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第一章 渡り人
1-47 王都行き
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「ねえ、お母さん。ちょっと、王都までいってきてもいいかな」
「あらあら、突然なあに?」
俺が、いきなり息急き切って家の中に駆けこんできたかと思うと、そんな事を言いだしたので母が驚いている。
「いやね、俺って王様に御呼ばれなんだってさ。その辺はちょっと怪しいんだけどさ。とにかく王都を見物できる大チャンスなの! ミョンデお姉ちゃんも一緒に行ってもいいって」
「そうなの? ええっ、王様?」
俺はにこにこして待っていたが、答えは無残なものだった。
「いけません。子供だけでそんな遠くまで行くだなんて」
「あう。そ、そこをなんとか」
「だめよ」
まあ普通はそうなんだけどね。うちのお母さんはこういう時に絶対に意見を変えたりはしないのだ。
仕方がない。俺はしょせん幼児なので。また今度にしようっと。止むを得ないので親の決定を覆すのは諦めて、大人しく引き下がった。
またしても町へ向かったが、今度はさっきのように八分でいくのではなく、とぼとぼと普通に歩かせた。狂王も察してくれているのか、特に急がない。時速十五キロ程度の速度で、結局往復一時間半くらいだ。
「あれ、遅かったね。アンソニー。狂王ならもっと早いかと思ったが」
「ああ、叔父さん。お母さんが行っちゃ駄目なんだってさ」
一瞬あたりに沈黙が満ちた。ミョンデ姉が「あんた、何へたうってんのよ」という顔でこっちを睨んでいた。だったら自分で説得してこいよ。
「あの、アンソニー君」
「伯爵、お力になれなくて残念です。しょせんは二歳の幼児には自由など欠片もないのです」
自由というか、親の庇護が無いと普通は生きていけないので必死で親にくっついている歳だ。普通は親の顔が見えないと「ママ~」と泣き叫んで探し回るものなのだ。
「い、いや。国王陛下がお呼びなのだが……」
俺は恨みがましい顔で伯爵を見た。
「じいーー」
「わかった、わかった。そんな目で私を見ないでおくれ。私のせいではないのだから。仕方がない、では私もお母さんの説得に」
彼がすべてを言い終わらないうちに狂王が伯爵と俺を抱え、冒険者ギルドを飛び出していく。ばあやもミョンデ姉を抱えて後に続いた。後にはあっけにとられた人々を残して。
今度も彼はすさまじい速度で走り、村まで七分を切ってしまった。
「うわあ、目が回る~」
ジェットコースターもGのかかる遊具も乗った事のなさそうな伯爵には刺激が強すぎたようだ。ミョンデ姉はケロっとしているというか、満足そうな表情だったが。
「さあ!」
「早くー」
子供に両側から袖を引っ張られて、ぐいぐい振り回される伯爵。
「おえっぷ。おい、頼む。あんまり揺すらないで。何かが出ちゃうから」
「吐くのは構わないけど、家の中ではやめてくださいね」
口元を抑えつつ、ふらふらと家のドアをノックした。
「はいはい、ただいま~」
バタバタしつつ、ドアを開けた母は伯爵の顔を見て驚いた母。
「あなたは確か、王都から来た、えーと」
「ブルームン伯爵です。あのう、おたくのお子様についてなのですが、国王陛下から招集がかかっております。つきましては私が責任もって連れていきたいのですが」
「まあ、王様が。そういえば、あの子も王様がどうのって言っていたわね」
どうやら、彼女に取りあまりにも非日常的な単語なので脳がホールドを受け付けずに、一時的なメモリーからさえも完全に排出していたものらしい。まあそういうものかね。
「そういう訳なので、この子達と一緒に王都に行きたいのです」
「行きたいの~」
「行きたいよ~」
「そうねー、どうしようかしら」
「あの、奥さん。どうしようかなではなくて、国王陛下より招集がかかっておるのですから」
「え、消臭? まだ匂うかしらね、ゴブリン」
話がまったく噛み合わない二人。伯爵も困っているようだ。日頃、畑仕事と家事と子育て以外に関心を持たない人と話す事はないだろうからな。
うちの母にとり、王様なんてものは神様と同じくらい縁が遠い。いや村にも教会があるから、まだ神様の方に縁があるだろう。
ここで母親を一緒に王都にという話にできればいいのだが、身重だからそれも無理だ。伯爵もちょっと困ったような顔をしているが、後ろから幼児二人が引っ張って煩くする。
こういうのって継続が大事なんだよな。ここは徹底的に揺さぶるシーンだぜ。俺はミョンデ姉とアイコンタクトを取り、奴も大きく頷いた。今、俺達二人の心は、かつてないほどに一つだ。今なら奴は揺さぶりに弱いぜ。
「お願いです、お母上。何でもいたしますから、ここはひとつ私に免じて」
うちの親から見て、王都の貴族なんて、そうたいした意味はない。大事なのは自分の領主様だけなので。
「そうねえ。そう言われても困ったわねえ。ミョンデ、アンソニー。あなた達、何かないかしら?」
「そう言われてしまうと、僕としても困るのですが」
