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003 玻璃先生は張り詰めない
第19話 任命されたないわ。
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「実だったら、好きなだけ食べていいんですよ」
夜澄校長がそう言いながら、前に突き出した手のひらを広げると、中から毒々しい色をした実が現れた。その実の色彩は、まるで警告のように鮮やかで不自然だった。玻璃は、その実を冷ややかな目で見つめた。
「実に見せかけた変な薬なんていらないんですよ」
玻璃が、拒絶の意思を込めて言った。
「実って……名前すらついていないじゃないですか。少なくとも仮称くらいは付けるべきでは?」
夜澄校長は柔らかな微笑みを浮かべながら答えた。
「そのうち使わなくなるものですからね。おぼろげであった方がいいんです」
「私、怪しい合法ドラッグはやらないんですよ。一応、看護師さんの資格持ってるんで」
玻璃は突き放すように言った。「看護師さん」と、まるで他人事のことのように語る自分に、玻璃は自嘲の笑みを浮かべた。
両方の世界の記憶を持ちながらも、前の世界のアイデンティティがより強く残っているからこそ、現在の立場を客観視しているかのようだった。
「それならまず禁煙なさいよ」
夜澄校長が呆れたように言う。しかし、すぐに口調を変えて続けた。
「いいわ。曽我井先生、校長室までついて来てください」
時間の流れは依然として止まったままだった。夜澄校長は玻璃に背を向けると、凍結した世界を抜けるように校舎の中へと歩み入った。
「やれやれ」
玻璃はため息交じりに呟き、「まだ三パフしか吸ってないのに」と、不満そうな表情で電子タバコをケースに収めた。
――校長室。夜澄校長と玻璃は、ソファ向き合って腰を下ろしていた。
「は? 担任? 私が?」
夜澄校長の予想外の提案に、玻璃の声は驚きで裏返った。対して夜澄校長は、穏やかな笑顔で玻璃を見つめている。
「いやいや、待ってください。うち、子ども三人いるんですよ。末っ子はまだ手がかかって」
玻璃は焦りを隠せない様子で説明を始めた。この予想外の話をなんとか断ろうと、必死に言葉を探しているようだった。
「話が違うやないですか、ヨスミさん。保健室にいて、生徒たちの悩みを聞いて、自覚者の状況をチェックする、そういう立ち位置で雇われたんやなかったんですか?」
玻璃は身を乗り出し、まくし立て始めた。普段の落ち着いた雰囲気が消え、素のキャラクターが表に出ていた。
玻璃の詰問に、夜澄校長もくだけた口調で応じた。
「緊急事態なのよ。モブ谷先生、いなくなっちゃった……というより、いないことになっちゃったから。代替えを配置しなきゃならないの。申し訳ないけど、玻璃先生以外に選択肢はないの」
この世界から退場するということは、周囲の記憶も含め、かつて存在していたという痕跡すら消し去られ、すべて書き換えられてしまうということだ。
自覚者以外の者にとって、世界にとってイレギュラーな出来事は新しくて変わらない日常の中に吸収されていってしまうのだ。
しかし、モブ谷の替わりが自動的に現れる、などということは起こらない。
教職員の中で自覚している者は、玻璃と校長以外にはいないはずだった。少なくとも屋上で皆、カチコチに固まって動いていなかったのだから。
「ねえ、モブ谷先生、どうなったん?」
玻璃が尋ねた。先ほどの、モブ谷の最期の姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「モブ谷先生の体は既に回収されたわ。しかるべき場所に転送されるの」
夜澄校長は一瞬言葉を切り、玻璃の表情を窺うように見つめた。
「だけど、再生されて元通りになるかどうかは、不明」
「再生されたら、またここに戻ってくんの?」
玻璃が、おそるおそる尋ねる。
「それはさせない」
夜澄校長は表情を引き締め、毅然とした態度で言った。
「玻璃先生を危ない目に遭わせたんだから、ここには戻さない」
「ヨスミさん、黙って見てたん? ひど」
玻璃は困惑しつつも、少し呆れたような口調で応じた。千里眼でも持っているのか。一体どこから見ていたのだろう。
「せめて家族に相談するまで、回答を待ってください」
冷静さを取り戻した玻璃が、真剣な面持ちで申し出た。
