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入学試験【二】
しおりを挟む(予想はしていたけど、凄い『圧』だな……っ。こんなプレッシャーの中で、みんなは試験に臨んでいたのか……)
彼はゆっくり息を吐き出し、緊張を解きほぐしていく。
(ふー……とにかくまずは、向こうの強度を測らないとな)
エレンは真っ直ぐ歩を進め、ダールの強靭な魔力障壁にそっと右手を伸ばした。
(……凄い)
眼前の魔力障壁は、シルクのように柔らかく鋼のように堅い。
そして何より、力強い生命の波動が感じられた。
(さて、どうやってこれを突破しようかな……)
脳内に浮かび上がる、いくつもの選択肢。
エレンはその中から、最もシンプルかつ確実な手段を選び――実行に移す。
「――白道の一・閃」
彼が発動したのは、白道の超初級魔術。
魔力を人差し指の先端に集中させ、それを解き放つというものだ。
「おいおい、あいつ……ふざけてんのか?」
「さっきまで何を見ていたんだ? 白道の一で、鉄壁のダールの魔力障壁を突破できるわけないだろ……」
「はぁ……『記念受験』ってやつかしら? 時間の無駄ね」
他の受験生から嘲笑が飛び交う中、
「これ、は……!?」
ダールは咄嗟にサイドステップを踏み、エレンの魔術を回避した。
「……え……?」
「あのダール様が……避けた……?」
「最弱の……白道の一を……?」
五十番台の魔術さえ無傷で受け切った鉄壁の魔術師が、最弱の攻撃魔術である『白道の一番』を回避した。
その異常な光景を前に、辺りはシンと静まり返る。
(……今のはただの『閃』じゃないのである。上級技能『形態変化』により、貫通力を大きく強化してあった。そして何より恐ろしいのは、吾輩の魔力障壁の間隙を――コンマ数秒の刹那を正確に貫いてきたのである……)
魔力障壁は生理現象であり、当然そこには波が――ムラっけがある。
エレンはそれを完璧に見切り、ダールの魔力障壁がゼロになる瞬間、すなわち『凪の刹那』を打ち抜いたのだ。
しかしこれは、魔力の流れを完璧に見切らなければ、実現することのできない神業。
(……確かめたい)
ダールの顔は『試験監督』から、『歴戦の魔術師』に変わっていた。
「少年……エレンと言ったな。今のは、狙ってやったのであるか……?」
「えっと、『今の』というのは……?」
白道の一を形態変化させたことか、それとも魔力障壁の間隙を貫いたことか。
エレンがどちらについて答えればいいのか困っていると、ダールは静かに首を横へ振った。
「……いや、愚問であるな。『魔術の秘匿は術師の基本』――このような公然の場で、術式を開示せよと言うのはあまりにも無粋極まる。吾輩の浅慮をどうか許してほしいのである」
魔術師の常識に照らせば、ダールの質問は礼を失したものであるのだが……。
「い、いえ。お気になさらずに」
魔術師の常識を持たないエレンからすれば、どうしてそんなに 謝るのかわからなかった。
「ところでその、試験の結果は……?」
「そんなもの、敢えて口にするまでもない――合格である!」
「あ、ありがとうございます!」
こうして無事に実技試験を突破したエレンは、グッと拳を握り締めるのだった。
■
見事ダールの試験を突破したエレン・ゼノ・アリアの三人は、白色の異空鏡を通り、王立第三魔術学園に帰還――続く筆記試験を受けるため、学園中央部にある大講堂へ移動した。
講堂内の大教室には、他会場で実技試験をパスした大勢の受験生たちが着席している。
エレンは自身の受験番号が貼られた席に座り、それとなく周囲を見回してみた。
(うわぁ……。みんな、強そうだなぁ……っ)
魔具を調整している者、魔剣を磨いている者、魔術書を読み耽っている者、――教室内は異様な空気に包まれている。
それからしばらくすると、背筋のピンと伸びた、老齢の貴婦人が入室してきた。
「――注目。私はリーザス・マクレガー、当学園の副学長であり、二次試験の監督を務める者です。これより、試験の説明を始めます」
リーザス・マクレガー、八十八歳
上品に編まれた金髪、身長は百七十センチ。
落ち着いた黒衣に身を包み、凛とした空気を纏う。
実年齢は八十を優に超えているが、驚異的な若さを誇っており、外見上は五十歳前半に見える。
