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第一章 渡り人

1-46 名医の心得

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 だが、対峙した時に気がついた。こいつはつええ。隙の無い構え。なんでスキル化していないのかよくわからないのだが。体術にすぐれた、いわゆるモンクなのだ。まあ、こいつがそういう性格なのだろう。

「ちっ、これまた面倒な」
 だが倒す。勝たないと、俺の従者が許してくれそうもない。ばあやが凄く真剣な顔つきで見てやがるし。明日から格闘技の猛特訓とかさせられそうだ。

 俺はとりあえず、生前のスキルをさばくってみた。我が先祖、藤原五郎衛門は体術の名人だったらしい。特殊な足捌き、なんともいえない一撃がビシっと入るような、そんな感じ。

 こう敵の首をへし折るような荒っぽいものではない。温厚な方で、刀で人を切るのはという事で体術を学ばれたのだ。

 花の大江戸八百八町で『五郎衛門、にっこり笑って悪を討つ』などと瓦版に書かれたほどの人だった。

 名医さんだったので、人を殺めるのは好きじゃあなかったのだ。だが困っている人を見捨ててはおけない性格だったのだ。

 もてもてで、お金も稼いだので、可愛いお嫁さんを貰って、奥さん一途の生活で子供を八人も育てた。

 ううっ、俺とえらい違いだ。子孫として先祖の顔に泥を塗ったような気持ちでいっぱいだわ。

 いや、この方を目標にすれば、きっと根性は幸せな人生が。だが、ご先祖様、ここはスキルをありがたく使わせていただきますぞ。

 スキル『名医の心得』

 これは何か敵の、人体の弱点のようなものが丸見えになるというのか。しかも、こいつの弱点は『弁慶の泣き所』、ただの向う脛だった。

 ふざけやがって、この女。どこまで本気なのかふざけているのかよくわからない。だが、俺に迷いはなかった。瞬時に動いた。

 このスキルの不思議なところ。さほど急激に動いているわけでもないのに、相手がついてこれない動き、相手がこちらの動きに吸い込まれてしまうような動きになってしまう。

 確か、あちこちの格闘技にこういう物があったのではないかと思うが、これぞまさしく藤原流そのものである。

 何せ、瓦版クラスの強さで、悪党どもをばっさばっさと撫で斬りにし、大江戸町民の喝采を受けまくったという伝説の技なのだ。奉行所から何度も労われたらしい。ありえねえなあ。

 幼児の(ただしハンターズ・パワー×5)のパワーをもってして、俺の重量級のつま先が自ら軌道修正しながら近づいてくるギルマスの向う脛を直撃した。その結果。

「いたあい」
『ギルマスの泣き所』を抑えて、のたうち回る大馬鹿者がいた。

「へっ、異世界の格闘技を舐めんなよ。もう一発いくか、こら」
「わかった、わかった。降参、降参。中級冒険者資格をあげるから許して」

 それを聞いた周りの冒険者達も顔を見合わせたが、エマーソンが言った。
「姐さん、それはさすがにまずくないですか? いくらなんでも二歳児にいきなり中級というのは」

「やかましい。見事に何かのスキルを使って、初見で私を倒しただろうが。やっぱり、こいつは普通じゃない。何せ、そこの化け物を倒した怪物なのだぞ。

 全長五メートルもあるゴブリンの賢者ってなんだ。一体、何年生きたらこうなるのだ。こんなものは国軍が総がかりで倒すべき相手だぞ。こいつを倒すのは私やお前でも無理な芸当だ。

 しかも、十万匹のゴブリン・スタンピードを、たった一人で殲滅した。かといって、いきなり上級をくれてやるわけにはいかんだろうが! それこそ問題になってしまうわ」

「あ、実際には九万八千くらいじゃないですかね」
「やかましい。アイタタタタ。これだから餓鬼は嫌いだ」
 そこへ素晴らしい拍手をしながら登場したが人物が現れた。

「いや、お見事、お見事」
「お見事じゃないですよ、伯爵。あまりに痛すぎる。おい、小僧。回復魔法をかけろ」

「べー」
「こいつめ!」
 だが、ご領主様が変な顔をしている。あれ、どうしたのかな。

「伯爵、もうとっくに王都に戻られたのではなかったので?」

「いや、それがですね。国王陛下から追加の指令が来ていまして。アンソニーの力を試して、本物なら一度会ってみたいという事で」

「何それ。もしかして、ご褒美? ご褒美が出るの?」
「う。あ、ああ。うーん、多分そうなんじゃないかな」
 なんだ、その歯切れの悪さは。

「じーっ」
「い、いや。とにかく、国王陛下がお呼びなんだから、今すぐ一緒に来てもらうよ」

「駄目だね」
「え、なんでだね」

「二歳児が母親に無断で勝手に家を空けられるわけがないじゃないか。それに、そんな事をしたらティム達が総がかりで王都を攻めちゃうぞ。という訳で大急ぎで、お母さんの許可をもらってくるから! それと、せっかくだからいい格好をしてこないと!」

「あ、ああ。そうだな。そうしてくれ。すまん、お前の事はどうしても二歳児に思えなくてなあ。まあ、そう格好つけなくてもいいんだが。まだ子供なんだし(というか、赤ん坊に毛が生えたようなもんだろうが)」

「なんか言った?」
「ああいや、なんでもない、なんでもないよ。さあ、早く行ってきておくれ」

「アンソニー! 私も王都に行きたい!」
「ミョンデ姉は畑仕事サボりたいだけなんじゃないの」

「わかってたら聞くな」
 そんなに堂々とされても困るな。まあいいんだけど。俺だって本当は草むしりとか嫌なんだから。

 そして、ミョンデ姉に思わぬ援軍が現れた。
「伯爵様。よかったらミョンデお嬢様を王都へ。この方の場合、少し広い世界を見せてやった方が、よりよい人生を選択できるのではないかと」

 もう喋り方からして、完全にばあやさんだな。股間にしっかりぶらさげているものはあるんだが。ティムになっても付いているんだよね、これ。

「ああ、そうかもしれないね。一緒に許可もらってくるから、連れていっていいかな」
「あ、ああ。それは構わないよ」

「やったあ。ばあや、だあいすき!」
 首っ玉に飛びつかれて、ばあやも嬉しそうだ。その様子を見たエマーソンとギルマスも唸る。

「信じられねえ。これが、こんな『ばあやさん』が、上位ゴブリンの成れの果てだなんて」
「この目で見たのでなければ信じられないわねえ」

 そしてギルドを出ると、俺は狂王に命じた。
「なるべく村まで急いでね。でも道は壊さないで」
「仰せのままに、マイロード」

 それからが面白かった。ポポポンポン、ポポポポンという感じで不思議なリズムで飛び跳ねる狂王。アメンボかよ。器用な奴だ。うん、通常の1.5倍くらいは速い。時速百五十キロは出ていただろうか。比較的見晴らしがいいし、交通量も少ないから……うおう、坂の頂上で荷車が突然に~!

 だが奴は瞬間機動で垂直に飛んだ。どういう感じになっているのか知らないが、俺へのGは凄く軽減されている。悪いけど俺は、はしゃいだ。

「いやっほーっ」
 荷車の爺ちゃんは何が起きたのかわからずに、きょろきょろしていたが。あれは隣村のドンゴさんだな。

 驚かせてごめんねー。目が合ったからロバは見ていたらしいのだが、俺には関係ないとばかりに、大欠伸して思わぬ小休止を楽しんでいた。
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