っている。
僕はふと、ひよさんの方に視線を向けた。生徒たちは既に、出席番号順に整列してバスに乗り込み始めているところだった。ひよさんの横に並び、素早く忘れていたものを手渡す。
「これ、ミントのキャンディー。気分悪くなったら舐めるといいよ」
「ありがとう。なごさんはぬかりないなぁ」
嬉しそうな笑顔でキャンディーの袋を受け取るひよさんの姿を見て、僕も癒やされる。
まるで、そう、僕はひよさんのそんな姿を見て、自分の傷を癒やそうとしているだけじゃないのか、と思うこともある。
だとしたら僕は、なんて利己的なやつなのだろう。
出席番号の一番後ろの、わだっちがバスに乗り込む。あとは瀬加さん、僕、玻璃先生、そしてバスには乗らないアッキーだけになった。
——木槌山青少年の村へは、バスで四十五分ぐらい。そういえば朝、ひよさんが「木槌山に来るのは二度目だよ」と話していた。僕たちはあっちの世界で同じ中学にいて、一年生の時にやはりオリエンテーション合宿で、木槌山を訪れていたらしい。一年では別のクラスだったが、僕の記憶にはまったく残っていない。ちなみに、こっちの世界は別の場所だったそうだ。
「同じ自覚者でも、記憶に差があるみたいだね」
「一年の時のことは、結構覚えてるよ。でもあちらの世界、それ以降はほとんどわからないの」
ひよさんがいじめグループに目をつけられたのは、二年生の途中からで、最初は目立ったものではなかった。三年生になってからはもう、言葉にするのもおぞましいものになっていった。
いつも以上に、ひよさんのことを気にしてしまう。
僕はただ。
もう二度と、ひよさんのあんなシーンを目撃したくない。それだけなのだ。
どれだけ謝罪を繰り返したところで、贖罪したところで、僕が抱えている罪が消えることはないだろうけれど——。
それでも。
つまり、特にこれといって重要な役割を担っているわけではない。
出発前の注意事項は、瀬加さん一人の話で済む程度のものだったし、僕はただぼんやりと突っ立っていただけなのだけれど、さっきまで玻璃先生と何やら小声で話していたアッキーが、だから僕に近づいてきて、個人的なやり取りをするだけの隙は多分にあった。
アッキーは他の生徒に聞こえないよう、こっそりと僕に告げた。
「なごさん、俺、合宿行かないことにした」
「え? なんで?」
「あとで連絡する。なごさんに話したいことがある」
いつものノリのいい調子とは打って変わって、アッキーの声には真剣さが滲んでいた。神妙な面持ちで話し掛けてきたアッキーの姿は、初めて見るものだったので戸惑いを覚えた。
「副委員長からは何かありますか?」
瀬加さんの言葉に、僕は我に返った。
「委員長から説明があったように、トレッキングの際は怪我には気をつけてください。僕からは以上です」
まだ進級して間がないせいか、うちのクラスの生徒はちゃんと話を聞いてくれる。こっちの世界でも、あっちの世界でも、中学時代には学級委員の経験があるけれど、纏まりのない酷いものだった。話を聞いてくれないことなんてざらで、野次られることだってあった。
今のクラスにも一見やんちゃそうな生徒はいる。初日から他のクラスメートと話しているのを見たことがない箸荷さん……は、いかにも不良というかヤンキーというか、そんな感じの女子に見えるが、場を乱すようなことはせず、ちゃんと先生や学級委員の方を向いて、耳を傾けてくれている。
ギャルメイクで派手な三谷さん、猪篠さん、横須さんなんかは、意外にもメモを取りながら話を聞いている。人間見た目ではない……と言えばその通りなのだろうけれど、彼女たちなんかはむしろ、真面目な生徒の部類なのではないかとさえ思う。
印象と大きく異なるのは、やはり学級委員長の瀬加さんだろう。いつもイルカのぬいぐるみを抱きかかえているのは、そういうキャラを通しているのか、もしくは安心毛布——って言ったか。愛着行動のパターンの一つ。
時折、変な声を上げていることもあるし、奇妙な生徒……だと思われがちで、僕も正直そう思っていたのだけれど、あらためて一緒に学級委員をやってみると、性格は真面目で几帳面だし、細やかな気遣いもできる子だと思った。
僕も、副委員長なんてやるつもりはまるでなかったけれど、まさか合宿直前になって玻璃先生に指名されるとは。瀬加さんも中学時代、学級委員の経験はあると話していた。二人とも学級委員顔をしているのかもしれない。玻璃先生はすべて承知の上で、あえて指名したのだろうか。確かに瀬加さんも僕も自覚者ではあるのだけれど。
