1 / 16
魔王の寵愛と史上最悪の魔眼【一】
しおりを挟むエレン・フィールは、『魔王の寵愛』と呼ばれる呪いを受け、『史上最悪の魔眼』を持って生まれた。
エレンが初めてその魔眼を発現させたのは、彼がまだ五歳の頃だ。
生家の近くにある森で、弟と妹と一緒に遊んでいたとき、突如出現した巨大な魔獣に襲われてしまい……。
長兄であるエレンは、幼い二人を守ろうと必死にもがいた末、魔眼を覚醒。わけもわからずに行使した魔術は、襲い掛かる魔獣だけでなく、森を丸ごと殺してしまった。
その日の深夜遅く、エレンの両親は屋敷の居間で激しい口論を交わす。
「あんな恐ろしい子ども、今すぐ殺してしまいましょう!」
「まぁ落ち着け。アレは、魔王の寵愛を受けているんだぞ? そんなことをすれば、どんな災いがあるかわかったものじゃない……」
「それなら魔術教会に連絡して、引き取ってもらうのはどうかしら!?」
「馬鹿を言うな。史上最悪の魔眼を持った忌子が、うちから生まれたなどと世間様に知られれば……これまで築き上げてきたフィール家の栄誉が、地の底に落ちてしまうじゃないか」
「だったら、どうすればいいのよ……ッ」
「それはお前……うちで面倒を見るしかないだろう。幸いにも、魔眼持ちの寿命は短い。死ぬまで物置小屋に閉じ込め、あの子の存在をなかったことにしよう」
ヒステリックに泣き叫ぶ母とそれを静かに宥める父。
幼いエレンは、そんな二人を見て理解した。
自分はいらない人間なのだ、と。
その後、エレンは魔術から遠ざけられ、魔眼を表に出すことを固く禁じられた。
そして「弟と妹に悪影響があってはいけないから」と、狭く暗い物置小屋に押し込まれてしまう。
食事と呼べるものは朝に一度のみ、それも乾いたパンとコップ一杯の水だけだ。
孤独で退屈な毎日を送る中、
「……あっ、綺麗な鳥だなぁ」
小屋にある十センチ四方の小さなのぞき窓、そこから見えるほんの僅かな外の世界が、エレンに許された唯一の楽しみだった。
それから十年、人並みの愛情も注がれず、最低限の教育も受けられず、飼い殺しにされた彼は――只々無気力。
生きる目的のない、人形のような少年に育った。
「…………」
かつての綺麗な白髪は見る影もなく、漆黒の瞳は昏く淀んでいる。
このまま緩やかに死んでいくと思われたエレンだが……ある日、彼にとって転機となる出来事が起こる。
それはシンシンと雪の降る、月の綺麗な夜のこと――。
とある高名な魔術師が、フィール家の屋敷に招かれた。
彼の名はヘルメス、超名門魔術家系の十八代目当主であり、五爵の最高位『公爵』の地位をいただく大貴族だ。
長く艶やかな緑色の髪、身長はおよそ百九十センチ、外見年齢は三十代前半であろうか。
切れ長の眼・高く通った鼻・柔らかい口元。その整った顔立ちは、白塗りのクラウンメイクの上からでも、気品のある凛々しさを感じさせる。
黒い豪奢なローブを纏った彼が、送迎の馬車からゆっくり降りると――エレンの両親が大慌てでそこへ駆け付けた。
「ヘルメス卿、ようこそおいでくださいました!」
「本来ならば、こちらからお伺いすべきところなのに……大変申し訳ございません」
「いえいえ、お気になさらずに。名門フィール家の御子息・御令嬢に、魔術を教えられるまたとない機会。一人の教育者として、とても光栄に思っております」
ヘルメスはそう言って、柔和な笑みを浮かべる。
彼は今日、エレンの弟と妹に魔術の講義を施すため、遠路はるばる足を運んで来たのだ。
「ヘルメス卿、ここにいては雪で濡れてしまいます。どうぞ、中へお入りください!」
「ささっ、こちらへ!」
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べたヘルメスは、屋敷に踏み入る直前――エレンの住む物置小屋に目を向ける。
のぞき窓越しにぶつかる視線と視線。
両者の距離は十メートル以上も離れており、窓のサイズは僅か十センチ四方。さらに付け加えるならば、既に陽が落ちて久しく、周囲は夜闇に包まれている。
常識的に考えれば、互いが互いを認識している可能性はゼロに等しいのだが……。
ヘルメスは柔らかく微笑み、空中に聖文字を記した。
夜闇にポゥッと浮かび上がるそれは、時間にしてコンマ数秒で消えてしまう。
しかし、
(『一時間後、こっそり屋上においで』……?)
