デビルナイツ・ジン

緋色優希

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第一章 孤独の果てに

1-40 真夜中のお客さん

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「おはよ」

 何故か起こされるまでもなく、スッキリとした顔でほぼ時間ピッタリに起きてきたアリエス。

 結構精神的なダメージがあったせいか、休息の効果が大きかったようだ。

 メリーベルは姉に揺り起こされて起き上がり、何故か教えてやった日本語の挨拶をしてくれながら腕を伸ばして可愛らしい欠伸をしている。

「グーバンガルフ。
 ちょうど、今起こそうとしていたところだよ。

 一刻経った、出かけよう。
 出発前にトイレを済ませておいてくれ」

「うん、わかった」

 しばしの後に、支度の整った二人を乗せてシルバー号は出発した。

 狼は食い溜めが利く上に一晩中でも獲物を追って走っていられる、ある意味では逃避行に使うには馬よりも優れ物の乗り物だ。

 その上、それに輪をかけたフェンリルの航続性能は素晴らしいものがある。

 馬は案外と持久力がないので、一日の航続距離はへたをすると人間よりも劣る。

 だが、荷物を載せたり引かせたり、また人間が体力を温存して移動するのであれば、馬ないし馬車が一番便利だろう。

 この世界では回復魔法や回復アイテム無しでの馬による行軍はありえない。
 そして、馬の方がフェンリルよりも一般的に使われているだろう。

 普通はフェンリルなどを乗り物には使わないのだが。

 こう見えて、上級魔獣フェンリルは希少種なのだ。

 アルブーマ大山脈という所は、そんなものの子犬を普通に拾ってしまうほどに険しく、また人には厳しい場所だった。

 麓の人間でも恐れるような場所に、よく子供の足で踏み込めたものだ。
 彼女らは生き延びるためにそうするしか道はなかったのではあったが。

 そしてデイタイムいっぱいを、ほぼ休憩無しに駆け通しで駆けた。

 数回トイレ休憩で止まったのみで、食事も馬上ならぬ犬上で済ませてしまった。
 俺も食いだめが利くし、歩きながらの食事でも大丈夫だ。

 シルバーも、トイレ休憩時に軽くオヤツを平らげて補給していた。

 補給無しでも一日通しで走れるのだが、今は先がどうなるのかよくわからないので、俺達人非の者も食える時に食っておくスタイルを取っていた。

 夕闇が世界を覆ってしまった後も、一刻の間は強引に駆けに駆けた。
 人とはまったく異なる視覚体系を持つ魔獣魔物にとって闇は己に有利な世界に過ぎない。

 本日の予定通り、およそ二百キロメートルにも上るマラソンコース約五レース分を駆け抜けて、なんとか距離は稼いでみた。

 これでも田舎街道があるような場所なので、あの吹雪の山中における行軍に比べれば随分とマシな行程だ。

 俺はこの図体のお蔭で、普通に歩いてもコンパスの差で時速三十キロ、軽く走っただけでその倍は出てしまう。

 今の行軍速度は文字通り『子供と一緒にゆっくり歩く』程度に相当するのだが、敵への警戒に当たるのと、俺の足跡などの痕跡を残さない事を最優先していた。

「奴らと一度も遭遇しなかったなあ。
 港辺りで待ち構えているのだろうか。

 あるいは実はもう居所がバレていて、夜襲をかけるつもりだとか」

「そうね、でも来たら来たでその時よ」
「そうか、そうだな」

 アリエスは随分と大人びた感じになった気がする。

 元々、丁度そういうふうに変わる年頃でもあり、また王宮にいたのであればしなかったような様々な体験をした上に、守らねばならない妹がいたのだから無理もない。

 生来の性格も、元からそれなりに芯が強そうな気はしているのだが。

 まあ、このような旅の最中でしっかりしてくれているのはいい事だ。
 もし国を取り戻したとしても女王として立派にやっていけそうな器だ。

 メリーベルの方は今まで通りの少女らしい感じで、今もシルバーと軽くふざけっこをしている。