なんだかんだで、今のところ、問題が起きそうにもない楽なクラスだと思う。
けれど——いいクラスなんて簡単に崩壊することを僕は知っている。
僕はふと、ひよさんの方に視線を向けた。生徒たちは既に、出席番号順に整列してバスに乗り込み始めているところだった。ひよさんの横に並び、素早く忘れていたものを手渡す。
「これ、ミントのキャンディー。気分悪くなったら舐めるといいよ」
「ありがとう。なごさんはぬかりないなぁ」
嬉しそうな笑顔でキャンディーの袋を受け取るひよさんの姿を見て、僕も癒やされる。
まるで、そう、僕はひよさんのそんな姿を見て、自分の傷を癒やそうとしているだけじゃないのか、と思うこともある。
だとしたら僕は、なんて利己的なやつなのだろう。
出席番号の一番後ろの、わだっちがバスに乗り込む。あとは瀬加さん、僕、玻璃先生、そしてバスには乗らないアッキーだけになった。
——木槌山青少年の村へは、バスで四十五分ぐらい。そういえば朝、ひよさんが「木槌山に来るのは二度目だよ」と話していた。僕たちはあっちの世界で同じ中学にいて、一年生の時にやはりオリエンテーション合宿で、木槌山を訪れていたらしい。一年では別のクラスだったが、僕の記憶にはまったく残っていない。ちなみに、こっちの世界は別の場所だったそうだ。
「同じ自覚者でも、記憶に差があるみたいだね」
「一年の時のことは、結構覚えてるよ。でもあちらの世界、それ以降はほとんどわからないの」
ひよさんがいじめグループに目をつけられたのは、二年生の途中からで、最初は目立ったものではなかった。三年生になってからはもう、言葉にするのもおぞましいものになっていった。
いつも以上に、ひよさんのことを気にしてしまう。
僕はただ。
もう二度と、ひよさんのあんなシーンを目撃したくない。それだけなのだ。
どれだけ謝罪を繰り返したところで、贖罪したところで、僕が抱えている罪が消えることはないだろうけれど——。
それでも。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

戦国記 因幡に転移した男
山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。
カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セルリアン
吉谷新次
SF
銀河連邦軍の上官と拗れたことをキッカケに銀河連邦から離れて、
賞金稼ぎをすることとなったセルリアン・リップルは、
希少な資源を手に入れることに成功する。
しかし、突如として現れたカッツィ団という
魔界から独立を試みる団体によって襲撃を受け、資源の強奪をされたうえ、
賞金稼ぎの相棒を暗殺されてしまう。
人界の銀河連邦と魔界が一触即発となっている時代。
各星団から独立を試みる団体が増える傾向にあり、
無所属の団体や個人が無法地帯で衝突する事件も多発し始めていた。
リップルは強靭な身体と念力を持ち合わせていたため、
生きたままカッツィ団のゴミと一緒に魔界の惑星に捨てられてしまう。
その惑星で出会ったランスという見習い魔術師の少女に助けられ、
次第に会話が弾み、意気投合する。
だが、またしても、
カッツィ団の襲撃とランスの誘拐を目の当たりにしてしまう。
リップルにとってカッツィ団に対する敵対心が強まり、
賞金稼ぎとしてではなく、一個人として、
カッツィ団の頭首ジャンに会いに行くことを決意する。
カッツィ団のいる惑星に侵入するためには、
ブーチという女性操縦士がいる輸送船が必要となり、
彼女を説得することから始まる。
また、その輸送船は、
魔術師から見つからないように隠す迷彩妖術が必要となるため、
妖精の住む惑星で同行ができる妖精を募集する。
加えて、魔界が人界科学の真似事をしている、ということで、
警備システムを弱体化できるハッキング技術の習得者を探すことになる。
リップルは強引な手段を使ってでも、
ランスの救出とカッツィ団の頭首に会うことを目的に行動を起こす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる