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第二章 王都へ
2-1 お買い物
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お風呂をいろんな意味で堪能してから、お買い物の時間だ。せっかく綺麗にしたのにまた外に行くのか。まあこの辺は石畳だから、埃とかまだマシなんだけど。
「さあ、何から見に行くのかな」
スカーレット嬢は楽しそうだ。何しろ、あのまま盗賊に捕まっていれば、金も積み荷も奪われた上に商会の男は殺され、自分も今頃は盗賊どもの慰み者になっていたのだ。
可愛い子供達と一緒に買い物なら上等な時間だろう。ロザンナも一緒についてきている。本来、こういう場所での護衛は彼女の仕事なのだ。俺達はおまけみたいなもの、いやミョンデ姉は確実におまけだ。
「お人形!」
「なるほど。いいね」
俺は生まれてくる下の子が必ず妹だと踏んでいるので、何か見繕っていくつもりだったのだ。もう少し金に余裕があればよかったのだが。俺は相場というものについて考えていた。おそらく、この町は。
「あ、あそこに人形の店が」
ダッシュで駆けていくミョンデ姉。一人で行くなよ、都会には人攫いだっているんだぜ。
あんた、一応器量良しなんだからよ。売り飛ばすには絶好の人材だ。人形を買ってやるからと言われて、そのまま袋詰めにされそうだ。だが、奴は店の前で固まっていた。
「ア・ア・アンソニー。こ、この値段見て」
物の値段の見方だけは学習したらしいミョンデ姉。
そこには金貨十枚と書かれてあった。やっぱりとっても物価が高かったのかあ。消費税がないだけマシだなあ。
「お姉ちゃん、この町はね。とっても物価が高いんだよ」
「アンソニー、どうしよう」
「どうしようって言われてもな。その人形だけで手持ちの金が全部吹き飛んじまうよ。それ、目玉の高い奴だから、そこに飾ってあるんだ。そして、この店は別に町で最高級店じゃあないと思うから」
たまたま通りがかりに見つけただけだものな。二人で店の前できゃあきゃあやっていると、スカーレット嬢がやってきて言ってくれたのだ。
「ふふ、それはちょっと高いから駄目だけど、こっちの金貨二枚のなら買ってあげるわよ」
「本当?」
ミョンデ姉は小躍りせんばかりだ。どっち道サラムで売っている奴にくらべたら超上等の品なのだ。ここは庶民が買う店ではないのだ。
「アンソニーも見てたみたいだけど、もしかして君もお人形が欲しいの?」
「いや、こっちはそのうち生まれてくる妹のために」
「アンソニー、まだ生まれてないんだから、弟かもしれないじゃない」
「いいの。僕の脳内ではすでに妹が誕生しているのです。むろん、弟でも大歓迎よ。とにかく、この図体で末っ子というのは肩身が狭くって」
スカーレット嬢は、俺達の頭を撫でて人形を二個買ってくれた。彼女は我々に感謝してくれているのだ。
帰ってから、夕食の時間だ。さて、栄養をしっかり取ろうかな。奢りで食えるのは今晩限りなんだから。
すぐに運び込まれてきた食事に遠慮なく齧り付きたいところだが、その前に簡単な食前の挨拶だ。
「天の福音に感謝して、地の恵みをいただきます。偉大なる神カイゼラに祈りを」
カイ自体が神を表す言葉である。つまり神ゼラという呼び方なのだ。
「さあ遠慮なくお食べなさい」
「いいのかね、こいつにそんな事を言って」
「え?」
伯爵の言葉にきょとんとしたスカーレット嬢は、不思議そうに自分も料理に手をつけ始めた。そして見たのだ、俺の食いっぷりを。大人一人前でと指定された前菜は一瞬のうちに皿から消失した。
「は?」
ロザンナの間抜けな声が緩やかに食卓を彩った。
「あの、ボーイさん」
にこやかに遅滞なく近づいてくるボーイ。こんな美人のスカーレット嬢に呼ばれたのなら当然だよな。
「なんでしょう」
「前菜のお替りを、もう……『五皿でお願いします』 え?」
俺は一応自分で注文しておいた。大体、ここの料理の加減だとこんなものか。
まだ自分の分を食べ出したばかりのミョンデがポカンとしていたが、慌ててフォークとナイフを持ってテーブルマナーと格闘していた。俺は生前の知識が通用していたので優雅なものだ。農村の二歳児とは我ながらとても思えん。
「アンソニー、少しは味わって食べなさいよ。こんなに美味しいのに」
「え? 十分に味わっていますが。この蒸したホロホロ鳥の冷製の仕上げときたら絶品。山ぐるみのソースもまた、なんとも。それと付け合わせのピクルスも悪くない。鹿肉の冷製も癖がなくとても美味しい。
鴨のテリーヌらしきものもなかなかのものだよ。原料自体はうちの田舎でもなんとかなりそうだが、この洗練という奴だけはなあ。せめて腹いっぱい食べていこう」
「そうだった。あんたはそういう奴だったね……」
それを見て苦笑いする大人達。
「いかがですかな、皆さん。このアンソニーという小僧は」
「あはは。こんな子は他にいないわねえ」
「この図体だけ大きな二歳児を私は国王陛下のところに連れていかねばならんのです。頼むから、陛下の前でだけは何もしないでくれよ……」
「まことにお気の毒という他はないな、ブルームン伯爵」
心からの同情を込めた感じのロザンナの慰めだったが、その間にも着々と到着してくる料理を俺は熱心に片付けていた。そして、考えていた事がある。
「伯爵、金貨一枚貸してくれない?」
「ああ、金貨一枚くらいくれてやるが、こんなところで必要なのか? 支払いは彼女がしてくれるが」
「ああ、別に料理の代金を払うわけじゃないんだ。あ、ありがとう」
伯爵から金貨を受け取った俺を見て、ミョンデ姉も妙な顔をしている。またこの奇天烈な自分の弟は何をするのかと。そして、お替りを持ってきてくれたボーイさんに言伝た。
「後で、料理長に僕のところに来てもらえるように言ってくれないか」
そう言って彼に銀貨を一枚握らせた。
「かしこまりました、坊ちゃま」
ボーイの後姿を見送りながら、料理の続きを平らげつつ、
「一体何を考えているんだ、お前は」
ロザリオはそんな事を言っていたが、伯爵はもう俺が何を企んでいるのかわかったようで、お手並み拝見といった顔で料理をいただいている。
「さあ、何から見に行くのかな」
スカーレット嬢は楽しそうだ。何しろ、あのまま盗賊に捕まっていれば、金も積み荷も奪われた上に商会の男は殺され、自分も今頃は盗賊どもの慰み者になっていたのだ。
可愛い子供達と一緒に買い物なら上等な時間だろう。ロザンナも一緒についてきている。本来、こういう場所での護衛は彼女の仕事なのだ。俺達はおまけみたいなもの、いやミョンデ姉は確実におまけだ。
「お人形!」
「なるほど。いいね」
俺は生まれてくる下の子が必ず妹だと踏んでいるので、何か見繕っていくつもりだったのだ。もう少し金に余裕があればよかったのだが。俺は相場というものについて考えていた。おそらく、この町は。
「あ、あそこに人形の店が」
ダッシュで駆けていくミョンデ姉。一人で行くなよ、都会には人攫いだっているんだぜ。
あんた、一応器量良しなんだからよ。売り飛ばすには絶好の人材だ。人形を買ってやるからと言われて、そのまま袋詰めにされそうだ。だが、奴は店の前で固まっていた。
「ア・ア・アンソニー。こ、この値段見て」
物の値段の見方だけは学習したらしいミョンデ姉。
そこには金貨十枚と書かれてあった。やっぱりとっても物価が高かったのかあ。消費税がないだけマシだなあ。
「お姉ちゃん、この町はね。とっても物価が高いんだよ」
「アンソニー、どうしよう」
「どうしようって言われてもな。その人形だけで手持ちの金が全部吹き飛んじまうよ。それ、目玉の高い奴だから、そこに飾ってあるんだ。そして、この店は別に町で最高級店じゃあないと思うから」
たまたま通りがかりに見つけただけだものな。二人で店の前できゃあきゃあやっていると、スカーレット嬢がやってきて言ってくれたのだ。
「ふふ、それはちょっと高いから駄目だけど、こっちの金貨二枚のなら買ってあげるわよ」
「本当?」
ミョンデ姉は小躍りせんばかりだ。どっち道サラムで売っている奴にくらべたら超上等の品なのだ。ここは庶民が買う店ではないのだ。
「アンソニーも見てたみたいだけど、もしかして君もお人形が欲しいの?」
「いや、こっちはそのうち生まれてくる妹のために」
「アンソニー、まだ生まれてないんだから、弟かもしれないじゃない」
「いいの。僕の脳内ではすでに妹が誕生しているのです。むろん、弟でも大歓迎よ。とにかく、この図体で末っ子というのは肩身が狭くって」
スカーレット嬢は、俺達の頭を撫でて人形を二個買ってくれた。彼女は我々に感謝してくれているのだ。
帰ってから、夕食の時間だ。さて、栄養をしっかり取ろうかな。奢りで食えるのは今晩限りなんだから。
すぐに運び込まれてきた食事に遠慮なく齧り付きたいところだが、その前に簡単な食前の挨拶だ。
「天の福音に感謝して、地の恵みをいただきます。偉大なる神カイゼラに祈りを」
カイ自体が神を表す言葉である。つまり神ゼラという呼び方なのだ。
「さあ遠慮なくお食べなさい」
「いいのかね、こいつにそんな事を言って」
「え?」
伯爵の言葉にきょとんとしたスカーレット嬢は、不思議そうに自分も料理に手をつけ始めた。そして見たのだ、俺の食いっぷりを。大人一人前でと指定された前菜は一瞬のうちに皿から消失した。
「は?」
ロザンナの間抜けな声が緩やかに食卓を彩った。
「あの、ボーイさん」
にこやかに遅滞なく近づいてくるボーイ。こんな美人のスカーレット嬢に呼ばれたのなら当然だよな。
「なんでしょう」
「前菜のお替りを、もう……『五皿でお願いします』 え?」
俺は一応自分で注文しておいた。大体、ここの料理の加減だとこんなものか。
まだ自分の分を食べ出したばかりのミョンデがポカンとしていたが、慌ててフォークとナイフを持ってテーブルマナーと格闘していた。俺は生前の知識が通用していたので優雅なものだ。農村の二歳児とは我ながらとても思えん。
「アンソニー、少しは味わって食べなさいよ。こんなに美味しいのに」
「え? 十分に味わっていますが。この蒸したホロホロ鳥の冷製の仕上げときたら絶品。山ぐるみのソースもまた、なんとも。それと付け合わせのピクルスも悪くない。鹿肉の冷製も癖がなくとても美味しい。
鴨のテリーヌらしきものもなかなかのものだよ。原料自体はうちの田舎でもなんとかなりそうだが、この洗練という奴だけはなあ。せめて腹いっぱい食べていこう」
「そうだった。あんたはそういう奴だったね……」
それを見て苦笑いする大人達。
「いかがですかな、皆さん。このアンソニーという小僧は」
「あはは。こんな子は他にいないわねえ」
「この図体だけ大きな二歳児を私は国王陛下のところに連れていかねばならんのです。頼むから、陛下の前でだけは何もしないでくれよ……」
「まことにお気の毒という他はないな、ブルームン伯爵」
心からの同情を込めた感じのロザンナの慰めだったが、その間にも着々と到着してくる料理を俺は熱心に片付けていた。そして、考えていた事がある。
「伯爵、金貨一枚貸してくれない?」
「ああ、金貨一枚くらいくれてやるが、こんなところで必要なのか? 支払いは彼女がしてくれるが」
「ああ、別に料理の代金を払うわけじゃないんだ。あ、ありがとう」
伯爵から金貨を受け取った俺を見て、ミョンデ姉も妙な顔をしている。またこの奇天烈な自分の弟は何をするのかと。そして、お替りを持ってきてくれたボーイさんに言伝た。
「後で、料理長に僕のところに来てもらえるように言ってくれないか」
そう言って彼に銀貨を一枚握らせた。
「かしこまりました、坊ちゃま」
ボーイの後姿を見送りながら、料理の続きを平らげつつ、
「一体何を考えているんだ、お前は」
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