「ごめんね。命令。明日からよろしくね」
「いや、めちゃくちゃやん!」
玻璃は思わず声を荒らげてツッコんだ。
夜澄校長がそう言いながら、前に突き出した手のひらを広げると、中から毒々しい色をした実が現れた。その実の色彩は、まるで警告のように鮮やかで不自然だった。玻璃は、その実を冷ややかな目で見つめた。
「実に見せかけた変な薬なんていらないんですよ」
玻璃が、拒絶の意思を込めて言った。
「実って……名前すらついていないじゃないですか。少なくとも仮称くらいは付けるべきでは?」
夜澄校長は柔らかな微笑みを浮かべながら答えた。
「そのうち使わなくなるものですからね。おぼろげであった方がいいんです」
「私、怪しい合法ドラッグはやらないんですよ。一応、看護師さんの資格持ってるんで」
玻璃は突き放すように言った。「看護師さん」と、まるで他人事のことのように語る自分に、玻璃は自嘲の笑みを浮かべた。
両方の世界の記憶を持ちながらも、前の世界のアイデンティティがより強く残っているからこそ、現在の立場を客観視しているかのようだった。
「それならまず禁煙なさいよ」
夜澄校長が呆れたように言う。しかし、すぐに口調を変えて続けた。
「いいわ。曽我井先生、校長室までついて来てください」
時間の流れは依然として止まったままだった。夜澄校長は玻璃に背を向けると、凍結した世界を抜けるように校舎の中へと歩み入った。
「やれやれ」
玻璃はため息交じりに呟き、「まだ三パフしか吸ってないのに」と、不満そうな表情で電子タバコをケースに収めた。
――校長室。夜澄校長と玻璃は、ソファ向き合って腰を下ろしていた。
「は? 担任? 私が?」
夜澄校長の予想外の提案に、玻璃の声は驚きで裏返った。対して夜澄校長は、穏やかな笑顔で玻璃を見つめている。
「いやいや、待ってください。うち、子ども三人いるんですよ。末っ子はまだ手がかかって」
玻璃は焦りを隠せない様子で説明を始めた。この予想外の話をなんとか断ろうと、必死に言葉を探しているようだった。
「話が違うやないですか、ヨスミさん。保健室にいて、生徒たちの悩みを聞いて、自覚者の状況をチェックする、そういう立ち位置で雇われたんやなかったんですか?」
玻璃は身を乗り出し、まくし立て始めた。普段の落ち着いた雰囲気が消え、素のキャラクターが表に出ていた。
玻璃の詰問に、夜澄校長もくだけた口調で応じた。
「緊急事態なのよ。モブ谷先生、いなくなっちゃった……というより、いないことになっちゃったから。代替えを配置しなきゃならないの。申し訳ないけど、玻璃先生以外に選択肢はないの」
この世界から退場するということは、周囲の記憶も含め、かつて存在していたという痕跡すら消し去られ、すべて書き換えられてしまうということだ。
自覚者以外の者にとって、世界にとってイレギュラーな出来事は新しくて変わらない日常の中に吸収されていってしまうのだ。
しかし、モブ谷の替わりが自動的に現れる、などということは起こらない。
教職員の中で自覚している者は、玻璃と校長以外にはいないはずだった。少なくとも屋上で皆、カチコチに固まって動いていなかったのだから。
「ねえ、モブ谷先生、どうなったん?」
玻璃が尋ねた。先ほどの、モブ谷の最期の姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「モブ谷先生の体は既に回収されたわ。しかるべき場所に転送されるの」
夜澄校長は一瞬言葉を切り、玻璃の表情を窺うように見つめた。
「だけど、再生されて元通りになるかどうかは、不明」
「再生されたら、またここに戻ってくんの?」
玻璃が、おそるおそる尋ねる。
「それはさせない」
夜澄校長は表情を引き締め、毅然とした態度で言った。
「玻璃先生を危ない目に遭わせたんだから、ここには戻さない」
「ヨスミさん、黙って見てたん? ひど」
玻璃は困惑しつつも、少し呆れたような口調で応じた。千里眼でも持っているのか。一体どこから見ていたのだろう。
「せめて家族に相談するまで、回答を待ってください」
冷静さを取り戻した玻璃が、真剣な面持ちで申し出た。
「ごめんね。命令。明日からよろしくね」
「いや、めちゃくちゃやん!」
玻璃は思わず声を荒らげてツッコんだ。
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