異世界へようこそ、ミス・ドリトル

緋色優希

文字の大きさ
上 下
49 / 104
第一章 幸せの青い鳥?

1-49 地獄のインターバル

しおりを挟む
 他の回復魔法士達も全員が私の提案にもれなく苦笑していた。
 普通なら、とてもそんな事を他人に要求できないというか、してはいけないのだが。

 相手に向かって死ねと言っているのと同じ、いや死ぬような大怪我を延々と超苦痛と共に負い続けてくれと言っている訳だから、なお悪い。

 世の中には、死ねというよりも死ぬなという方が悪い場合もあるし、まさにこれこそはその究極のパターンだろう。

「まあ、ここはそこまでやらないといけないシーンなんでしょうね。
 私達は後方で下がってきた人のケアや補給を担当するわよ。

 サヤ、あんたは言い出しっぺなんだから、チュールと一緒に前線の補佐ね。
 自分への回復も絶対に忘れるんじゃないわよ。
 ヤバかったら、一旦後方へ引きなさい。
 アメリさん、よく見ておいてあげてね」

「はあい。頑張りまーす。
 ね、チュール」

『サヤって冒険者には絶対に向かない人。
 こんな事ばかりしていたら、いつか絶対に死んじゃう』

「うわあ……きょ、今日だけは頑張ろうよ。
 ね、ね?」

『しょうがないなあ。
 あとでシュークリーム、いっぱい作ってね』

「任せて~」

 馬に人参、チュールにシュークリーム。
 今日だけは絶対に凌がなくては、乗り切らなくてはならない。

 ファイト、小夜。
 ま、まあ、魔物と直接ファイトするのは騎士さん達だけどね。

「安心してください、サヤ。
 半分黒焦げになって呻きまくっていても、生きていてくれさえすればこのアメリが聖水アイテムを持ってあなたを回収に行きますから。
 私、そういう仕事は慣れていますので」

 この人、そのために来ていたのか~。
 思ってたのとだいぶ違った!

「う、その地獄、自分にもブーメランが来たか~」

「当り前ですよ。
 前線の兵士さんのサポが出来るのは、曲がりなりにも聖女たるあなただけなのですから」

「で、ですよね~。
 それはなるべくやりたくないので、黒焦げにされる前に回収に来てくださると嬉しいですね」

 そして我々はそのあまり嬉しくない戦場へと到着した。

 魔物と騎士や近衛兵が入り乱れ、苦鳴が王宮の通路に木霊した。

 通路が魔物に比して狭すぎるので囲んで戦うなんて事も無理だし、そいつの懐を越えて背中に取り付くのも無理がある。

 魔物が飛び上がったら、魔物の背中でぺっちゃんこになる。

 そいつは八本足でぺったりと車高の低い、蜥蜴系の怪物だ。
 それでもかなりの体高がある。

 ここでの有利な戦闘を進められる魔物のチョイスなのだ。

 鱗や皮もパッと見ただけでも随分と固そうだ。
 騎士達にとっては地獄の一丁目の光景でしかない。

 下手を討つと回復が切れて即死は免れない。
 騎士さんにしろ、私にしろ、どっちが下手を売っても戦線は確実に崩壊する。

 私は全員に手早く順番にリジェネート・エクスペリエンスをかけた。
 光の戦士十人前、出来上がり!

