79 / 104
第二章 世直し聖女
2-22 強者どもが宴の後
しおりを挟む
もう会場は死屍累々の有様であった。
ちょっと様子を見に行ったチャックは、どうやら撤収に失敗したらしくて、抵抗虚しく横倒しにされ上に冒険者達が数人座り、奪い取ったビヤ樽ごと最後のエールを飲み干しているところであった。
あー、もう。
とりあえず、私は体当たりしてチャックを転がし、冒険者どもを叩き落として部下を救出した。
「あんたら、もう看板よ。
もう酒も料理も残ってないからね」
「ウイー、そうかあ。
じゃみんな、街に繰り出して二次会へ行くかあ」
「おーっ!」
「飲むべえ」
「あんたら、まだ飲むの⁉」
なんて連中だ。
あの八岐大蛇だって、浴びるほど飲めばちゃんと酔い潰れるものを!
連中が意気揚々と立ち去ってから、半ば体が傾いたような感じに起き上がり、足回りがへたっている態勢のチャックを撫でて訊いておく。
「大丈夫?」
『本官は、敵との戦闘のダメージにより激しく消耗いたしました。
上官たる聖女サヤに休養を申請します』
「受理するけど、今日はたぶんもう一仕事有りそう」
『そ、それはいかなる任務でありましょうか』
あ、若干腰が引けている感じのニュアンスだなあ。
「たぶん、輸送任務ねー。
あのモフモフ野郎の。
ちょっと休んでいてちょうだい。
お疲れ様。
ああ、これあんたが好きなプリンの陶器ね。
いっぱいあるわよー」
『本官は聖女サヤの暖かい配慮に深く深く感謝いたします。
前職場では、このようなケースにおいては罵声しか飛んできませんので』
私は頭を振り振り、もう一度彼を優しく撫でておき、それから探索目標を捜索したが、それはすぐに見つかった。
例の草色の物体と、まるで丸太に捕まった海難遭難者のようにそれに被さっているアホ王太子と、同じくそれを枕にして豪快に鼾をかいている豪傑騎士団長を発見した。
モフモフ野郎の生死は特に確認していないのだが、たぶん生きているだろう。
王太子も微かに鼾をかいているみたいだし、体が軽く上下しているようだから生きているはずだ。
その手に未だに酒瓶を握っているガッツには恐れ入った。
この人は王様になっても、ドワーフ王なんかを迎えた修羅場のような晩餐に参加しても乗り切れるだろう。
きっと部下からもよく慕われる、いい王様になるはずだ。
まあ、今日の狼藉の数々は大目にみよう。
「やれやれ。
ああ、あの人を見つけないと話にならないな」
そして意外なところで見つけた。
彼は死屍累々な回復魔法士と、同じく立ち上がる気力もない彼の家の使用人に対して、厨房で一人黙々と賄い飯を作っていた。
この人も結構付き合いで飲んでいたはずなのだが。
「おお、サヤ。
お前も食べるか」
「リュールさんが御飯を作ってる」
「ああ、騎士団だからな。
野外演習などもある。
上の人間が食事も作らないのでは誰もついてこぬ。
私の作る物はまあまあの評判だぞ」
ああ、それはわかる気がするな。
日頃美味い物を食べているんだから舌は確かだろう。
団長飯はきっと悲惨な肉の塊みたいな奴なのに違いない。
彼の調理に関するセンスは、あのガルさんとどっこいくらいなんじゃないの?
「私も手伝うよ。
きっとみんな、御飯を食べている暇もなかったろうし。
まさか、こんな悲惨な事になるなんて思わなかった。
本日は一体何トンの食材を消費したものやら」
「ははは、今日集まったのは剛の者ばかりだからな。
お前も散財だったな」
「別にいいよ。
ギルドにも貯金は残ってるし、まだ換金出来てない物もたくさんあるんだから。
本日を無事に乗り切れて何より」
こう見えて、チュールともども要領よくつまみ食いはしていたのだ。
そうでなけりゃ、その辺の屍と同じ運命だもの。
私は残りの食材でお茶漬けの準備をしていた。
この世界には漬物まであるし。
鮭の解し身や貝のしぐれ煮なんかも欲しいところだ。
どこかに梅干しがあるといいんだけど。
「あれ、そういやアメリは?」
「そこで満足そうに寝ているぞ。
まあたまにはいいさ。
あれも訳ありで、うちで預かっているのだが、元は豪放な女だ。
これが本来のあいつみたいなものだ」
「そうなのっ!?」
そんな風には見えないんだけどなあ。
まあよく猫が被れているっていうことなのか。
そうか、私と一緒で公爵家預かりになっている子なのね。
一体、何をやらかしたものやら。
私は他に消化に良さそうな、ふわさくスフレを焼きながら、肝心の案件について尋ねてみた。
「ところで、例の草色のおいどんはどうなるの。
とりあえず、うちに運んでおこうかと思うんだけど。
あの騒動の元ネタをここに置きっぱなしにしていくのもなんだし」
「ああ、そうしよう。
チャックに任せていいか?」
「ああ、うん。
一応そう申し付けた。
あいつも散々だったから少し休ませないと。
騎士団の連中が、かつては騎士団を大いに苦しめたチャックのあのざまを見て何と思った事かしら」
かつてというか、つい先日の話なんだけどね。
「はっはっは。
まあ共に酒の席で弾けたのだ。
蟠りのような物も抜けたのではないか。
しかし、冒険者ども、相変わらず無茶をするものだ」
「うん、あなたの親族に逢う日がなんか楽しみになってきたよ」
そしてイケメンな副騎士団長の笑いが騎士団本部に響いたのであった。
ちょっと様子を見に行ったチャックは、どうやら撤収に失敗したらしくて、抵抗虚しく横倒しにされ上に冒険者達が数人座り、奪い取ったビヤ樽ごと最後のエールを飲み干しているところであった。
あー、もう。
とりあえず、私は体当たりしてチャックを転がし、冒険者どもを叩き落として部下を救出した。
「あんたら、もう看板よ。
もう酒も料理も残ってないからね」
「ウイー、そうかあ。
じゃみんな、街に繰り出して二次会へ行くかあ」
「おーっ!」
「飲むべえ」
「あんたら、まだ飲むの⁉」
なんて連中だ。
あの八岐大蛇だって、浴びるほど飲めばちゃんと酔い潰れるものを!