ミョンデの奴は頭の中で皮算用に必死で言葉もないようだ。おいおい。こっちが伯爵をけしかけているんだからよ。まったく困ったもんだなあ。
「あらあら、突然なあに?」
俺が、いきなり息急き切って家の中に駆けこんできたかと思うと、そんな事を言いだしたので母が驚いている。
「いやね、俺って王様に御呼ばれなんだってさ。その辺はちょっと怪しいんだけどさ。とにかく王都を見物できる大チャンスなの! ミョンデお姉ちゃんも一緒に行ってもいいって」
「そうなの? ええっ、王様?」
俺はにこにこして待っていたが、答えは無残なものだった。
「いけません。子供だけでそんな遠くまで行くだなんて」
「あう。そ、そこをなんとか」
「だめよ」
まあ普通はそうなんだけどね。うちのお母さんはこういう時に絶対に意見を変えたりはしないのだ。
仕方がない。俺はしょせん幼児なので。また今度にしようっと。止むを得ないので親の決定を覆すのは諦めて、大人しく引き下がった。
またしても町へ向かったが、今度はさっきのように八分でいくのではなく、とぼとぼと普通に歩かせた。狂王も察してくれているのか、特に急がない。時速十五キロ程度の速度で、結局往復一時間半くらいだ。
「あれ、遅かったね。アンソニー。狂王ならもっと早いかと思ったが」
「ああ、叔父さん。お母さんが行っちゃ駄目なんだってさ」
一瞬あたりに沈黙が満ちた。ミョンデ姉が「あんた、何へたうってんのよ」という顔でこっちを睨んでいた。だったら自分で説得してこいよ。
「あの、アンソニー君」
「伯爵、お力になれなくて残念です。しょせんは二歳の幼児には自由など欠片もないのです」
自由というか、親の庇護が無いと普通は生きていけないので必死で親にくっついている歳だ。普通は親の顔が見えないと「ママ~」と泣き叫んで探し回るものなのだ。
「い、いや。国王陛下がお呼びなのだが……」
俺は恨みがましい顔で伯爵を見た。
「じいーー」
「わかった、わかった。そんな目で私を見ないでおくれ。私のせいではないのだから。仕方がない、では私もお母さんの説得に」
彼がすべてを言い終わらないうちに狂王が伯爵と俺を抱え、冒険者ギルドを飛び出していく。ばあやもミョンデ姉を抱えて後に続いた。後にはあっけにとられた人々を残して。
今度も彼はすさまじい速度で走り、村まで七分を切ってしまった。
「うわあ、目が回る~」
ジェットコースターもGのかかる遊具も乗った事のなさそうな伯爵には刺激が強すぎたようだ。ミョンデ姉はケロっとしているというか、満足そうな表情だったが。
「さあ!」
「早くー」
子供に両側から袖を引っ張られて、ぐいぐい振り回される伯爵。
「おえっぷ。おい、頼む。あんまり揺すらないで。何かが出ちゃうから」
「吐くのは構わないけど、家の中ではやめてくださいね」
口元を抑えつつ、ふらふらと家のドアをノックした。
「はいはい、ただいま~」
バタバタしつつ、ドアを開けた母は伯爵の顔を見て驚いた母。
「あなたは確か、王都から来た、えーと」
「ブルームン伯爵です。あのう、おたくのお子様についてなのですが、国王陛下から招集がかかっております。つきましては私が責任もって連れていきたいのですが」
「まあ、王様が。そういえば、あの子も王様がどうのって言っていたわね」
どうやら、彼女に取りあまりにも非日常的な単語なので脳がホールドを受け付けずに、一時的なメモリーからさえも完全に排出していたものらしい。まあそういうものかね。
「そういう訳なので、この子達と一緒に王都に行きたいのです」
「行きたいの~」
「行きたいよ~」
「そうねー、どうしようかしら」
「あの、奥さん。どうしようかなではなくて、国王陛下より招集がかかっておるのですから」
「え、消臭? まだ匂うかしらね、ゴブリン」
話がまったく噛み合わない二人。伯爵も困っているようだ。日頃、畑仕事と家事と子育て以外に関心を持たない人と話す事はないだろうからな。
うちの母にとり、王様なんてものは神様と同じくらい縁が遠い。いや村にも教会があるから、まだ神様の方に縁があるだろう。
ここで母親を一緒に王都にという話にできればいいのだが、身重だからそれも無理だ。伯爵もちょっと困ったような顔をしているが、後ろから幼児二人が引っ張って煩くする。
こういうのって継続が大事なんだよな。ここは徹底的に揺さぶるシーンだぜ。俺はミョンデ姉とアイコンタクトを取り、奴も大きく頷いた。今、俺達二人の心は、かつてないほどに一つだ。今なら奴は揺さぶりに弱いぜ。
「お願いです、お母上。何でもいたしますから、ここはひとつ私に免じて」
うちの親から見て、王都の貴族なんて、そうたいした意味はない。大事なのは自分の領主様だけなので。
「そうねえ。そう言われても困ったわねえ。ミョンデ、アンソニー。あなた達、何かないかしら?」
「そう言われてしまうと、僕としても困るのですが」
ミョンデの奴は頭の中で皮算用に必死で言葉もないようだ。おいおい。こっちが伯爵をけしかけているんだからよ。まったく困ったもんだなあ。
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