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第一章 燃え尽きた先に

1-2 いきなりの電撃劇場

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「うわあああ」
 俺は叫んでいた。

 目を瞑ったまま、ただただ叫んでいた。
 火事場で、ただ叫んで走り回る事しかできない人のように。

 燃える、俺の体が燃えてしまう。
 今日、今から俺は死ぬ。

 いきなり訪れた不条理な災禍に、無慈悲な終わりが来るのを、俺はただ目を瞑ったまま待った。

 だが、いつまで経っても終末の闇黒はやってこない。
 そして激しい音がする。

 なんだか、何か金属をぶつけ合うような激しい音が幾つもした。

 だが、そこでおそるおそる目を開けて見たものは。
 黒い甲冑の兵士、そして広がる戦場。

 悲鳴が上がり、人が血塗れで倒れている。
 ここはどこだ、何か庭園みたいなところ⁉

 何故、いきなりこんな場所へ。
 どうやら映画のロケではなさそうだ。

 俺は体が燃えてしまって死んだんじゃないのか。
 自分の体を見たが、別に青い炎に包まれてはいなかった。

 まさか、ここは地獄⁉
 俺は死んで地獄へ落ちたとでもいうのか。
 これは亡者と地獄の番人の戦いなのか。

 そんな。まあ確かに生きているだけで世の中には散々迷惑をかけてきてしまったけれど、俺にそんな意思はまったくなかったのだから。

「母さん!」
 当然、呼んでも母親の応えはない。

 ふと視界の向こうに、白い石造りのような平屋の美しい造形の建物が見える。

 周りを見ると、美しいよく手入れされた木々が計算の元に配置され、足元はきちんと刈られた芝生のような物だった。

 だが鎧の兵士は迫る。
 俺に向かって剣を振り上げて。

 そいつらが顔の見えない全身甲冑を着ていてもわかる。
 伝わる。
 その下の恐ろしい形相が、殺意が。

 時間がその経過を緩やかに刻み始めた。
 自分の時が加速していく。
 相手はその分スローモーションに変わっていく。

 ああ、これは!
 確か、自分の生命が危うくなった時などに起きるような現象だ。
 マズイ、こいつは俺を殺す気だ。

 ヤバイ、でもこれは夢?
 いや、でもこの頬を撫でる風の感じは!
 紛れもない現実の、物理的な世界の感触だった。

 座り込んでいた俺はスローモーションの時間の中で行動に意思を込めた。

 やがて俺が自分の体を動かそうとする意志に反応するように、スローモーションの世界は解呪され、そのまま前に倒れ込むようにして夢中で手を伸ばした。

 俺は加速する時間の中で本能的にそいつの金属製の足先に触れるや否や、生涯初めてといっていいほどのレベルの強力な電撃を、これまた自らの意思で初めて放った。

 迂闊にも、選りにもよってこの電撃体質な俺の前で金属鎧なんていう致命的な物を着込んだ相手になら、もしかして俺の力が通用するかもしれない。

 それが俺にとって一縷の望みだった。
 だが、そこに現れた光景は、俺の予想を遥かに上回る物だった。

 それは巻き起こる炎、いや超強力な電撃がもたらしただろうプラズマの災禍なのであろうが、それはいつもの俺がもたらす災厄である静電気の強力版とは、これまた大きく異なるような超強力で凶悪なものであった。

 そいつは燃えていた。
 あろうことか、その金属鎧ごと燃えていた。
 まるで、この俺が燃えていたあの時のように。

 轟々と凄まじい青い高温の炎に包まれて、
 そして一歩も動く事無く『燃え尽きていった』。

 金属さえも一瞬に溶け落ちて、そして悲鳴の一つも発される事もなく、一切全てを飲み込んで燃え尽きていった。

 その様が俺の凍り付いた脳裡に焼き付いたが、全く訳が分からなくて唖然呆然の有様であった。

「なんだ、何が起きているんだ」
 ありえない光景に心を奪われていたが、ふと我に返ると周りの騒音が、痺れていた耳を、聴覚を蘇らせていた。

「おお、おおおお」
 そこは凄惨な殺し合いの場であった。

 打ち下ろされる西洋剣は日本刀などのようには切れず、相手の体を鈍い音でひしゃげさせる。

 打撃武器が相手の体を鎧ごと叩き潰し、体を覆うその鎧の隙間から血飛沫を上げさせていた。

 鎧の隙間に剣を刺すなどという教科書通りの生易しい戦いではない。
 ただ相手を殺すためだけに打ち据え、叩き潰す。

 悲鳴や苦鳴、そして雄叫びが轟く、それはまるで古代の戦場だった。

 銃弾が飛び交い、砲声の轟く現代の戦争とは、また違った恐ろしさがそこにはある。

 まるであの幕末の新選組の、身も蓋もないほど苛烈な斬り合い突き合いの、その西洋剣バージョンのような有様であった。

「な、な、な、な、な」
 俺は腰が抜けてしまい、すぐそこにあった何かに全力で縋りついた。

 そしてすぐに気がついた。それが誰かの衣服なのだと。

 ふと見上げると、困ったような顔で自分の服が脱げてしまわないように抑えている、歳の頃は十三歳くらいではないかと思われる金髪翆眼の美少女がいた。

 俺を見るその視線は別に非難する風でもなく、ただただ全てにおいて困っているかのように俺を見下ろしていた。

 華奢そうなお腹の辺りまで伸ばした髪が風になびいて、その柔らかさを主張していた。

「ふああああ、すいません~」
 俺は慌てて彼女のスカート、いやセパレートタイプの、やや古風なデザインのドレスと思われる衣服の裾を放し、飛び退って平伏した。

 だが彼女は驚愕を露わにし、俺がずり下げかけていたスカートを整えるのが精一杯のようだった。

 なんというか、お姫様のような格好、あるいは貴族か金持ちのお嬢さんといったところか。

「マズイ。よりにもよってこんな戦場のような場所で少女が変態に出会ったら、そりゃあびっくりするだろうな。
 もしかしたら俺って痴漢みたいな罪状で逮捕されるの⁉」 

 正直に言って、このような場面で俺は明らかに思考が混乱しているのではないかと思う。

 一体何がどうなっているのか。

 すべてがまるで夢のようだが、俺が金属鎧の戦士に向けて放った電撃は間違いなく本物だ。

 あの冷ややかな鎧の感触も夢とは思えない。

 すべてが映画を見ているかのように進行しているのに、その感触だけが妙に生々しい。

 俺はもしかして、あの青い炎で現実に人を殺してしまった⁉

 そして平服の姿勢から体を起こしてみると、その場に立ち尽くす少女は唇を戦慄かせながら、持ち上げた右腕の震える指で俺の後ろを指差した。

 それを馬鹿のように見上げている間抜けな俺。

 少女は、これまた震える声で何かを言っているようなのだが、さっぱり意味がわからない。

 どこの言葉なのだろうか。

 だが今一度、後ろの戦場に向かって振り向けば、もう一切の説明は不要だった。

「うわあああっ、敵の御代わりかあ! いらねーよ、そんなもん!」

 そして思わず突き出した右手の掌から、そのでかい剣を振り上げているすぐそこまで迫ってきていた三人の甲冑戦士に向かって、雷の放電の如くに電撃が放たれた。

 それはまるで水平に飛ぶ電撃光線⁉
 それは凄まじく激しく奴らを燃え上がらせた。

「うわわわ、なんじゃこりゃあ。
 俺の静電気体質が、とんでもなくアップしている!?」

 俺の頓狂な叫び声に、少女が目を見開いて見ている気配が背後から感じられる。

 すると、奴らの仲間らしき兵士が数十人ほど、こちらへ向かって集まってきた。

 あたりを見れば、味方というか、さっきまで戦っていたそいつらの敵のような者達は全員地に伏していた。

 その数は僅か五人か。やはり戦いは数だった!
 少なくとも蛮族のような打撃剣での殴り合いでは。

 倒れている兵士達は装備でも些か、いや相当に劣っているかのように見える。

 やられて倒れ伏した側は通常の警戒装備のようで、今生き残っている方は完全なる戦場装備だった。

 姿が見えないだけで他にも犠牲者はいるのかもしれない。
 あの建物の中にとか。

 向こうはフルプレートで大剣を装備しているのだが、こっち側は明らかに軽鎧とわかる装備で剣も些か小さめの物だ。

 動きの素早さで多少のアドバンテージはあったはずなのだが、少ない数で無防備な味方を守らねばならない不利は厳しかったのだろう。

 敵は防備も堅いし。
 彼らは持ち堪えられずに、すでに全滅していた。

 ピクリとも動かない彼らはやはり全員絶命しているようだった。
 なんというか、頭を割られているような感じに。

 これはもう、ほぼ撲殺に近い。
 だから金属の兜って必要なのだな。

「やべえ、こりゃあ俺も死んだかなー!」

 だが、俺の背中に少女が縋りついた。
 そうか、主に狙われていたのはこの子だったのかー!

「へいへい、がんばりまっす。
 俺だってまだ死にたくねえや。
 やい手前ら、何のつもりか知らないが、このシーンで銃の一丁も持っていないのは運の尽きだな」

 俺は左手で右手首を掴み、手の平を連中に向けて夢中で念じた。
 再度の電撃攻撃、そんな事が出来るのかどうかもわからない。

 さっきは、ただただ無我夢中だったのだ。
 だがやってみた。

 今度は離れた場所から意識的に手から電撃を放ってみたのだ。
 何故、俺にこんな事が出来るのかよくわからない。

 もしかしたら相手が全身金属鎧を着ているせいなのだろうか。

 雷が落ちそうな時に、あんな鎧を着ていたら、さぞかしマズイだろうなあ。

 だが、それは目を焼くほどの電光を放ち、それがゆっくりと左右に動かされ前方にいたすべての敵を薙ぎ払い、こちらへと向かって来ていた兵士達数十名全員を青い焔で包んだ。

 相手は鎧を着込んでいるので、まるでロボットと戦っているような感じで、人を殺したという現実味は妙に薄い。

 それにやらないと、俺絶対に死ぬし!

 俺は油断なく周りを見回したが、他に敵はいなそうだ。

 幸いにして、俺にしがみついていた少女が感電するような事はなかった。
 さっきはこの可能性は考えていなかったな。

 この電撃は常に俺や家族などを長年悩ませ続けてきた、あの情け容赦のない強力静電気とは異なり、標的を意識的にコントロールできるものらしい。

 ふうっと大きく息を吐き、そして両の膝も自然に落とすかのように地面に着いた。

 手はさっきの態勢で突き出したまま。
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