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1-6 新しい掟
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水夫達乗組員は、あの助けに入った二人を除いて全員が倒れてしまっていたが、ハーラは手近な場所に倒れていた水夫の様子を確認し、立ち上がるとすぐそこに俯せになって倒れていた名すら知らぬ女を抱き起こし、そして顔を顰めてまた床に放り出した。
「大丈夫だ。あいつがまだ完全に羽化する前に倒したので、しばらくすれば全員元に戻るだろう。
あの女は死んでいた。
いや、もしかすると船に上がるまえに既に死んでいたのかもしれん。
憑いていた魔が滅された時、彼女の体を動かしていた力も消えたのだろう。
何かこう魔物に生命を吸い尽くされでもしたかのように、干からびた感じでミイラのようになって死んでいた」
それを聞いて、ホッとしたような表情のキャプテンは隣にいたケリーの肩に手をやった。
もう少しで自分の部下達を大勢失い、自分も船と一緒に屍として漂流する羽目になるところだったのだ。
「ケリー、この船に一つ新しい掟を提案、いや確実に定める。
今後、もし流木に捉まった女がいたら、絶対に助けるな。
いいな?」
溜息と共に新しい掟を上司から突き付けられた甲板長は、首を竦めて同意を表した。
「へいへい、十分に身に染みましたよ。
今回の事があったので、水夫達も当分の間は女に色めきだつ事もないでしょうしね。
しかし、キャプテンも人が悪い。
彼がああいう立場の人間だったと最初から聞いていたなら、もっとマシな結果になったでしょうに」
「は、そいつはそこの御仁の要望だったのでな。
彼も訳ありなのさ、そうでなかったのなら今頃こんなところにはいない。
ハーラもご苦労だった。
それにしても、とんでもない怪異だった。
今まで幾多の船が無残に犠牲になったというのも頷ける」
だが、当のハーラは古びた革の帽子の鍔を下に引っ張りながら、不満そうに鼻を鳴らした。
「思わぬ出費だ、割に合わん。
これは随分と高い船賃になったもんだ。
手持ちの残り少ない希少なカプスラを使用する羽目になってしまった。
これはもう少し海の魔物でも狩っていかねば割に合わんぞ。
次に出た魔物の素材は、俺が残らず全部いただくからな!」
それを聞いたケリーは呆れたような感じで悪態を吐いた。
「あんたってば、祓い屋なのか冒険者なのか、一体どっちなんだい」
「元SSSランク冒険者の祓い屋だ。
生きていくためには、能はたくさんあった方がいい」
それを耳にして、これまた首を竦めたケリー。
「はあ、そりゃたいしたもんだ。
しかし、SSSランクなのだからソロでも冒険者稼業だけで十分食っていけるじゃないか。
なんでまた祓い屋なんか。
はたして、あんたの他にそんな奴がいるもんかね」
「いや、いるさ。
今、現存する人間の中では、確か俺を含めて世界中で三人いると思ったが。
俺はあくまで元冒険者だがな。
祓い屋をしているのは、こっちの方が元々専門だからな」
「マジかよ、なんてこった。
世の中は広いねえ」
だがキャプテンはどうにも腑に落ちないようで、ハーラを問い詰めた。
「なあ、あいつの力は何故、あたしたちやあの二人には通用しなかったんだい」
「男達については、はっきりした事はわからないが、少なくともあんたらの分はわかる」
「へえ、参考までに是非聞かせておいてもらいたいな」
だが彼はボソっとこう言った。
「それは、お前らが女だからだ。
まあ、そこで寝ているあんたの部下達が、その奇特な事実を認めるかどうかは知らないが。
あんたらは女の魅力に魅了されはすまい。
魔のものは、そういう男女の間に起こる感情などを狡猾に利用したりもするのさ。
その方が効率的だからな」
だが、そのあまりと言えばあまりな講評を聞いたケリーはカンカンだった。
「なんだと、この野郎。
そいつはどういう意味だあ」
「だから、そういう猛獣みたいなところがだよ。
あの手の怪異、妖魔の魅了は女にはなかなか通じん。
船に女の船乗りが乗っているなんて滅多にないから、今まで特に判明しなかったんだろう。