「先に告示があった通り、二次試験は筆記によるペーパーテスト。制限時間は一時間。カンニングなどの愚かな行為をした者は、当学園への受験資格を永久に剥奪し、魔術教会へその情報を連携いたします。そうなれば必然、正規の魔術師となる道が閉ざされますので、くれぐれも御注意を」
簡潔に説明を終えたリーザスが、パチンと指を鳴らすと同時――教室の前に積まれた箱から、パラパラパラと大量のプリント用紙が、筆記試験の問題・解答用紙が飛び出した。
それらはたちまちのうちに、受験生の机の上にスッと収まる。
「――はじめなさい」
リーザスの号令と同時、プリントをひっくり返す音が教室中に響く。
受験生たちが自身の名前と受験番号を素早く書き記した直後――まるで示し合わせたかのように、全員の手がピタリと止まった。
(おいおい、こりゃ難問っつーか……)
(……この試験、最初から解かせる気がないわね)
(なるほど……。筆記で問われるのは、教科書の知識ではなく、自身の魔術的見地・解釈というわけか……。さすがは名門第三魔術学園、実戦的な良問だな)
受験生全員が瞬時に出題者の意図を察する中、
「……………」
魔術的教養に欠けるエレンは、ただ一人、頭を悩ませていた。
しかし、その『悩みの毛色』は、他の受験生たちと大きく異なっている。
(……おかしいな)
彼が現在取り組んでいるのは、第一問目――『下記の術式を起動した際、三次元上の魔力空間に起こり得る変化を示せ』をというものだ。
(うーん、やっぱり上手くいかない……)
問題文に記された高等術式、それを魔眼の内部で再現しようと試みているのだが……何度やっても結果は不発。
この術式構成では、魔術が魔術として成立しないのだ。
それから頭を悩ませること十五分――エレンの脳裏に電撃が走る。
(…………もしかして、問題文が間違っているんじゃないか?)
明らかに不完全な術式、刻一刻と迫る試験終了時間、未だ白紙の解答用紙。
もはやその路線で進めるしかなかった。
(えーっと、『第七節と第五十二節と第八十九節を上記のように書き換えれば、永久魔力回路は実現可能です』っと……。こんな感じかな?)
試験時間も残り少なかったので、エレンはササッと次の問題へ移る。
しかしこのとき彼は、まったく気付いていなかった。
自分がとんでもない回答をしてしまっているということに……。
(――ふふっ。みなさんの魔術観、独自の視点、新たな切り口を期待していますよ。……あぁ、明日の採点が待ち遠しいですね)
試験監督であるリーザス・マクレガーは、受験生たちがもたらすであろう新たな魔術の風に心を躍らせていた。
そもそもの大前提として、今年度の筆記試験は、解くことを期待されていない――もっと正確に言うならば、最初から解ける難易度に設定されていない。
それもそのはず、今回出された問題は、『永久魔力回路の実現可能性』・『ロックス・フォーレンの最終定理』・『白道の鏡輪現象とその不可逆性』・『純粋魔術理論の限界収斂予想』などなど……長い魔術の歴史の中で、未だ証明されていない命題ばかり。
このテストは、解のない問題・定理・予想に対し、受験生がどのように臨むのか――その新規性・独自性を見るのが目的なのだ。
そして、実技試験をパスした優秀な受験生たちは、この出題者の意図を正確に汲み取り、これまで培ってきた魔術の粋を解答用紙にぶつけている。
王立第三魔術学園の目論見は、概ね成功しているように思えたのだが……。
そこには一つだけ、誤算があった。
受験生の中に、『解けない』という大前提を覆す『異常』が紛れ込んでいたのだ。
それは千年前に魔術界の頂点に君臨し、ありとあらゆる不可能を成し遂げてきた魔王――その寵愛を受けた異端児。
ありとあらゆる魔術的現象を見極め、瞬時にその解を導き出す、『史上最悪の魔眼』を持って生まれた忌子。
(えー……『上記のように根本術式を組み直すことで、ロックス・フォーレンの最終定理は成立します』っと。よし、次の問題!)
歴史上の大魔術師たちが、その生涯を費やしてなお解明できなかった世紀の難問の数々。
エレンはそれをまるで簡単な算式であるかのように、すらすらと解き明かしていくのだった。
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