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1-12 祝福

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 そして、船上から気配を探るハーラ。

 今は、水夫達も住人パーティを組んで敵の攻撃を撃退している。

 ある時は古びたロープが忍び寄り、あるいは網が締め付けてきたり、帆布が襲ってきたりとバラエティ豊かな攻撃だ。

 無音で樽が転がってきて、上から被さってきた事もあった。

 向こうもせっかく掴まえた水夫がすぐに取り返されてイライラしているのか、段々と過激になってきている様子であった。

「いるな。やはり船底だ。
 では、呼吸のサポートは頼んだぞ。
 行ってくる」

「導師、お気をつけて」
 パスリーの気遣いを背に身軽なスタイルで飛び込むハーラ。

 全身に重めの油を塗って体温の低下を防ぎ、ゴーグルに被膜を塗って視界を確保した。

 そして、船側からは鞴を使って息を送り込む大きな逆さ漏斗がいくつか用意されている。

 それにはロープが付随しており、下から引くと合図がカランカランと鳴って引き上げる事になっている。

 そして、奴がいる場所へと素早く力任せに泳ぐと、いきなり体に巻きついてきた。

 ロープなどではなく、奴の本体だ。
 だが、その感触にハーラは驚いた。
 それは彼の想像を超えるものだった。

「苦しい、助けて」
 むろん、ハーラの声ではない。

 子供の声だ。
 まだ幼い子供が助けを求めていた。

 それはまるで、本物の子供に水中で抱き着かれたような錯覚を起こすほど生々しい感触だった。

「う、これは」
 そう、それは悪霊などではなかった。

 溺れ、救いを求めながら死んでいった子供の霊で、それはまだ救いを求めていた。

 まだ死という概念が理解できない年齢の子供で、自分が死んだという事がわからないのだ。

 死後どれほど経ったのかわからないが、おそらく母親の姿を求め救助を望んでいるのだった。

 純粋に愛する者に救いを求めているだけなのだ。
 こういう悪しき者ではない相手に除霊や祓いの術は効かない。

 よくない物は寄ってきてしまっているのだが、コアであるこの霊は悪しき者ではなかった。

 これさえなんとかすれば、他の悪い物は消えてしまうだろう。

「それでは、こうするしかないか」

 彼はそのまま彼ないし彼女を抱きしめ、そして浮上しようとした。

 だが、重い!
 空気を送り続けてくれている道具の漂う場所まで辿り着けない。

「く、なんという重さだ。
 この手の霊は接触すると重さで力が測れるが、これはかなりの間彷徨っていたのだな。

 しかも、純粋な想いで。
 なんという力だ。

 こいつは少しばかりいつもとは勝手が違う。
 いかん、このままでは息が続かない」

 だが、そこへ飛び込んできた者がいた。
 パスリーだった。

 そしてハーラを抱き締めて足さばきの身で例の道具のところまで押し上げてくれた。
 さすがはベテラン、熟達の水夫であった。

「ふう、助かったぞ、パスリー」

 そして、何故かその子の霊はハーラを離れてパスリーの方へと向かっていった。

「いかん、パスリー。
 今度はお前が危ない!」

 だが、彼は一瞬驚いたようだったが、その子供の霊を抱き締めて苦も無く浮き上がっていき、船に上がっていった。

 一瞬、ポカンとそれを見ていたハーラだったのだが、慌てて浮上していった。

 何しろ厄介な本体を上に上げてしまったのだ。
 船上で何が起こるかわからない。

 だが、水夫達に引き上げられながら船上に上がったハーラが見たものは。

「あー、よしよしよし。
 もう大丈夫だ。
 お前さん、長い間よく頑張ったな。
 もう大丈夫、そーらそら」

 そう言って子供の霊を、自分の頭の上にまで抱き上げてあやしているパスリーの姿であった。

 その雰囲気から察するに4歳程度の幼女だろうか。

 少し長く伸ばした髪と、スカートのような衣服を着ていた小さな光のシルエット。

 そして、そのように彼に抱かれながら慰められたその光の塊は、まるで喜ぶかのようにくるくると舞い踊りながら、霧の中を天へと登って行った。

 そして、それと共に晴れていく怨霧。
 いや、それは怨霧などではなかった。

 救われなかった子供の、いつ終わるとも知れぬ、ただの届かぬ泣き声であったのだ。

 子供の霊に纏わりつき付随していた悪しき物はコアを失い、文字通り霧散していった。

 それはまるで、あの子供の霊を送る鎮魂の儀式のように厳かで、そして洋上からは暁の祝福がゆっくりと上がり出し、海上がオレンジと黄色の美しい帯に染め上げられていった。

 今まで何度となく見て来たであろうそれを眺めながら、パスリーはポツっと言った。

「ふう、いってしまいやした。

 あの子、長い間随分と寂しかったんでしょうなあ。

 助けられたかったんですよ。
 きっと、他には他意はなかったんでしょう。
 だから水夫はただの一人も傷つけられなかった。

 あの子を抱き止めたら、あっしに夢中に抱き着いてきていました。
 まるで鼻面を何度も胸板に摺り寄せるみたいに。

 あの子は誰かに気づいてほしかったんです。
 ただそれだけだったんです」

 ハーラは、疲れ切った表情で船側にもたれながら立ち上がると、パスリーの肩をポンっと叩き、今回の功労者兼命の恩人を労った。

「はは、まさかこんな結末が待っていたとはなあ。
 俺もまだまだ修行が足りないな。

 さすがは子供救助の専門家だな。
 よくやってくれた、パスリー。
 そして、ありがとう」

 そして、思わず釣られて自分も笑顔になってしまうようなパスリーの屈託のない笑顔に、周囲にいたクルー達も一緒になって彼の功績を労うのだった。

 こうしてメリーバロン号は、そしてあの子供の救われなかった魂は優しい水夫のパスリーの心根に救われ、船はまた暁の海に航海を再開したのであった。
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