 隠密操作をしながら周囲の警戒は俺がしているし、今のところ特に異常はないのだが、帝国にはあの転移野郎ロルスがいやがるので安心など出来たものではない。

 今もその辺の山の手の木の蔭にでも隠れて軍用の固く焼き締めたようなパンなどを齧って、ニヤニヤしながらこっちを見張っていたっておかしくないのだから。

 ここは少し山の手に入っている場所で、かなり背の高い木々が姿を隠してくれる場所で、万が一俺の隠密を見破るような奴がいても姿を隠してくれる事だろう。

 俺にとっては少々窮屈な場所だが、まあ人ではなくギガンテスなのだから別に参ってしまう事はない。

 人間だったら毎日こうならストレスでやられてしまいそうだ。

 そして、今日は子供達にしっかりとした夕食を食べさせた。

 匂いに関してはルーの風魔法で上手に散らす事を試してもらい、案外と上手くいったのだ。
 これは今後も活用するとしよう。

 何しろ強大な魔物の俺達なのだ、この手のこそこそするような技術は今までまったく不要だったので、我々もこの旅の中で大いにあれこれと習得してしまった。

 山の中には滅多に客は来ないのだし、来たとしても大吹雪でも起こしてやれば、大概の奴は引き返していったのであった。

 そして、子供達が寝入っている夜中の事だった。
 そっと片目を半目に開けたシルバーが声を立てずにテレパシーで伝えてきた。

「僕、今枕」
「ああ、わかっているよ」

 今日は、メリーベルがシルバーと寝たがったので二人もテントではなく屋外で寝ていた。

 俺が周囲の空気を温める魔法を使っているのだ。熱交換器のイメージで空気の入れ替えまでやっているのだから、我ながら見事なエアコン魔法だ。

 氷雪系のような水系統の魔法も得意なので、湿度の管理までやってのけている。

 一緒に荒野を旅する子供がいなかったのなら、このような魔法は絶対に覚えなかっただろう。
 他の家族は耐寒性も抜群な連中なので。

「やあ、お客さん。
 頼むから静かにしてくれよ。
 違う連中に見つかってもマズイんでね」

 俺はそう言って、その客を出迎えた。
 なかなかいいサイズだな。

 もしかして、この街道自体も縄張りで、通行人から追いはぎするなどの蛮行も行っているのであろうか。

 それはまるで肉球を持っているかのように、木の葉や枯れ枝でいっぱいの山の手の静かに歩くのが困難な場所で、実に見事なほど静かに動く全長三メートルにも達するクロウラータイプの大蜘蛛だった。

 その姿はなんといったらいいのか、派手にあちこちが尖ったキチン質の甲殻を持ち、その太くてトゲトゲなその足は、ある種の蟹なんかを思い起こさせるデザインであった。

 まるで宇宙生物なのかと思うような奇天烈でメカニカルなスタイルのボディだった。

 あるいは葉っぱに擬態した蟷螂擬きのような格好の昆虫とかに似ているスタイルだ。

 こいつの固くて厚そうな装甲は、なまじっかな剣や槍などは通さないであろう。
 いきなりひ弱な人間が単独で出会ったのならば相当手強い相手だ。

 だが、身長が十メートルもある俺にとっては小型犬サイズに過ぎない程度の獲物だ。

 まあ、相手が相手だけに、人間の時分に遭遇したのなら小型犬サイズでも男の俺でさえ悲鳴を上げただろうが。

 俺は『静かな』を合言葉に、赤い目を光らせにじり寄ってくるそいつと向き合い、氷を薄く強くした頑丈で鋭い刃を持つアイスエッジを正面から縦にして食らわせてやったので、奴は真ん中から真っ二つとなって戦闘は静かに終わった。

 アイスエッジは獲物をほぼ無音で切り裂いた後に、仕込まれた火魔法により自動で発熱して、静かに空中で蒸発した。

 そして、そいつが崩れ落ちて激しい音を立てないうちに収納しておいた。

 この程度の相手であるならば、戦闘中も子供達のためのエアコン魔法は切らさない配慮をみせる程度には余裕がある。

「やれやれ、俺は寝ないでいいから夜中にお客さんが来たって別にいいんだが、真夜中に蜘蛛を殺すといけないっていう諺とかなかったかなあ」
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