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第二章 探索者フェンリル

2-47 神に祈りし者

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「ああ、助かりました。いや本当にありがとうございます」

 その風采の上がらなそうな男は、埃で真っ黒というか土埃や泥塗れになり、人間なのか猿系の魔物なのかも判別がつかないくらいだったので、収納から大量の水をぶっかけて洗い流してやった。

 見事にパンツ一丁の裸の猿が出来上がったので、それからアレンに浄化の魔法を唱えさせ綺麗にしてみたら、あちこち怪我や打ち身だらけだった。

 仕方がないので高価なポーションを使って治療してやった。幸いにして、致命的な怪我などは負っていないようだった。

 俺の体は頑丈な上に、回復力はプラナリア並みなのだが、他人を治療する力はないのでお薬頼みだ。滅茶苦茶に高い薬なので、よく効くがな。

「あんた、何故そんな裸も同然の格好でこんなところにいるんだ」

「ああ、私はマーカス。冒険者をしておったのですが、どうしても大金が必要だったので無理やり上級冒険者を紹介してもらい、このような階層まで一緒に来たまではよかったのですが、パーティの手に負えないような怪物が出現したのです。

 そして、ほとんど役に立たない私は身ぐるみ剥がれ、囮として逃げ回る羽目になりました。そして、あそこに落っこちまして、そのままですわ」

 うわあ、モブ全開のおじさんだな。よく観察すると、もうすぐ初老と言ってもいいような年頃だ。まあ生きていただけ奇跡やな。

「とりあえず、裸のおっさんとこんなところでお見合いなんて、罰ゲームでしかないのでこれでも着ておいてくれ」

 そして、おっさんは礼を言って服を着込みながら、ようやく話している相手がアレンではなく狼の俺なのに気がついたようだ。

「あれまあ、狼さんが喋っておられる。あなたは一体」
 俺は礼によってロキの紋章を発動し、自己紹介に代えた。

「おお、あなたは神の子フェンリル様。ありがたや、ありがたや。あの中で動けない間、ずっと神に祈っていた甲斐がありました」

「ちなみにそれ、何の神に?」
「それはもう、ありとあらゆる神に。もちろん、ロキ様にも」

 もう節操がないな。まあ、お蔭で神の子が来てくれたわけなのだが。普通は浮かれて疾走中に、か細いおっさんの声なんかに気がつかないよな。

「それにしても、ひでえ話だ。アレン、こういう事はやってもOKなのか」
 だが、彼はうんざりしたように言った。

「いいわけがないだろう。そういうものはギルドに報告されたら、かなりの罰則があるぜ。ただ、やられた側とやった側に力の差があると報復を恐れてギルドに言い付けたりはしないケースも多い。やった連中もそのおっさんが生きて帰るなんて想定していないのだろう」

 嫌だねえ。俺はあたりを見回したが、件のそのとんでもない怪物の姿はどこにも見当たらない。よかったな。

 俺の場合、あの手の奴と一回揉めるとダンジョンがむきになって連鎖的に怪物が湧いてきそうなので。本当はこうやって上の階層に留まるのも、あまりよくない事なのだ。

「俺達は王都へ帰るんだが、一緒に帰るかい」
「ええ、お願いします。もうここにいたってどうしようもないので」

 俯いてそう答えるおっさんの声は、そのまま声に引っ張られて暗い海に沈んでいくのではないかというほどに暗い。

 そういや、金が要るとか言っていたな。金どころか、身ぐるみ剥がれて命までも無くす羽目になるところだったわけなのだが。

「まあ、命があっただけ儲けものさ。気を落とすな」

 俺はアレンに言って、そいつを背に乗せさせると再び疾走した。今度はかなり速度を落として。

 このおっさんはアレンのように、俺の速度に耐えられるような技量は持ち合わせてはいないだろうからな。

「ひいー、早い早い」
 おっさんの悲鳴を半ば楽しみながら、アレンが笑顔でおっさんの肩を叩いた。

「この狼が本気で走り出したら、お前さんなんか掴まってはいられないぜ。まあ、王都へ行くまでは辛抱しな」

 これでもインターネットの速度なんかだったら映画の再生とかができなくて、利用者がぶちきれるほどスピードを落としているんだけどね。

 おっさんの悲鳴を後方に流しながら、俺は軽やかに逆十倍速で駆けていったのだった。まあ魔石は手に入れたし、偶然とはいえ神の信徒は救出したしで、俺は大変御機嫌であった。

 神を信奉する物に手を差し伸べるのは、神の子として功徳を積むことになると言われていたので、こういう時には力を惜しまない事にしている。

 力を惜しむというか、貢献したのは特技的な内容だけであまり何もしていないのだが。器用な眷属がいてよかったことだ。

 今度は黒小人に頼んでオープンタイプに屋根をとっぱらわせて、自分で操作してみるかな。こういう作業に使うのならクレーンの方がいいかもしれない。

 ホイストでアレンあたりを救助員として送り込むのもいいな。ヘリがあるといいが、あれは操縦が難しいし、俺が乗り込むのは無理がありそうだ。さしずめ、ミドガルド救助隊とでも名乗っておくか。

 やがて、階層からのスカイダイビングの時間がやってきたので、お手本としてアレンが飛んだ。

「なあ、おっさんも楽しんでみる?」
「け、結構です。私、あなたのお背中が大好きですなあ」

「そうかあ、滅多に体験できないアトラクションなんだがなあ」

 なんというか、両側からアレンと俺で手を繋いでやって、輪になって降下するスカイダイビングの真似事をしてみたかったのだが。いつかルナ姫とこれで遊ぶかな。
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