それに魅了が効かなかったとしても、女の細腕では力づくで狂った水夫達と運命を共にさせられただろう。
今まで犠牲になった船にも女の乗客がいた事くらいはあるだろうからな」
また渋い顔をして解説を聞いていた二人だったが、ケリーはしつこく食い下がった。
「じゃ、あの我々を助けてくれた二人の男達はどうなんだよ」
だが、その答えは彼女の背後から届いたのだった。
「それは姐さん、あっしについては、もう歳で男としてお役御免だからでさあ」
「キャプテン、全体を回ってみたが、どうやら乗組員で死んだ奴は一人もいねえな。
あと、そいつは俺に関しては、俺が女に興味がない人間だからだ」
そしてキャプテンは、ようやく合点がいったという感じに笑顔を取り戻した。
「そういや、お前ってそういう奴だったよな。
まあ船乗りにはありがちな事だが。
まさか、そのお前の性癖にこの私が救われる事になろうとは」
「うーん、そうだったかあ。
いや、それにしても老水夫がこうも活躍できる場面があるとは、おそれいったよ。
バーニー、あんたは知恵者で重宝していたので、その歳になっても船から降ろさずに乗ってもらっていたが、それがこのような未曽有の危機に素晴らしく役立ってくれるとはなあ。
世の中は本当にわからん。
これからもその知恵と経験で船を頼むぞ」
「はっはっは。
姐さん、この老骨がまだお役に立てると言うのなら、いつまでも置いてくだされ。
いや、海はいい。
このような出来事にまだまだ出会えるとは。
この爺の人生もまだまだ捨てたものでないわい」
その老水夫の肝の据わりようを聞いて呆れたケリーと豪快に笑うキャプテン、そして彼にしては珍しく、顔に不器用に張り付けたような笑みを浮かべたハーラ。
「爺さん、今回は助かった。
またよかったら、船にいる間にあれこれと話を聞かせてくれ」
「おや、ハーラ。
あんたにしては珍しい、いい心がけじゃないか」
「は! 年寄りは大切にするものだ。
若い者にはない経験などに基づいた知識がある。
それは今の俺にはまだまだ足りない物だからな」
「へえ、あんたにそれほどの敬老精神があったとは意外だね。
それにしても、また一つ海の恐ろしさを思い知らされたよ」
ケリーも思わず身震いをしながら今回の事件を回顧した。
こうして、メリーバロン号を恐怖に陥れた海魔事件は、あの女以外に犠牲を出す事無く無事に収束したのであった。
「大丈夫だ。あいつがまだ完全に羽化する前に倒したので、しばらくすれば全員元に戻るだろう。
あの女は死んでいた。
いや、もしかすると船に上がるまえに既に死んでいたのかもしれん。
憑いていた魔が滅された時、彼女の体を動かしていた力も消えたのだろう。
何かこう魔物に生命を吸い尽くされでもしたかのように、干からびた感じでミイラのようになって死んでいた」
それを聞いて、ホッとしたような表情のキャプテンは隣にいたケリーの肩に手をやった。
もう少しで自分の部下達を大勢失い、自分も船と一緒に屍として漂流する羽目になるところだったのだ。
「ケリー、この船に一つ新しい掟を提案、いや確実に定める。
今後、もし流木に捉まった女がいたら、絶対に助けるな。
いいな?」
溜息と共に新しい掟を上司から突き付けられた甲板長は、首を竦めて同意を表した。
「へいへい、十分に身に染みましたよ。
今回の事があったので、水夫達も当分の間は女に色めきだつ事もないでしょうしね。
しかし、キャプテンも人が悪い。
彼がああいう立場の人間だったと最初から聞いていたなら、もっとマシな結果になったでしょうに」
「は、そいつはそこの御仁の要望だったのでな。
彼も訳ありなのさ、そうでなかったのなら今頃こんなところにはいない。
ハーラもご苦労だった。
それにしても、とんでもない怪異だった。
今まで幾多の船が無残に犠牲になったというのも頷ける」
だが、当のハーラは古びた革の帽子の鍔を下に引っ張りながら、不満そうに鼻を鳴らした。
「思わぬ出費だ、割に合わん。
これは随分と高い船賃になったもんだ。
手持ちの残り少ない希少なカプスラを使用する羽目になってしまった。
これはもう少し海の魔物でも狩っていかねば割に合わんぞ。
次に出た魔物の素材は、俺が残らず全部いただくからな!」
それを聞いたケリーは呆れたような感じで悪態を吐いた。
