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第二章 世直し聖女
2-22 強者どもが宴の後
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もう会場は死屍累々の有様であった。
ちょっと様子を見に行ったチャックは、どうやら撤収に失敗したらしくて、抵抗虚しく横倒しにされ上に冒険者達が数人座り、奪い取ったビヤ樽ごと最後のエールを飲み干しているところであった。
あー、もう。
とりあえず、私は体当たりしてチャックを転がし、冒険者どもを叩き落として部下を救出した。
「あんたら、もう看板よ。
もう酒も料理も残ってないからね」
「ウイー、そうかあ。
じゃみんな、街に繰り出して二次会へ行くかあ」
「おーっ!」
「飲むべえ」
「あんたら、まだ飲むの⁉」
なんて連中だ。
あの八岐大蛇だって、浴びるほど飲めばちゃんと酔い潰れるものを!
連中が意気揚々と立ち去ってから、半ば体が傾いたような感じに起き上がり、足回りがへたっている態勢のチャックを撫でて訊いておく。
「大丈夫?」
『本官は、敵との戦闘のダメージにより激しく消耗いたしました。
上官たる聖女サヤに休養を申請します』
「受理するけど、今日はたぶんもう一仕事有りそう」
『そ、それはいかなる任務でありましょうか』
あ、若干腰が引けている感じのニュアンスだなあ。
「たぶん、輸送任務ねー。
あのモフモフ野郎の。
ちょっと休んでいてちょうだい。
お疲れ様。
ああ、これあんたが好きなプリンの陶器ね。
いっぱいあるわよー」
『本官は聖女サヤの暖かい配慮に深く深く感謝いたします。
前職場では、このようなケースにおいては罵声しか飛んできませんので』
私は頭を振り振り、もう一度彼を優しく撫でておき、それから探索目標を捜索したが、それはすぐに見つかった。
例の草色の物体と、まるで丸太に捕まった海難遭難者のようにそれに被さっているアホ王太子と、同じくそれを枕にして豪快に鼾をかいている豪傑騎士団長を発見した。
モフモフ野郎の生死は特に確認していないのだが、たぶん生きているだろう。
王太子も微かに鼾をかいているみたいだし、体が軽く上下しているようだから生きているはずだ。
その手に未だに酒瓶を握っているガッツには恐れ入った。
この人は王様になっても、ドワーフ王なんかを迎えた修羅場のような晩餐に参加しても乗り切れるだろう。
きっと部下からもよく慕われる、いい王様になるはずだ。
まあ、今日の狼藉の数々は大目にみよう。
「やれやれ。
ああ、あの人を見つけないと話にならないな」
そして意外なところで見つけた。
彼は死屍累々な回復魔法士と、同じく立ち上がる気力もない彼の家の使用人に対して、厨房で一人黙々と賄い飯を作っていた。
この人も結構付き合いで飲んでいたはずなのだが。
「おお、サヤ。
お前も食べるか」
「リュールさんが御飯を作ってる」
「ああ、騎士団だからな。
野外演習などもある。
上の人間が食事も作らないのでは誰もついてこぬ。
私の作る物はまあまあの評判だぞ」
ああ、それはわかる気がするな。
日頃美味い物を食べているんだから舌は確かだろう。
団長飯はきっと悲惨な肉の塊みたいな奴なのに違いない。
彼の調理に関するセンスは、あのガルさんとどっこいくらいなんじゃないの?
「私も手伝うよ。
きっとみんな、御飯を食べている暇もなかったろうし。
まさか、こんな悲惨な事になるなんて思わなかった。
本日は一体何トンの食材を消費したものやら」
「ははは、今日集まったのは剛の者ばかりだからな。
お前も散財だったな」
「別にいいよ。
ギルドにも貯金は残ってるし、まだ換金出来てない物もたくさんあるんだから。
本日を無事に乗り切れて何より」
こう見えて、チュールともども要領よくつまみ食いはしていたのだ。
そうでなけりゃ、その辺の屍と同じ運命だもの。
私は残りの食材でお茶漬けの準備をしていた。
この世界には漬物まであるし。
鮭の解し身や貝のしぐれ煮なんかも欲しいところだ。
どこかに梅干しがあるといいんだけど。
「あれ、そういやアメリは?」
「そこで満足そうに寝ているぞ。
まあたまにはいいさ。
あれも訳ありで、うちで預かっているのだが、元は豪放な女だ。
これが本来のあいつみたいなものだ」
「そうなのっ!?」
そんな風には見えないんだけどなあ。
まあよく猫が被れているっていうことなのか。
そうか、私と一緒で公爵家預かりになっている子なのね。
一体、何をやらかしたものやら。
私は他に消化に良さそうな、ふわさくスフレを焼きながら、肝心の案件について尋ねてみた。
「ところで、例の草色のおいどんはどうなるの。
とりあえず、うちに運んでおこうかと思うんだけど。
あの騒動の元ネタをここに置きっぱなしにしていくのもなんだし」
「ああ、そうしよう。
チャックに任せていいか?」
「ああ、うん。
一応そう申し付けた。
あいつも散々だったから少し休ませないと。
騎士団の連中が、かつては騎士団を大いに苦しめたチャックのあのざまを見て何と思った事かしら」
かつてというか、つい先日の話なんだけどね。
「はっはっは。
まあ共に酒の席で弾けたのだ。
蟠りのような物も抜けたのではないか。
しかし、冒険者ども、相変わらず無茶をするものだ」
「うん、あなたの親族に逢う日がなんか楽しみになってきたよ」
そしてイケメンな副騎士団長の笑いが騎士団本部に響いたのであった。
ちょっと様子を見に行ったチャックは、どうやら撤収に失敗したらしくて、抵抗虚しく横倒しにされ上に冒険者達が数人座り、奪い取ったビヤ樽ごと最後のエールを飲み干しているところであった。
あー、もう。
とりあえず、私は体当たりしてチャックを転がし、冒険者どもを叩き落として部下を救出した。
「あんたら、もう看板よ。
もう酒も料理も残ってないからね」
「ウイー、そうかあ。
じゃみんな、街に繰り出して二次会へ行くかあ」
「おーっ!」
「飲むべえ」
「あんたら、まだ飲むの⁉」
なんて連中だ。
あの八岐大蛇だって、浴びるほど飲めばちゃんと酔い潰れるものを!