史上最悪の魔眼は、秘密のメッセージをしっかりと捉えていた。
(……そんなこと言われても、俺はここから出られないんだ)
エレンの眼前にそびえ立つのは、厳重に施錠された鉄壁の扉。
外界への道を閉ざす、唯一にして絶対の壁だ。
「…………はぁ」
彼は深いため息をこぼし、額をゴツンと扉にぶつけた。
すると次の瞬間、
「……え?」
扉はゆっくりと奥へ倒れていき、視界一面に外の世界が広がる。
「ど、どうして……?」
エレンが恐る恐る物置小屋から出ると――いったいどういうわけか、全ての鍵が破壊されていた。
(もしかして、さっきの人が……?)
どれだけ考えても、これという答えは出ない。
(……行ってみよう)
一時間後、屋敷の屋上に足を運ぶとそこには、先ほどの男が――ヘルメスが立っていた。
「やぁ、いらっしゃい。やっぱり君、ボクの魔術が見えているんだね」
「魔術って、あの光る文字のことですか?」
「そうそう。さっきのは、隠匿術式を施した聖文字。あの一瞬であれを判読できるのは、聖文字に特化した専門家か、とびきり探知力に優れた術師か、それとも……魔王の寵愛を受けた魔眼の持ち主とか?」
全てを見透かしたような言葉と視線。
エレンはコクリと頷き、自身の左目に魔力を集中させた。
すると――深い漆黒の瞳に、煌々とした緋色が灯る。
「……素晴らしい」
ヘルメスの口から零れたのは、万感の思いの込められた呟き。
「曇りのない漆黒に緋色の輪廻……。嗚呼、これまでいろいろな魔眼を見てきたけど、こんなに美しい瞳を見たのは初めてだ」
「あ、あの……この魔眼のこと、本当にご存じですか?」
左の眼窩に収まるこの忌物は、史上最悪の魔眼と呼ばれ、決して褒められるような代物ではない。
「あぁ、もちろん知っているとも。世界で最も忌み嫌われている眼だね」
男は平然とそう答えた後、スッと右手を差し出す。
「――ねぇ、うちに来ないかい?」
「え?」
「ボクはこう見えて、慈善家というやつでね。ちょっと訳ありの子を育てたり、魔術の素養のある子を導いたり、恵まれない子を集めたり、他にも野生動物の保護・自然環境の保全・魔術教育の普及などなど、いろいろな社会貢献活動をしているんだ。もしも君さえよければ、うちで一緒に暮らさないかい?」
ヘルメスからの提案は、非常に魅力的なものだった。
「……ありがとうございます。ただ、父さんと母さんが許してくれないと思うので……」
エレンの両親は、彼を外に出すことを嫌っている。
ヘルメスのもとで暮らしますと言ったところで、「はい、そうですか」と返ってくるわけがない。
それに何より、お腹を痛めて生んでくれた恩、ここまで丈夫に育ててくれた恩――両親への大恩を返さぬまま、別の人のもとへ行くのは、とても不義理なことに思えたのだ。
たとえ今は酷い扱いを受けていたとしても、いつかきっと昔のように、優しかった父と母に戻ってくれるはず。
純粋なエレンが、そんなことを考えていると、
「あぁ、それについては問題ないよ。二人の許可は、もう取ってあるからね」
ヘルメスはそう言って、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これはボクと君の両親が交わした魂の誓約書、ここに記された誓いを破れば、契約神ラクトゥスによって魂を壊されてしまう。まぁ簡単に言えば、絶対に破れない約束だね。内容は……見てもらった方が早いかな」
エレンは魂の誓約書を受け取り、その内容に目を通していく。
そこに記されていたのは、フィール家が長子エレン・フィールの親権を、ヘルメスへ無償譲渡するというものだった。
「…………そっか、そうだったんだ」
両親はもう、エレンのことを子どもだとは思っていなかった。
もちろん、彼とて馬鹿ではない。
そんなことは、とっくの昔にわかっていた。
だけど、理解したくなかった。
心のどこかで、父と母のことを信じていた。
しかしそれは、ただの幻想に過ぎなかった。
「っとまぁこういうわけで、エレンを縛るものは何もない。そこでさっきの質問に戻るわけだけど……。もしも君さえよければ、うちで一緒に暮らさないかい?」
「……はい、よろしくお願いします」
孤独な物置小屋から出られる喜び。
実の両親に捨てられたという悲しみ。
その二つがせめぎ合い、幼いエレンの心はぐちゃぐちゃだった。
1
お気に入りに追加
564
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼
とめきち
ファンタジー
農業法人に出向していたカズマ(名前だけはカッコいい。)は、しょぼくれた定年間際のおっさんだった。
ある日、トラクターに乗っていると、橋から落ちてしまう。
気がつけば、変な森の中。
カズマの冒険が始まる。
「なろう」で、二年に渡って書いて来ましたが、ちょっとはしょりすぎな気がしましたので、さらに加筆修正してリメイクいたしました。
あらすじではない話にしたかったです。
もっと心の動きとか、書き込みたいと思っています。
気がついたら、なろうの小説が削除されてしまいました。
ただいま、さらなるリメイクを始めました。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる