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第二章 探索者フェンリル
2-48 意外な再会
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おっさんの悲鳴をエコーとして響かせながら、俺達は降下を繰り返した。
アレンは階層毎に様々な姿勢でダイビングを楽しんでおり俺もそうしたかったのだが、背中にしがみついているおっさんを落としてしまうといけないので、本日は自粛しておいた。
二階の通常ゾーンへ辿り着くと、おっさんは汗びっしょりで安堵していた。
「いやあ、私は高いところが苦手でして。まあ、このポータルはまだよいのですがねえ」
だったら、何故塔へ登ったのか。ああ、このおっさんだと、ここしか入れてもらえなかったんだね。
楽々、巨大エレベーターで高価していく間も、おっさんは下を見ていない。勿体ないな。みんな、高い金を払ってこれを体験しに遠くから遊びに来る代物だというのに。
おっさんの分まで俺は楽しんでおいてやった。同乗の貴族の坊ちゃんらしきお子様が、俺にもう釘付け。
尻尾で誘ってやったが、親が一緒なので寄ってこなかった。なかなか躾が行き届いている。釣れなかったか、残念。
降りる際には、わざと尻尾でふわさっと顔を撫でてやったら嬉しそうにして、別れ際に笑顔を向けた俺に向かって可愛く手を振ってくれた。
気をよくした俺は、おっさんに向かって言った。
「さあ早く王都へ行こう。その前にちょっと寄りたいところがある」
もちろん、あの頑固者の鳥さんのところだ。さあ、思う存分ハッスルさせてやるぜ、堅物の鳥どもめ。どんなに気取っていたって、しょせんは畜生なのだからな。
俺は、おっさんを背に乗せて、さっとユグドラシルを出ると、のんびりモードで夏の街道を駆けた。
「ふう、こうして走っていただくと、この季節でも涼しくて快適ですなあ」
「なんだったら、もっと速度を上げてやろうか」
「いえいえ、こういうものは適度にしておくのが良いものでして」
「はっはっは。まあ、あんたの歳じゃあそうなんだろうなあ」
そして、俺は二人を乗せて軽やかに駆け抜け、馬車や魔物を追い越していった。そして、お目当ての伯爵家へと向かった。だが、おっさんが何故か挙動不審になっていく。
「ん? どうした」
「あ、いえ。ここは」
「第三王妃アルカンタラ様のご実家であるアスタリカ伯爵家だが、それが?」
「そ、そうですか」
おっさんは急に項垂れてしまった。
「なんだ、ここがどうかしたのか」
「あ、ああいえ、別に何でも」
そう言いながら、おっさんは俺が日除けに渡してやったアレンのお下がりのテンガロンハットを深く被り直した。
それは、どう見ても『別に何でも』という態度じゃねえよなあ。まあ、おっさんの事情に構っている場合ではないのだ。あの気取り屋のデリバードどもに思い知らせてやらないとな。
俺は石垣で囲まれた、ゆったりとした趣のある伯爵家の門番のおっさんに陽気に声をかけた。
「よう、ただいま」
門番も笑って返答をくれる。
「お帰りなさい、スサノオ様」
神の子を一員として迎え入れる。それはもはや座敷童を囲うのと同義語かもしれない。
この座敷狼は、美味しい名産の鳥を飼っているだけで勝手に寄ってくるしな。まるで我が家であるかのように、堂々と勝手に入り込んでいく俺。
普通なら、こんな巨大な狼が勝手に入り込んだら剣や槍・弓なんかを持った人達が押しかけてきてしまうのだがね。
だが、彼もじっとこちらの方を見ていた。そして、何故か俺に向かって深く礼をした。なんだろうな。
俺はきょときょとと周りを捜した。顔見知りのアンディを捜しているのだ。
「お、いたいた。おーい、お姉さん」
お姉さんというよりは、お母さんという雰囲気を丸出しな彼女だったが、ここはお姉さんと呼ぶのがお作法である。
「あら、お帰りなさい。どうかなさったの」
「ふふ。枯れ木に花を咲かせましょう~」
「は?」
なんだかよくわからなくて、素っ頓狂な声を上げた彼女。この人もお帰りなさいって言ってくれるんだな。
いっそ、ここ住みというのもありか。まあ、俺の足なら王宮からもすぐそこなんで別に構わないが、王宮にいた方が子供達と遊ぶのに都合がいいからな。
だが、彼女は何故か俺ではなくて、俺の背に乗った乗客にじっと目線を向けていた。
もちろん、アレンはとっくに自前の足で歩いているので、乗客なんて一人しかいないのだ。そして、アンディは彼にも、こう言ったのだ。優しく、本当に優しい声色で。
「お帰りなさい、マーカス」
彼は少し震えて、帽子を深く被って胡麻化そうと思ったようだが、帽子を被ったままで見破られてしまったので、諦めて応えを返した。
「ただいま、アンディ」
「おや、二人とも、お知り合いだったのかい」
「ええ」
そう言ってアンディは俺に歩み寄り、彼の手を取った。そして軽くその手を引いたが、彼が下りてこないので、もう一度引いた。
「あの頃はよくこうして、小さかった私の手を引いてくださいましたね、マーカスおじさま。皆、あなたを待っていたんですよ」
「アンディ、俺は」
「何も言わなくていいのよ。別にあなたが悪かったわけではないのですから。すべては、あの第一王妃と、背後の国家のせいなのです。
でも、あなたはアルカンタラ様を守るために、一人ですべての責を負い、出ていってしまった。でも、いつかきっと帰ってきてくださると思っていました」
「しかし、アンディ。私は」
仕方がないな。俺は、なかなか下りる踏ん切りのつかない奴のために、ストンっと床にしゃがみ、よっという感じに背中の乗客を残して、するりと股の間をすり抜けた。間抜けな蟹股のような格好で着地したおっさんに俺は言い放った。
「諦めて、皆に挨拶をするんだな、マーカスのおっさん。これこそ、神の子の思し召しっていう奴なのだからな」
アレンは階層毎に様々な姿勢でダイビングを楽しんでおり俺もそうしたかったのだが、背中にしがみついているおっさんを落としてしまうといけないので、本日は自粛しておいた。
二階の通常ゾーンへ辿り着くと、おっさんは汗びっしょりで安堵していた。
「いやあ、私は高いところが苦手でして。まあ、このポータルはまだよいのですがねえ」
だったら、何故塔へ登ったのか。ああ、このおっさんだと、ここしか入れてもらえなかったんだね。
楽々、巨大エレベーターで高価していく間も、おっさんは下を見ていない。勿体ないな。みんな、高い金を払ってこれを体験しに遠くから遊びに来る代物だというのに。
おっさんの分まで俺は楽しんでおいてやった。同乗の貴族の坊ちゃんらしきお子様が、俺にもう釘付け。
尻尾で誘ってやったが、親が一緒なので寄ってこなかった。なかなか躾が行き届いている。釣れなかったか、残念。
降りる際には、わざと尻尾でふわさっと顔を撫でてやったら嬉しそうにして、別れ際に笑顔を向けた俺に向かって可愛く手を振ってくれた。
気をよくした俺は、おっさんに向かって言った。
「さあ早く王都へ行こう。その前にちょっと寄りたいところがある」
もちろん、あの頑固者の鳥さんのところだ。さあ、思う存分ハッスルさせてやるぜ、堅物の鳥どもめ。どんなに気取っていたって、しょせんは畜生なのだからな。
俺は、おっさんを背に乗せて、さっとユグドラシルを出ると、のんびりモードで夏の街道を駆けた。
「ふう、こうして走っていただくと、この季節でも涼しくて快適ですなあ」
「なんだったら、もっと速度を上げてやろうか」
「いえいえ、こういうものは適度にしておくのが良いものでして」
「はっはっは。まあ、あんたの歳じゃあそうなんだろうなあ」
そして、俺は二人を乗せて軽やかに駆け抜け、馬車や魔物を追い越していった。そして、お目当ての伯爵家へと向かった。だが、おっさんが何故か挙動不審になっていく。
「ん? どうした」
「あ、いえ。ここは」
「第三王妃アルカンタラ様のご実家であるアスタリカ伯爵家だが、それが?」
「そ、そうですか」
おっさんは急に項垂れてしまった。
「なんだ、ここがどうかしたのか」
「あ、ああいえ、別に何でも」
そう言いながら、おっさんは俺が日除けに渡してやったアレンのお下がりのテンガロンハットを深く被り直した。
それは、どう見ても『別に何でも』という態度じゃねえよなあ。まあ、おっさんの事情に構っている場合ではないのだ。あの気取り屋のデリバードどもに思い知らせてやらないとな。
俺は石垣で囲まれた、ゆったりとした趣のある伯爵家の門番のおっさんに陽気に声をかけた。
「よう、ただいま」
門番も笑って返答をくれる。
「お帰りなさい、スサノオ様」
神の子を一員として迎え入れる。それはもはや座敷童を囲うのと同義語かもしれない。
この座敷狼は、美味しい名産の鳥を飼っているだけで勝手に寄ってくるしな。まるで我が家であるかのように、堂々と勝手に入り込んでいく俺。
普通なら、こんな巨大な狼が勝手に入り込んだら剣や槍・弓なんかを持った人達が押しかけてきてしまうのだがね。
だが、彼もじっとこちらの方を見ていた。そして、何故か俺に向かって深く礼をした。なんだろうな。
俺はきょときょとと周りを捜した。顔見知りのアンディを捜しているのだ。
「お、いたいた。おーい、お姉さん」
お姉さんというよりは、お母さんという雰囲気を丸出しな彼女だったが、ここはお姉さんと呼ぶのがお作法である。
「あら、お帰りなさい。どうかなさったの」
「ふふ。枯れ木に花を咲かせましょう~」
「は?」
なんだかよくわからなくて、素っ頓狂な声を上げた彼女。この人もお帰りなさいって言ってくれるんだな。
いっそ、ここ住みというのもありか。まあ、俺の足なら王宮からもすぐそこなんで別に構わないが、王宮にいた方が子供達と遊ぶのに都合がいいからな。
だが、彼女は何故か俺ではなくて、俺の背に乗った乗客にじっと目線を向けていた。
もちろん、アレンはとっくに自前の足で歩いているので、乗客なんて一人しかいないのだ。そして、アンディは彼にも、こう言ったのだ。優しく、本当に優しい声色で。
「お帰りなさい、マーカス」
彼は少し震えて、帽子を深く被って胡麻化そうと思ったようだが、帽子を被ったままで見破られてしまったので、諦めて応えを返した。
「ただいま、アンディ」
「おや、二人とも、お知り合いだったのかい」
「ええ」
そう言ってアンディは俺に歩み寄り、彼の手を取った。そして軽くその手を引いたが、彼が下りてこないので、もう一度引いた。
「あの頃はよくこうして、小さかった私の手を引いてくださいましたね、マーカスおじさま。皆、あなたを待っていたんですよ」
「アンディ、俺は」
「何も言わなくていいのよ。別にあなたが悪かったわけではないのですから。すべては、あの第一王妃と、背後の国家のせいなのです。
でも、あなたはアルカンタラ様を守るために、一人ですべての責を負い、出ていってしまった。でも、いつかきっと帰ってきてくださると思っていました」
「しかし、アンディ。私は」
仕方がないな。俺は、なかなか下りる踏ん切りのつかない奴のために、ストンっと床にしゃがみ、よっという感じに背中の乗客を残して、するりと股の間をすり抜けた。間抜けな蟹股のような格好で着地したおっさんに俺は言い放った。
「諦めて、皆に挨拶をするんだな、マーカスのおっさん。これこそ、神の子の思し召しっていう奴なのだからな」
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