連中が意気揚々と立ち去ってから、半ば体が傾いたような感じに起き上がり、足回りがへたっている態勢のチャックを撫でて訊いておく。
「大丈夫?」
『本官は、敵との戦闘のダメージにより激しく消耗いたしました。
上官たる聖女サヤに休養を申請します』
「受理するけど、今日はたぶんもう一仕事有りそう」
『そ、それはいかなる任務でありましょうか』
あ、若干腰が引けている感じのニュアンスだなあ。
「たぶん、輸送任務ねー。
あのモフモフ野郎の。
ちょっと休んでいてちょうだい。
お疲れ様。
ああ、これあんたが好きなプリンの陶器ね。
いっぱいあるわよー」
『本官は聖女サヤの暖かい配慮に深く深く感謝いたします。
前職場では、このようなケースにおいては罵声しか飛んできませんので』
私は頭を振り振り、もう一度彼を優しく撫でておき、それから探索目標を捜索したが、それはすぐに見つかった。
例の草色の物体と、まるで丸太に捕まった海難遭難者のようにそれに被さっているアホ王太子と、同じくそれを枕にして豪快に鼾をかいている豪傑騎士団長を発見した。
モフモフ野郎の生死は特に確認していないのだが、たぶん生きているだろう。
王太子も微かに鼾をかいているみたいだし、体が軽く上下しているようだから生きているはずだ。
その手に未だに酒瓶を握っているガッツには恐れ入った。
この人は王様になっても、ドワーフ王なんかを迎えた修羅場のような晩餐に参加しても乗り切れるだろう。
きっと部下からもよく慕われる、いい王様になるはずだ。
まあ、今日の狼藉の数々は大目にみよう。
「やれやれ。
ああ、あの人を見つけないと話にならないな」
そして意外なところで見つけた。
彼は死屍累々な回復魔法士と、同じく立ち上がる気力もない彼の家の使用人に対して、厨房で一人黙々と賄い飯を作っていた。
この人も結構付き合いで飲んでいたはずなのだが。
「おお、サヤ。
お前も食べるか」
「リュールさんが御飯を作ってる」
「ああ、騎士団だからな。
野外演習などもある。
上の人間が食事も作らないのでは誰もついてこぬ。
私の作る物はまあまあの評判だぞ」
ああ、それはわかる気がするな。
日頃美味い物を食べているんだから舌は確かだろう。
団長飯はきっと悲惨な肉の塊みたいな奴なのに違いない。
彼の調理に関するセンスは、あのガルさんとどっこいくらいなんじゃないの?
「私も手伝うよ。
きっとみんな、御飯を食べている暇もなかったろうし。
まさか、こんな悲惨な事になるなんて思わなかった。
本日は一体何トンの食材を消費したものやら」
「ははは、今日集まったのは剛の者ばかりだからな。
お前も散財だったな」
「別にいいよ。
ギルドにも貯金は残ってるし、まだ換金出来てない物もたくさんあるんだから。
本日を無事に乗り切れて何より」
こう見えて、チュールともども要領よくつまみ食いはしていたのだ。
そうでなけりゃ、その辺の屍と同じ運命だもの。
私は残りの食材でお茶漬けの準備をしていた。
この世界には漬物まであるし。
鮭の解し身や貝のしぐれ煮なんかも欲しいところだ。
どこかに梅干しがあるといいんだけど。
「あれ、そういやアメリは?」
「そこで満足そうに寝ているぞ。
まあたまにはいいさ。
あれも訳ありで、うちで預かっているのだが、元は豪放な女だ。
これが本来のあいつみたいなものだ」
「そうなのっ!?」
そんな風には見えないんだけどなあ。
まあよく猫が被れているっていうことなのか。
そうか、私と一緒で公爵家預かりになっている子なのね。
一体、何をやらかしたものやら。
私は他に消化に良さそうな、ふわさくスフレを焼きながら、肝心の案件について尋ねてみた。
「ところで、例の草色のおいどんはどうなるの。
とりあえず、うちに運んでおこうかと思うんだけど。
あの騒動の元ネタをここに置きっぱなしにしていくのもなんだし」
「ああ、そうしよう。
チャックに任せていいか?」
「ああ、うん。
一応そう申し付けた。
あいつも散々だったから少し休ませないと。
騎士団の連中が、かつては騎士団を大いに苦しめたチャックのあのざまを見て何と思った事かしら」
かつてというか、つい先日の話なんだけどね。
「はっはっは。
まあ共に酒の席で弾けたのだ。
蟠りのような物も抜けたのではないか。
しかし、冒険者ども、相変わらず無茶をするものだ」
「うん、あなたの親族に逢う日がなんか楽しみになってきたよ」
そしてイケメンな副騎士団長の笑いが騎士団本部に響いたのであった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは


「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。


【完結】逆行した聖女
ウミ
恋愛
1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる