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第一章 渡り人

1-6 お勉強

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「よし、アンソニー坊。今日は字のお勉強からじゃ」
「え、もしかして初級魔法の教本とかあるのかな」

「阿呆。こんな場末の農家に、そんなものがあるものか。この家にある唯一の本、神の福音書じゃ。これはどこの家にもある。教会が配っておるからのう。

 読める読めないは別として、教会の威信の配布というものじゃよ。まあ、これはこの世界で生きるための教養として見ておいてもよいものじゃし。これだけでも、結構読み出があるぞ」

 黒猫先生は、そいつを持ってきて見せてくれたが、印刷ではなく手書きの写本のようだった。羊皮紙の本か。皮は何製かな。牛か山羊か羊あたりか?

「こういうのって宗派があるの?」

「一応は、どこも共通の神という事になっておるが、辺境の国へ行くと独自の神を崇めておったりするし、船乗りが祈る海の神はまた別じゃ。あと重い病などにかかった時などに祈る特別の癒しの女神などもある。

 世界的に崇められる主神たるものは基本的に一つじゃな。それはかつて世界を支配した古の大帝国の影響であろう。その遺跡がまだ世界中に残されており、お宝の山じゃぞい?」

 むう。この猫がこんな事を言う時は、多分危険なものの可能性がある。

「それはいろいろ学んでから関わる事にするよ」
「ああ、それがええ。坊は本当に頭がいいのう」
 猫はにっこりとほほ笑んでくれた。ちょっと嬉しいぜ。

「さて。それでは福音の書、第一章 神々の創生からじゃな」

 この精霊からスキルをもらえたらいいのだが、生憎と俺の能力は生きた細胞を持って、俺と情報の電磁交換に応じてくれる相手だけからなのだ。

 多分魔物からもスキルは取れるが、それにはかなりの危険が伴う。当分は人間から貰う事にしよう。大人しい動物なんかもいいかも。

 俺は基本の言語というか、文字を覚えたので超御機嫌だった。なぜか英語と同じで26文字で構成されていた。

 こいつはラッキーだった。しかし、英語みたいにややこしい事が無く、どちらかといえばローマ字に近い内容だった。

 英語などのヨーロッパ語はラテン語との絡みで読み方などが、ややこしくなっているから困る。こっちの方が日本人としてはわかりやすくて助かる。

「よその国へ行くとどうなるの?」
「それはまた別の言葉になるのさ。だが坊ならご自慢のスキルでなんとでもできるさ」
 黒猫先生は、ご機嫌でゆらゆらと尻尾を揺らしながら解説してくれた。

「そうかあ。何処も同じか。スキル万歳だな」
 だが、そこへバタバタと足音が聞こえたので、黒猫先生は飛び起きて福音書を抱えてベッドの下に隠した。

 まるでほっかむりをした泥棒みたいに、二本足で歩き前足で抱えて移動するので、その様子がおかしくて仕方がない。そんな笑顔を浮かべている間に彼らはやってきた。

 そして中に入ってきた髭の男達。ああ、わかる。この人達は俺の血縁だ。スキルが共鳴している。そういう事もできるのだ。

 街中で突然に出会った見知らぬ遠い親戚とか気になって後をつけたりする事もあった。それが女の子の場合は、調子に乗って成り行きでうっかり関係を持ってしまったなんて事もあった。あれはあれで結構燃えたもんだ。

「おお、こいつが新しい子供か。可愛いじゃないか。ロベルト、お前に似て男前だ」
 なぬ。それは素晴らしい情報だ。

 その連れである俺の父親らしき人物に目をやったが、うんなかなかの男っぷりじゃないか。ありがたいぜ。その事を神様に感謝した。ハリウッドで主演の色男くらいは務められそうだな。俺も将来は期待できそうだ!

「あはは。そうだろう、フランコ兄さん。この子の兄弟たちも大喜びさ」
「だが零細農家だから、頑張ってあと二人くらいは生まないと大変だ」

「ああ、そうかもな。だが今はこの子が健康に生まれてきただけで幸せさ」
 そう言って嬉しそうに俺を抱き上げてくれるパパ様。

 あのう、お髭が赤ん坊の柔肌にちょっとチクチクするのですが。だが愛されているのはよくわかったので、俺も幸せだった。

 俺が浮かべた、なんとなくの笑顔を見て、おっさん二人も楽しそうにしてくれている。赤ん坊はいつだって天使なのさ。

 そして俺を狂喜させる嬉しい事があった。我が愛しの叔父上からプレゼントがあったのだ。枕元に置いてくれたそれは、なんと。

「ほお、子供向けの本か」
「ああ、福音書から題材を取った子供向けの本さ。教会で甥が生まれた話をしたら、中古だが神父様が譲ってくださってな。他の子が読んでもいいと思って」

 いやいや、是非ともそれは私めに。もう本が欲しくってさー。この世界じゃ値段が高いものだから、とりあえずは諦めろって黒猫先生にも言われていたんだよね!

