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第二章 探索者フェンリル

2-49 お帰り

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 ぐだぐだ言っていたマーカスのおっさんも、とうとう諦めてアンディに手を引かれるまま、彼女の後をついていった。

 まだ往生際悪く、帽子は深く被っていたようだったが。しかし、こんなところにも第一王妃一派の被害者がいたとはな。

 そしてまた、そんな人物とこんな風に巡り合ってしまうのは、神の子としての因果なのかねえ。あのルナ姫と出会い、この地へとやってきたのも、またそういう物の一環なのだろうな。

 一種の運命のようなもの、そういうものが何かを紡いでいくというのであれば、やがてもっと違う何かとも巡り合う事もあるのかもしれない。

 それがフェンリルである俺の宿命たる、あのオーディンの一派でないと誰に言えるだろう。

 俺は、あの日本で最後に俺が体験した不可思議な出来事を思い出していた。あの死神とかいう奴の寄越した手紙にも、よくわからない事が書いてあったしな。あいつは一体何者なのだろう。

 そして、連れていかれた先の広間で、当主であるアルカンタラ王妃の父親アスタリカ伯爵が現れた。

 あの第一王妃のせいで苦労したのだろう。その威厳のありそうな長方形のがっしりとした顔立ちにも多くの皺が寄り、口髭はその髪同様に真っ白だ。

 まだ五十歳といったところだろうか。そう老け込むような年でもないだろうに。体もがっちりとした感じで、送検な感じではあるのだが。その体には数年分の深い心労が染み込んでいるようだった。

「これは、神の子たるフェンリル様、お初にお目にかかります。先日は、娘アルカンタラ、そして孫達も救っていただいて、まことにありがとうございます。

 この前は留守にしておりまして、ご挨拶ができませんで。そのうちにご挨拶をしに参らねばと思っていたところなのですが、何分にもあのジル王妃の一派とは折り合いが悪くて、王宮へはもう久しく顔を出しておりませぬゆえ」

 ああ、わかるわかる。もう何年もご無沙汰が過ぎちゃうと、特に問題が無くなってからでも、なんとなくこう行き辛くなっちゃうよね。

 そして、彼はマーカスの前へと歩みより、そっとその帽子を取った。そこには涙でぐしゃぐしゃになったおっさん、マーカスの顔があった。どうやら、顔を見なくても本人だと判別できる、この家では家族のような間柄だったらしい。

「だ、旦那様……」
「お帰り、マーカス。お前には本当に済まない事をしてしまった。許しておくれ」

「いえ……勿体のうございます。本当に……」

 そして伯爵は彼をそっと抱きしめ、その年よりも老けた顔の眦にうっすらと涙を浮かべた。おっさんは声もなく、そのまま男泣きに泣いていた。二人はしばらくそうしていたが、やがて離れ当主は言った。

「お前が無事に帰ってきてくれて、ようやくあの忌まわしい日々が終わったような気がする。エルンストには可哀想な事をしてしまったが」

「奴がどうかなさいましたか」
「死んだ。ルナの護衛をしている時にな」

「そ、そうでしたか。あの手練れだったあいつが。なんという事だ」

 あら、そういや元々エルンストってこの家に仕えていた人なんだったな。そりゃあ顔見知りだろう。年の頃も似たようなものなのだし、おっさんのあの様子を見るにつけ、二人は仲が良かったのかな。

「ところで、どうだ、マーカス。せっかく帰ってきてくれたのだ、復職してくれぬか。実は、そこのフェンリル様がデリバードをご所望でな。お前の腕を見込んで、なんとかしてもらいたい。どうも、お前が家を出て行ってから奴らも碌に卵を産んでくれぬ」

 はい? どういう事、それ。俺の激しく真剣な物問いたげな視線に、ご当主自ら説明してくれた。

「いや、彼マーカスはデリバードの世話をさせたら天下一の選任育成員でしてな、またそのことが……」

 彼は最後まで台詞を言う事ができなかった。何故なら、俺がマーカスのおっさんに飛び掛かっていたからだ。

「な、何を」
「なさいますかもへったくれもあるかあ。酷いぞ、マーカス。あんたってば、そんな重大な秘密を命の恩人に対して内緒にしているなんて!」

 だが、マーカスの頭を齧らんばかりに彼に迫った俺の頭を、ハリセンで叩いてスパーンっと鳴らした奴がいた。

「いい加減にしねえか、旦那。眷属に恥をかかせるんじゃないよ、まったくもう。ほれ、どうどう。マーカス、すまないな。この狼の旦那ときた日には、あのデリバードとかいう鳥にもう夢中でな。あそこの階層に行ったのも、この魔石を手に入れるためだったのだ」

 そう言ってアレンが見せた魔石を皆が不思議そうに眺めた。

「その綺麗な色の魔石が何か?」
 当のマーカスも不思議そうに訊いてきたが、にやにやしながら説明してやった。

「馬鹿め、このテンプテーションの魔石こそ、笹の花を咲かせることができる偉大な魔石なのだ。手に入れるのに苦労したぜ」

 俺だから易々と手に入れられたのだが、生半可な冒険者だと、ダンジョンと共生関係にあるドライアドに余計なちょっかいをかけて手に負えない怪物をけしかけられて始末されるか、ドライアドの養分にでもされるのが関の山だからな。

 あの誘惑は並みの人間だと、まず振り切れない。あいつは伊達に十六階層にいるわけじゃないのだ。

「なんと、そんな物で笹の花が咲くのだと⁉ そいつは貴族御用達の、夜の生活などに用いられる品ではないではないか」

 デリバードの総管理責任者である伯爵も驚いていたが、マーカスはなんとなく納得顔だ。

「なるほど、植物も誘惑されて、花も咲かせるというわけですな。あれは滅多に咲かぬゆえ、デリバードの大量発生など目にできる事もないわけなのでありますが。しかし、よくそのような事をご存知でしたね」

「ああ、うちの黒小人の棟梁であるドラゴンのファフニールから聞いたのさ。もう笹の花を使ってデリバードを発情させるための道具もあるんだ」

 俺はそう言って、ベノムから貰った試作品のマギ・アロマポットを取り出した。

「はあ、よくまあ、そのような物をお作りになられるものですな」

「ふふふ。うちは神ロキ御用達の黒小人が揃っているんだからな。アイデアさえあれば、大概の物は作れるのじゃないかな。こればかりは主神オーディンにだってできない芸当なんだぜ」

 それを聞いて、呆れたのか感心したのかよくわからないような顔をしている三人。だが、これでやっと仕事にかかれるというものだぜ。
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