「現在戦闘中の各員に次ぐ。
 増援の騎士団十名が参った。

 我らが戦闘を引き継ぐので、諸兄らは全員、一旦後方へ下がり魔法支援と補給を受けられよ。

 その後で我らと合流して、それを滅する。
 我らの支援魔法が消える前に、最低半数は戻られよ」

 その掛け声に全員がふうっと息を吐いた。

 偵察の騎士から話は聞いていたので、無理して踏ん張ってくれていたみたい。
 お蔭でまだ死人は出ていないようだった。

「ありがたい。
 こいつは本当にしぶといぞ。
 では一旦お任せいたす」

「任されよ。
 さあ怪物よ、神話の時代の英雄には遠く及ばぬが、僭越ながらパルマ騎士団小隊長ハッサンがお相手しよう。
 者ども、ここが踏ん張り時であるぞ」

 そして、奴のド真ん前で選手交代を支援するために際どく牽制していた彼が、台詞を言い終わった途端に真っ先に吹き飛んだ。

 台詞を言い終わるまで待ってくれていたの? って思うくらい絶妙なタイミングだ。

 こういうのをヘイトコントロールっていうのだろうか。
 少し違う気がする。

 あれって確か敵の突進があっても踏ん張らないといけないから、自分が吹き飛んじゃダメなんだよね。

「あ、尻尾だ」

 なんと異様なほど長い尻尾がなんと、魔物の前方にヒュンっと伸びてハッサン小隊長を打ち倒したのだ。

 あれは自分の体長の二倍以上の長さがありそうだ。
 それが怪物の背の上でヒュンヒュンと唸りを上げて動き回り威嚇している。

 それを知って、思わず引き攣る他の騎士達。

「みんな頑張って。
 早めに増援を送るから」

 そして、まずは非道にも倒されたばかりのハッサン氏にエクストラ・ヒールをぶち込んで無理やりその場に立たせておく。

 それから戻ってきた人の中から割合とダメージが少なそうな騎士三名にリジェネート・エクスペリエンスをかけ、その場でアイテムを押し付けるようにポーチごと渡して、休む間もなく強引に押し出して放り出した。

 休憩も無しでそうされた相手の顔が引き攣っているのはわかったが、とりあえずの増援を出しておかないと戦線が崩壊する。

 さっきまでは十六人でやってたんだもんね。
 私は笑顔でこう言って送り出した。

「聖女サヤから出陣の祝福を!」

 この後にパルマ騎士団内で、『鬼畜聖女ゴブリンセイント』などという、ありがたくないニックネームがついてしまいそうなほどの下種展開だったが、まあそこはみんな!
「生きてこそ」という事でね‼

 残りのメンバーを回復させ、少しだけど休憩させてアイテムなどを渡してから、リジェネート・エクスペリエンスをかけて送り出して交代させた。

 そして、今度はちゃんと休ませた。
 特にあの無理やり送り出した三人は。

 心なしか、彼らの私を見る目がいじましい気がしたが、そこは持ち前の強心臓で耐える事にした。

「よし、ハッサン小隊長。
 じゃあ次は彼らを戻したら、リジェネート・エクスペリエンスだけかけて戻すわ。

 そっちもなるだけ頑張って継続して。
 ヤバそうだったら聖水を使ってもいいし、私を呼んでくれてもいいわ。

 チュールもいてくれるから、短時間ならリジェネート・エクスペリエンスとの併用で支援のために前線へ出られます。

 でもブレスはなるべく牽制してね。
 駄目ならチュールを前に出すわ」

「心得た。
 しかし、あの魔物のしぶとい事。
 だいぶダメージは受けておるようなのだが、なかなか倒れぬ」

「そうかあ。持久戦になるとちょっと辛いね。
 騎士さん達の精神がザクザク削られそうだし。
 それが最大の闇だわ」

 そういう訳で、彼らを前線へ出した。
 そして、鬼畜なトンボ返りに関しては既に伝達済みなので、全員が諦めて魔法支援を待ってくれていた。

 リジェネート・エクスペリエンスを受けた端から、騎士や近衛兵士達から次々と戦線へと休憩抜きで舞い戻り、そして八面六臂の戦いぶりを見せてくれた。

 強烈なダメージを受けては回復するを絶えまなく繰り返しながら。

 それを、もうワンターン緩む事無く続けた後、魔物はいきなり痙攣し、ついにはどうっと倒れた。

 上がる歓声と勝鬨かちどき
 みんな汗を拭きながら、いい顔で互いの健闘を湛えていた。

「皆さん、やりましたね!
 こいつは収納に入れて御土産に持って帰りましょうか。

 魔物はあと二匹だけど、今頃リュール副団長の方はどうなっている事やら。
 とりあえず少しだけでも休憩をしてから行きましょう。
 まだ先は長そうですから。
 御疲れ様です」

 しかし、王宮の中はもう戦闘後で無茶苦茶な有様だった。
 これの修繕は大変だなあ。
 特に盛大に焼けているところはね。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

最後に報われるのは誰でしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。 「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。 限界なのはリリアの方だったからだ。 なので彼女は、ある提案をする。 「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。 リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。 「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」 リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。 だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。 そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】逆行した聖女

ウミ
恋愛
 1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m

処理中です...