異世界へようこそ、ミス・ドリトル

緋色優希

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第一章 幸せの青い鳥?

1-43 異世界(後天性)聖女の胸間

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 食後に部屋で頬杖をついてボーっと考え事をしていたら、私付きのメイドのアメリさんが、ふいにこう言った。

「サヤ様、よろしかったのですか?
 あなたのような他所の世界から来た普通のお嬢さんが、この世界の歴史の裏側の、王国の血塗られた舞台に参加する必要は特にないのですよ」

 でも私もにっこりと笑って、いつもにこやかなのに真顔で訊いてきたメイドさんに応えた。

「でもあなたはメイドなのに参加するのでしょう?
 たぶん、当日の私の世話とかの名目で。

 それに彼は自分の事だけならば、王命に背いてでも私を呼んだりせずに聖水の提供だけを求めるに留めるわ。

 きっと王命で死地に立つ自分の部下達のためにあえて呼ぶ事にしたのよ。
 当日に何があるかわからないから。
 彼らも私によくしてくれている人達だから死なせたくないな」

 それにもう一つ彼女に言わない事があったけれど、もういっそ私があの馬鹿を何かの動物を使って暗殺出来ないかと考えるくらいには事態が酷い状況であったのだ。

 このまま行くと、最後に待っているのは戦争、へたをすると宗教が絡んだ非常にまずいタイプの大戦争になりかねない。

 ここは超怖い宗教分裂国家なのだ。
 そういう意味で、あの第二王子は超要注意人物なのだ。
 だから、隣国と組んだ狼藉が酷くてもここまでは殺されなかった。

 でも、彼は完全に一線を越えてしまった。
 国家の安全保障上、もう生かしておく方が害悪となったのだ。

 その戦争の原因になるのがこの国の王子という事になるのは何としても避けたい事態であろう。

 また私にとっても、心ならずもその引き金を引いてしまったのが、私が持ち込んだあのガルさんの抜け毛はねという大変不名誉な事になってしまうのだ。

 あの王子を始末してなんとかなるのなら、その方が絶対にいい。
 そうでないと死人の山くらいでは済まない事になる。

 すべてが焼け野原の地獄絵図だ。
 それがどこまで広がるものか誰にもわからないくらいの。

 とにかく国家情勢を見て、ついに王様が事態を看過できないところまで来てしまい、自分の息子を殺すと固く決めたのだ。

 それをもう一人の、表舞台からは既に降りている息子にやらせるという非常の決断。

 あのイケメン王太子も、本当は野に下った弟などに今更やらせずに自分の手でやりたかっただろうな。

 それに王国としては、返り討ちの可能性を考えればリュールにやらせるしかない。

 それでも命懸けの任務を果たした彼に、表向きの恩賞はないのだろう。
 すべては裏の舞台での出来事なのだから。

 リュールや他の騎士が死んでも、何もかもが病死や事故死として片付けられる。
 私は彼らにそんな風に死んで無銘の墓に収まってほしくない。

 どうせなら名誉ある戦死の方がいい。
 彼らは誇りある騎士である事を選んだ人達なのだから。

 彼女も、もう何も言わなかった。
 そして最後に一言、「お休みなさいませ」と言って出て行った。

 明日はおやすみなさいどころじゃないからな。
 今晩はよく寝ておこうっと。



「サヤ。サヤ! 起きておくれでないか?」

「むふーん、イケメンだあ、ムニャムニャ」

「アメリ」
「かしこまりました」

 それらの会話を遠い記憶として夢の世界で遠くに聞き流していた私は、次の瞬間に床へ転がっていた。

 そして強い衝撃に目を白黒しながら起き上がった。
 というか、布団を抱き締めながら床の上に女の子座りをしていた。

 こ、これは。
 もしかして、アメリさんに布団を引っ張って転がされたのか⁉

 可愛い顔をして、なんてワイルドな起こし方を。

「あれ、私のイケメンはどこ?
 あ、おはようございます。
 夢だったか。
 いや、こっちのリアルなイケメンもまた」

「呆れたものだ。
 お前は本当に図太い神経の持ち主だな。
 もう昼に近いぞ」

「しまった、朝御飯が」

 それを聞いて二人とも笑っていた。
 なんというか、結構それまでは緊張した空気を纏っていたらしいのだが。

「早く支度しろ。
 今から騎士団本部まで行く。
 お前の分の弁当はもう用意してある」

 そしてしばしの間、私は床から彼と見つめ合う形となり、アメリが軽く咳払いをした。

 だが彼は気が付かず、じっとそのまま私を見下ろす態勢で待っている。
 仕方がないので声をかけてあげた。

「あのお、副団長閣下。
 もしかして私の着替えを御手伝いくださいますので?」

 そう言いながら、にっこりと彼に笑いかけてパジャマの前ボタンを上から外しにかかる。

「おお、そうか。そうだな、すまん」

 すぐさま踵を返して彼が部屋から出て行くと、アメリは嘆息した。

「リュール様もパッと見には落ち着いているように見えて、内心かなり来ていますねえ」

「あー、単に私が子供扱いされているだけなんじゃない?」

「御戯れを。
 貴族王族の社会では、たとえ小さなお子様でも立派にレディ扱いされますから」

「そういうものですか」
「ものです」

 そう会話してから、お互い同時に噴き出したみたいに堰を切ったかの如くに笑い出した。

 泣いても笑っても今夜はもう討ち入り、そして私達は共にその戦場に行くのだ。
 気張り過ぎたっていい事なんか何もない。

「じゃあ、元気に行ってみようかあ。
 おいで、チュール」

『やっと起きたー。
 サヤの寝坊助。
 朝御飯美味しかったよー。
 今朝はサヤの大好きな特製卵焼きがあったのに』

「おっと、そいつはしまったね!
 この小夜ともあろうものが、なんという不覚」

 こうして、私の『討ち入り聖女の日』は幕を開けたのだった。
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