異世界へようこそ、ミス・ドリトル

緋色優希

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第二章 世直し聖女

2-39 屋台の時間

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「なあ、それって何かやっているの?」

 子供達の中でも比較的年齢が高そうな子が訊いてきた。

「アイスクリームという冷たいお菓子を作っているのよ。
 別にあんな事をしなくても作れるけど、あの方が見た目楽しいでしょう」

「ふうん? アイスクリームって何?」

 ふ、そのような事を言っていられるのも今のうちだけさ。
 よし、もう出来た頃かな。

 そして出来上がったと思しきアイスの容器をチャックはカウンターに並べていった。

 私はそれの蓋を開けようかと思ったが、触って思わず叫んだ。

「冷たいっ」

 ちょっと冷やしすぎちゃったかな。
 この分だと、中身のアイスがカッチンコッチンだなあ。

「チャック、蓋を外したら中身をこれで削って、皿に出してみて」

 そう言って、なんちゃってアイスクリームサーバーを数本渡した。

 これも一体何に使う物なのか知らないが、丁度その用途に向いた良さげな物が売っていたので買って来たものだ。

 チャックは器用に触手で蓋を開けて、塩を振った氷の中からもう一回り、いや二回りほど小さい円筒を取り出した。

 そいつの蓋も開けると、容器の内壁に厚めにアイスクリームが張り付いている。

 それなりの量を入れておいたので時間がかかると思って、結構激しくシェイクしてもらったのだが、少々やり過ぎたようだ。

 容器の中身はもう家で準備してあり、現場でパフォーマンスできる支度を整えておいたのだ。

 所詮アイスクリーム如きがどんなに堅かろうが、彼のパワーにかかれば、サイボーグの手に握られたただのナイフがコンクリートをチーズで削る取るが如しに……。

『聖女サヤ、この食品は結構硬いです。
 何かこう軍用糧食によくあるタイプの、砂糖を混ぜて焼結させた【通称名・焼き締め堅パン】に酷似した硬度を誇っているようです。

 触診により、明らかに歯が折れる硬度であると推定します。
 これを大人に比して顎の未発達である子供達に与えるのですかと、本官は聖女サヤに対して疑問を提示いたします』

「あんた、本当に細かい気配りをするわね。
 子煩悩か。

 大丈夫よ、薄く削ってやれば、それはすぐに柔らかくなるわ。
 口に入れるとたぶん熱で溶けるし」

『僕も食べたいー』

「いいわよ。
 はい、そこの良い子達。
 今日は試食販売だから特別に無料なのよー。
 きちんと並んでね」

 チャックは、まずチュールに対して皿へ盛ってスプーンを添えたアイスを差し出し、チュールってば、それはもう美味しそうに食べていた。

 まだ警戒していた子供達はそれを見て喉を鳴らし、殺到してきた。

「はいはい、ちゃんと並んでねー」

 だがそれを見ている男達もいる。
 こんなところで勝手に『商売』を始めたからなあ。

 そっちはアメリが相手をする事になっているのだ。
 ちなみに、私はもう鎖帷子を着込んでいる。
 いつドンパチが始まってもいいようにね。

 そして、案の定『奴』はやってきた。
 マジで来やがったわ。
 こんなにあっさりと。

「それ、美味しい?」

 また壁ちゃんになっているのかよ。
 まあそれを期待して、わざわざ人見知り野郎のために『壁前での待ち合わせ』を企画してやったのですがね。

 あんたって、私にはもう慣れたはずよね。
 あ、もしかして集まった少し擦れた感じの子供達を警戒してる?

 モフモフ着ぐるみに殺到した子供達によって、いとも簡単にフルボッコにされる神獣の姿を容易に想像出来てしまって笑えた。

 次にチャックから渡された皿を『背後に向かって』差し出したら、奴はちゃんとそこで実体化して受け取って食べていた。

 その少し前に馬車がいきなり出現した重量に沈み込むかのような感触があった。
 もっさりとした外見の割には、実に要領のいい奴め。

「冷たくて美味しい~」

 それから慌てて奴は付け加えた。

「でゴンス」

 しばらく会っていなかったら、キャラ作りを忘れられてる?

 っていうか、今までは、わざとゴンスゴンス言ってやがったのか、こいつ。

「お帰り」
「た、ただいま……でゴンス」

「今までどこへ行っていたのよ、ゴンス。
 あんたが勝手にいなくなるもんだから、また大騒ぎになっていたんだからね。

 この子供の群れを捌いたら一回騎士団本部まで帰るよ。
 こんな物騒な準戦闘地帯に、いつまでもいられますかってーの」

「それは無理でゴンス」
「え?」

 そして、次の瞬間に奴は消え失せていた。
 アイスクリームだけは、しっかりと食い終わっていたのだが。

「ええーーーっ」
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