デビルナイツ・ジン

緋色優希

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第一章 孤独の果てに

1-35 追撃のローエングリム

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 シェリルは、彼女達のために心尽くしの料理を作ってくれた。

 材料費はそれほどかかってはいないが、じっくり手間暇と愛情を込められており、それはかつて家のお手伝いとして少女時代から宿のお客さんにも出されていたものだ。

「うわあ、いい匂い」

「今日はいっぱい歩いたから、お腹がペコペコよ。
 いただきます」

「たくさん召し上がれ。
 三人分なのに、つい量を作り過ぎちゃったわ。
 誰かと御飯にするのも久しぶりね」

 それは野菜たっぷりで、高い部位ではないがじっくりと柔らかく煮込んだ肉、そして山羊の乳で煮込んだ美味しいシチューだった。

 ハーブが一緒に似込まれているようだった。

 それに葉野菜のサラダ、ここの堅いパンをスライスして炙った物、それに昔宿で使っていたとみえる、よく手入れされていて今もその輝きを失っていない、美しい幾何学的な模様や花々などの装飾が刻まれた銀のポットに入った果実水。

「ねえ、シェリルは誰かと結婚しないの」

 子供らしくストレートな物言いで無邪気にシェリルに尋ねるメリーベル。

「ああ、こらこら。そういう事を不躾に聞くもんじゃないのよ」

「だって、シェリルさん、こんなに美人なのに独り身だなんて」

「ふふ、ありがとう。
 そう言って私を誘ってくれる男の人もいるのよ。

 でもね、まだ心の踏ん切りがつかないのよ。
 この家族でやっていた宿を捨ててしまって、両親の事も忘れてしまうのかって」

「そうか、そうだよね。
 まだ若いんだし、思い出いっぱいのこの家を離れたくないよね」

 そういうメリーベルも、王宮での暮らしを懐かしく思い出したものか、夢見るかのような表情を見せた。

 今ではもう本当に夢のような、本当にあったのかさえもわからなくなるような王宮での生活。

 しかし、それが現実だったのだと示してくれる者こそ、皮肉な事に彼女達を追い立てる帝国の追手達なのであった。

 そして、お代わりもいっぱい頂いて、用意してくれた部屋で、粗末だけれども心を込めて準備してくれた清潔な布団で二人はあっという間に眠りについた。

 もう王宮を秘密の抜け穴から出た時点で多数の追手に追われていたので、まともな宿などに泊まれたりはしなかった。

 へこたれそうになっても止まる事は許されない。
 回復魔法で支援してもらって、それこそ馬車や騎馬の馬のように行軍したのであった。

 そして、最後にはとうとう回復魔法をかけてくれる人すら誰もいなくなり、食糧や水さえも尽きて体を凍らせるような雪しか口にする物は無くなった。

 そして、とうとう哀れ山中で行き倒れとなったのであった。

 だが、たとえ二人だけになったといっても、あそこまで頑張って諦めずに進んだからシルバーに見つけられて、ここまでやってくることができたのだった。

 その夜、久しぶりにまともな布団にくるまれた子供達が、深い、本当に心底深い眠りについてしまったとて、誰が責められようか。

 だが、彼らは狙いすましたかのようにその晩にやってきたのである。
 それは深夜の敵襲だった。

「ぐむっ!」

 乱暴に布団を剥がされ、いきなり猿轡をかまされて、寝巻のまま縛り上げられたアリエス。

 幸いな事に服や靴なども仕舞い込んであった、買い物した品や王宮から持ってきた荷物の入った収納バッグをつけたベルトはしっかりとしたままだ。

 いつ何があるかわからないので用心していたのだが、まさに今こうなってしまった。
 そして、メリーベルといえば。

「おい、そこの小さい王女、特に止める気もないが布団の中で逃げ回っても時間の無駄だぞ」

 傍にしゃがみこんだ賊は小声で彼女を脅した。
 ここは他国につき、目立つような荒事にするつもりはないのかもしれない。

 だが、上役と思われる人間は言った。
「何をしているか。
 さっさと片付けろ、家人に気づかれる」

「その時はそいつを片付ければいい。
 物盗りの仕業にでも見せておけばよいのだ。
 この街の治安は悪いからな」

 それを耳にして、ピタリと動きを止めたメリーベル。
 シェリルに危害が及ぶのを恐れたものらしい。

 だがなす術がなかったという訳ではない。

 彼女は吹いていた。
 あの『御守りの笛』を吹いていたのだ。

 何度も、何度も繰り返し繰り返し、一心に。
 そして、それからほぼ間を置かずに応えがある。

「ワオーーーーン」

 あの独特な、若干人が狼の遠吠えを真似しているのではないかと思うような妙に人間臭い遠吠えが遠くから街に響いてきて、メリーベルの比較的感度のいい耳朶を安心で打った。

 そして彼は駆けたのだ。
 友の呼ぶ笛の音源目掛けて駆けに駆けた。

 メリーベルは布団を引き剥がされ、縛り上げられるまで必死にそれを吹き続けていた。

 この街のあるのかないのか、よくわからないような中途半端な柵をヒラリっと殆ど跳躍というでもなく、走るついでに少し勢いよく駆け越えたとでもいう感じに速度も落とさずに駆け通したシルバー。

 大事なお友達に呼ばれたので、そのピンチに駆け参じるために。

 二人を担いで、そっと家を出てくる賊達を獲物として、その野獣の双眸で狙い澄ますシルバー。

 そして、仲間と打ち合わせ済みなので、そのタイミングを計らっている。

 不意打ちはガルーダから始まった。
 突如として闇夜の道端に出現した、羽根を打ち広げた巨大なガルーダ。

 それは手練れの男達にしても、闇夜で突然の予期せぬエンカウントでは心臓に悪い物だった!

「な! こんな街中で、いきなり魔物か」
「どこから出た!」

 もちろん、彼らが担いでいる攫ってきた獲物の袋からに決まっている。

 人質が殺されないのを知っていたので、ルーも狭い部屋の中での立ち回りはやめて、外で応援の犬と一緒にケリを付ける事にしたのである。

「く、我々が足止めする。
 お前達は王女達を早く連れていけ」

 だが、足止めも何もない。
 次の瞬間に背後から音もなく忍びやってきた電光狼の前足によってその全員が、瞬刻の内に冷たい雪国の地へと沈んだ。

「ご苦労さん、シルバー」
「へっへー、狩り楽しい」

「やれやれ、さあ二人を出してあげなくちゃ」

 ルーの人のような手であり、また強力な鍵爪にパワーを込められるそのガルーダ・ハンドで袋も縄も引き千切った。

 もちろん、二人の体に被害が及ばないようデリケートに扱って。
 さすがは守り神と崇められる魔物、いや神獣だけあって誠に素晴らしい手際だった。
 ご面相は暗い夜道で出くわしたくないものであったのだが。

 そもそも、ルーが一緒にいるので既にテレパシーでジンとシルバーには襲撃を知らせてある。

 犬笛は万が一のための物に過ぎず、前からあの笛を吹きたがっていたメリーベルには存分に吹かせてやったというわけである。
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