邪神の恩返し

白南井 誰方

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第0章 破壊神 爬沼蛭(はぬま ひる)編

十六

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 5年経った。爬沼蛭が自意識を獲得してからは水槽から出して、お喋りしたりしていたので思ったより暇ではなかった。

 いつものように五時に布団から起き出して居間に行ったら、父親が既に食卓についていた。
 お母さんはまだ拷問部屋なのだろうか。

「お父様、おはようございます」

 あの時から全く変わらないヒルの口調、仕草。姿形も全く成長していない、十歳のままだ。ボクは十歳までのヒルしか知らないから、どうしようも無かった。幸い、その事を不審に思う人は誰一人居ない。その理由が「かわいいから」であるという事実には微妙な顔をせずにはいられないけど。

 珍しく一人で朝食を食べて家を出ると、カイン君が既に来ていた。

「ごめんなさいカイン君! 待たせちゃいましたか?」
「大丈夫、来たばっかだ。誕生日おめでとうな、ヒル!」

 思い出さないようにしていたけど、今日で十六歳だ。

「ありがとう、カイン君!」

 ボクが通っているのは、覇那美高校、中高一貫校だ。理由は父親に強制されたから。どの道、そこ位しか通学できる範囲に無かったけど。なんせここは田舎、電車一時間の範囲に高校があった事が奇跡なのだ。

 同じ理由でカイン君も覇那美にしたようだ。だから、登校は小学校からずっと一緒だった。カイン君が転校してきた四年生の時から、高校一年生となった今までずっと。

「今日で十六だな! 気をつけていって来い! ガハハハ!」

 田舎では、村人全員が家族のような強いつながりを持っているのだ。
 だからこのように、登校の途中にも見知った人に声をかけられる。

「はい、ありがとうございます! 行ってきます!」

 そんな訳で、「熱血惣菜店」店主が話しかけてきたので、爬沼蛭はぬまひるの口調で返した。カイン君とおしゃべりしていたらあっという間に学校へ着いた。

「おはよう、ヒル君、カイン君。ヒル君は誕生日おめでとう、だね」
「おはようございます、先生! 誕生日覚えてくれてありがとうございます!」

 廊下で名前を知らない男の先生と会ったので、爬沼蛭はぬまひるの口調で返した。新任の先生かな? なんでボクの誕生日を知ってるんだろう?

「ヒル君、誕生日おめでとう。これ作ったから、良かったら食べてね」
「ありがとう、等香ちゃん! 家に帰ったら食べさせてもらいますね!」

 教室でクラスメイトが話しかけてくるので爬沼蛭はぬまひるの口調で返した。
 誕生日クッキー、味がわからないのが残念だ。

 たくさんの人が話しかけてくれて、改めてボクは幸せ者だと思えた。いや、ボクじゃなくて、爬沼蛭はぬまひるが、か……。

 爬沼蛭はぬまひるが完成したら、ボクはこの場所を譲らなくちゃいけない。そしてそれはそんなに遠い未来の事ではない。

 いつの間にか、最寄の駅を下りて二番目の十字路に差し掛かっていたらしい。カイン君とはここで別の道だった。

「じゃ、また明日な!」
「うん、また明日ね」

 嘘を付いた。ボクは明日で終わりなんだ。

「さようなら」
「ん? なんか言ったか?」
いや、何でもないよ」
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