「あんたってば、祓い屋なのか冒険者なのか、一体どっちなんだい」
「元SSSランク冒険者の祓い屋だ。
生きていくためには、能はたくさんあった方がいい」
それを耳にして、これまた首を竦めたケリー。
「はあ、そりゃたいしたもんだ。
しかし、SSSランクなのだからソロでも冒険者稼業だけで十分食っていけるじゃないか。
なんでまた祓い屋なんか。
はたして、あんたの他にそんな奴がいるもんかね」
「いや、いるさ。
今、現存する人間の中では、確か俺を含めて世界中で三人いると思ったが。
俺はあくまで元冒険者だがな。
祓い屋をしているのは、こっちの方が元々専門だからな」
「マジかよ、なんてこった。
世の中は広いねえ」
だがキャプテンはどうにも腑に落ちないようで、ハーラを問い詰めた。
「なあ、あいつの力は何故、あたしたちやあの二人には通用しなかったんだい」
「男達については、はっきりした事はわからないが、少なくともあんたらの分はわかる」
「へえ、参考までに是非聞かせておいてもらいたいな」
だが彼はボソっとこう言った。
「それは、お前らが女だからだ。
まあ、そこで寝ているあんたの部下達が、その奇特な事実を認めるかどうかは知らないが。
あんたらは女の魅力に魅了されはすまい。
魔のものは、そういう男女の間に起こる感情などを狡猾に利用したりもするのさ。
その方が効率的だからな」
だが、そのあまりと言えばあまりな講評を聞いたケリーはカンカンだった。
「なんだと、この野郎。
そいつはどういう意味だあ」
「だから、そういう猛獣みたいなところがだよ。
あの手の怪異、妖魔の魅了は女にはなかなか通じん。
船に女の船乗りが乗っているなんて滅多にないから、今まで特に判明しなかったんだろう。
それに魅了が効かなかったとしても、女の細腕では力づくで狂った水夫達と運命を共にさせられただろう。
今まで犠牲になった船にも女の乗客がいた事くらいはあるだろうからな」
また渋い顔をして解説を聞いていた二人だったが、ケリーはしつこく食い下がった。
「じゃ、あの我々を助けてくれた二人の男達はどうなんだよ」
だが、その答えは彼女の背後から届いたのだった。
「それは姐さん、あっしについては、もう歳で男としてお役御免だからでさあ」
「キャプテン、全体を回ってみたが、どうやら乗組員で死んだ奴は一人もいねえな。
あと、そいつは俺に関しては、俺が女に興味がない人間だからだ」
そしてキャプテンは、ようやく合点がいったという感じに笑顔を取り戻した。
「そういや、お前ってそういう奴だったよな。
まあ船乗りにはありがちな事だが。
まさか、そのお前の性癖にこの私が救われる事になろうとは」
「うーん、そうだったかあ。
いや、それにしても老水夫がこうも活躍できる場面があるとは、おそれいったよ。
バーニー、あんたは知恵者で重宝していたので、その歳になっても船から降ろさずに乗ってもらっていたが、それがこのような未曽有の危機に素晴らしく役立ってくれるとはなあ。
世の中は本当にわからん。
これからもその知恵と経験で船を頼むぞ」
「はっはっは。
姐さん、この老骨がまだお役に立てると言うのなら、いつまでも置いてくだされ。
いや、海はいい。
このような出来事にまだまだ出会えるとは。
この爺の人生もまだまだ捨てたものでないわい」
その老水夫の肝の据わりようを聞いて呆れたケリーと豪快に笑うキャプテン、そして彼にしては珍しく、顔に不器用に張り付けたような笑みを浮かべたハーラ。
「爺さん、今回は助かった。
またよかったら、船にいる間にあれこれと話を聞かせてくれ」
「おや、ハーラ。
あんたにしては珍しい、いい心がけじゃないか」
「は! 年寄りは大切にするものだ。
若い者にはない経験などに基づいた知識がある。
それは今の俺にはまだまだ足りない物だからな」
「へえ、あんたにそれほどの敬老精神があったとは意外だね。
それにしても、また一つ海の恐ろしさを思い知らされたよ」
ケリーも思わず身震いをしながら今回の事件を回顧した。
こうして、メリーバロン号を恐怖に陥れた海魔事件は、あの女以外に犠牲を出す事無く無事に収束したのであった。
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