連中が意気揚々と立ち去ってから、半ば体が傾いたような感じに起き上がり、足回りがへたっている態勢のチャックを撫でて訊いておく。
「大丈夫?」
『本官は、敵との戦闘のダメージにより激しく消耗いたしました。
上官たる聖女サヤに休養を申請します』
「受理するけど、今日はたぶんもう一仕事有りそう」
『そ、それはいかなる任務でありましょうか』
あ、若干腰が引けている感じのニュアンスだなあ。
「たぶん、輸送任務ねー。
あのモフモフ野郎の。
ちょっと休んでいてちょうだい。
お疲れ様。
ああ、これあんたが好きなプリンの陶器ね。
いっぱいあるわよー」
『本官は聖女サヤの暖かい配慮に深く深く感謝いたします。
前職場では、このようなケースにおいては罵声しか飛んできませんので』
私は頭を振り振り、もう一度彼を優しく撫でておき、それから探索目標を捜索したが、それはすぐに見つかった。
例の草色の物体と、まるで丸太に捕まった海難遭難者のようにそれに被さっているアホ王太子と、同じくそれを枕にして豪快に鼾をかいている豪傑騎士団長を発見した。
モフモフ野郎の生死は特に確認していないのだが、たぶん生きているだろう。
王太子も微かに鼾をかいているみたいだし、体が軽く上下しているようだから生きているはずだ。
その手に未だに酒瓶を握っているガッツには恐れ入った。
この人は王様になっても、ドワーフ王なんかを迎えた修羅場のような晩餐に参加しても乗り切れるだろう。
きっと部下からもよく慕われる、いい王様になるはずだ。
まあ、今日の狼藉の数々は大目にみよう。
「やれやれ。
ああ、あの人を見つけないと話にならないな」
そして意外なところで見つけた。
彼は死屍累々な回復魔法士と、同じく立ち上がる気力もない彼の家の使用人に対して、厨房で一人黙々と賄い飯を作っていた。
この人も結構付き合いで飲んでいたはずなのだが。
「おお、サヤ。
お前も食べるか」
「リュールさんが御飯を作ってる」
「ああ、騎士団だからな。
野外演習などもある。
上の人間が食事も作らないのでは誰もついてこぬ。
私の作る物はまあまあの評判だぞ」
ああ、それはわかる気がするな。
日頃美味い物を食べているんだから舌は確かだろう。
団長飯はきっと悲惨な肉の塊みたいな奴なのに違いない。
彼の調理に関するセンスは、あのガルさんとどっこいくらいなんじゃないの?
「私も手伝うよ。
きっとみんな、御飯を食べている暇もなかったろうし。
まさか、こんな悲惨な事になるなんて思わなかった。
本日は一体何トンの食材を消費したものやら」
「ははは、今日集まったのは剛の者ばかりだからな。
お前も散財だったな」
「別にいいよ。
ギルドにも貯金は残ってるし、まだ換金出来てない物もたくさんあるんだから。
本日を無事に乗り切れて何より」
こう見えて、チュールともども要領よくつまみ食いはしていたのだ。
そうでなけりゃ、その辺の屍と同じ運命だもの。
私は残りの食材でお茶漬けの準備をしていた。
この世界には漬物まであるし。
鮭の解し身や貝のしぐれ煮なんかも欲しいところだ。
どこかに梅干しがあるといいんだけど。
「あれ、そういやアメリは?」
「そこで満足そうに寝ているぞ。
まあたまにはいいさ。
あれも訳ありで、うちで預かっているのだが、元は豪放な女だ。
これが本来のあいつみたいなものだ」
「そうなのっ!?」
そんな風には見えないんだけどなあ。
まあよく猫が被れているっていうことなのか。
そうか、私と一緒で公爵家預かりになっている子なのね。
一体、何をやらかしたものやら。
私は他に消化に良さそうな、ふわさくスフレを焼きながら、肝心の案件について尋ねてみた。
「ところで、例の草色のおいどんはどうなるの。
とりあえず、うちに運んでおこうかと思うんだけど。
あの騒動の元ネタをここに置きっぱなしにしていくのもなんだし」
「ああ、そうしよう。
チャックに任せていいか?」
「ああ、うん。
一応そう申し付けた。
あいつも散々だったから少し休ませないと。
騎士団の連中が、かつては騎士団を大いに苦しめたチャックのあのざまを見て何と思った事かしら」
かつてというか、つい先日の話なんだけどね。
「はっはっは。
まあ共に酒の席で弾けたのだ。
蟠りのような物も抜けたのではないか。
しかし、冒険者ども、相変わらず無茶をするものだ」
「うん、あなたの親族に逢う日がなんか楽しみになってきたよ」
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