 俺は早くそれを寄越せと、一生懸命にじたばたした。
「ほら、喜んでいるみたいだぞ」
「本当だな。愛されているのがわかるんだろうな」

 ええ、それはもう十分にわかっておりますので、さっさとプレゼントを寄越しやがれ、おっさん達。

 そして枕元に置かれたそれに俺は超御機嫌だった。やっと少しはじたばたできるようになった足。小さな手を振り、お礼のアクションのために可愛く奮闘する俺。

 それを見て、またにこやかに笑う髭のおっさん達なのだ。ちなみに叔父上はかなり学があって、文章力や読解力の収穫があった。

 しかも、そのくせ何故か猟師をやっているらしくて、弓や罠のスキルがコピーできた。山刀も使えるんだぜ。

 いやスキルが手に入っただけで、今、山刀を持たされても下敷きになってばたばたする羽目になるだけで、どうにもならんのだが。

 父からは農家の心得というか技術というか、それらは生まれた時から入手済みだ。先祖代々農家らしくて蓄積された農業力はなかなかのものだった。

 しかし、自分の中に代々蓄積されたDNAの記録は俺には少し使い辛い。自分の意志で『スキル』として蓄えた物の方が使いやすい。

 それは独立されたデータファイルとして、それのみを使えるからだろう。自分の血の中に元から入っている情報は雑多過ぎるというか、複雑過ぎて非常に使いにくい。

 今も父親からコピーした能力は非常に明確だ。主に農作業のものだけど、家を建てたりその部材を加工したりの技術、魚を取る技術。その他いろいろ器用で、この世界で生きるための生活技術全般のパックみたいなものだ。

 非常にありがたい父親からのプレゼントだ。血筋もあるので、きっと俺にはうまくスキルを使いこなせるだろう。サンキュー、パパ。

 叔父からのプレゼントも嬉しかった。この世界で最低限生きていく事が出来そうな生活術は生後二か月にして手に入れたぜ。まるで世界が祝福してくれているかのようだ。いや祝福してくれているのは、家族と家付きの精霊様なのだが。

 黒猫先生も、目を細めて俺を見守ってくれている。あれ、ベッドの縁に腰かけている先生を父親の手は擦り抜けた。俺は触れるんだがなあ。精霊って、どういう体の仕組みになっているものやら。

 その日から、黒猫先生は枕元に置かれたその本を読んでくれるのだった。親にも読んでほしかったのだが、生憎な事にこの家で字が読めるのは、俺と黒猫先生だけだった。昼間は人に見つからないように用心しつつ黒猫先生は読んでくれた。

 そんなある日、教会の人が俺の祝福に来てくれた。そして、なんとその人は魔法を持っていたのだ。
「獲物だ! に、逃がさん!」

 だが、その人は俺に長い間一緒にいてくれて、生体情報の電磁交換に十分な時間が与えられた。そう、このスキルは通信速度に難があるのだ。

 高速無線ランではないのだ。距離と時間の制約が。できれば身体接触があれば確実だ。

 体表を覆う僅か数ミリの強力な第一層オーラの接触は範囲内なら分厚いビニールに覆われていても金属で遮蔽されていても大丈夫だ。

 生体無線ランの適用範囲は狭い。手を伸ばせば触れるくらいの距離でなくてはならない。人間は無線機ではないのだ。

 生体の書き込みは遅い。DNAライトで情報を書き込むまで、かなり時間がかかる。一旦データをダウンロードしておけば、書き込み自体は距離とか関係ないのだが。

 そのあたりは距離との関係もある。電波が弱いとダウンロードしたデータもはっきりしたものでなく、書き込みも問題が出るのだ。

 そして成功率や完全なデータの入手に影響が出てスキルが劣化する。後で上書きできれば大丈夫だが、その機会がない場合もあるので。

 外国から来た著名人とかは特に。接触ダウンロードはかなり高速でやれるようになっていた。だから、著名人に会った時は両手で手を握り、『十数秒間』もの間、「いかにも感激しました」みたいな風を装って手に入れたもんだ

 。今にして思えば、相手からは随分おかしな奴だと思われていた事だろう。その甲斐は十分にあったのだけれども。

 時間短縮は、データのダウンロードに使う時間についてだけだ。その後に自分のDNAに書き込む時間はまた一定の時を必要とする。

 さほど、かかる訳ではないのだが。情報量にもよるのだろうが、どんなに長くても一分もかかることなどはない。多分、酵素が全身の細胞を巡る時間なのではないだろうか。

 今回は向こうが抱き上げてくれて密着していたので10秒くらいだったろうか。俺は至福の時間を過ごした。そして思わず大量に嬉ションしてしまった。

 思いっきりオムツから溢れましたね。まあ布オムツなものですから。現代版の布オムツはこうではないのですが、ここのはただの布でございますから。それを見て大慌てのうちの母親。

「まあまあ大変。ごめんなさい、アルスラムさん。いつもはこんな事ないんですけど」

「い、いや。赤ん坊のする事ですので。大丈夫ですよ。元気のいいお子さんだ」
 教会の人、いい人だな。いや、すまんね、アルスラムさん、本当に。眼鏡の笑顔が眩しいぜ。
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