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第二章 探索者フェンリル

2-37 憧れの地鶏

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 仕方がないので、葵に強請られた鳥の餌は十分に渡しておき、彼女達と別れた。まあせっかく巡り合ったのだから仲良くやってほしいもんだ。

 メガロの肉もまた葵に渡しておいた。シンディが狂喜していたし、葵の購入に積極的だったシンディと、あの毒舌鳥もすぐ仲良くなったようだ。

 毒舌を向けられる係はミルとベルミの二人になるんだな。葵も女の子なのだし、お喋りなので女の子のパーティにはぴったりなのかもしれん。ちょっと従順で可愛いロイとのギャップが激しいかもしれないが。

 俺は今ちょっとやりたいことがあった。それは、あの鳥の事だ。むろん、あの鳥と言うのはベルバードではなく、第三王妃の実家にいるという美味いと評判の鳥の事だ。

 俺も食ってみたいし、ルナ姫や他のみんなにも食べさせてやりたい。さあ、幻の鳥よ。俺の生まれ故郷の名古屋コーチンと勝負だぜ。

 俺は、翌日の朝っぱらから浮かれた足取りで頭にロイとフィアを乗せたまま、のこのこと第三王妃のところへとお邪魔した。

「アルカンタラ王妃さま~」
 語尾にハートマークがついているのじゃないかという感じの浮かれた声で、俺は犬撫で声を出してみた。

「あらあら、スサノオ様。どうなさいまして」
 以前のピリピリした感じはすっかり抜けて、穏やかな表情の王妃様は、俺が召喚した地球製高級家具のソファでゆっくりと寛いでいた。

 アルス王子はお昼寝の時間だ。というか、赤ん坊は基本的に寝ているものだが。ほどよい採光で柔らかさを伴った明るさの部屋は、彼女の笑みと調和して居心地のよい空間となっていた。

 アルス王子もまた心穏やかな事だろう。何の夢を見ているのだろう、天使のような寝顔だ。きっと僕らのヒーロー、フェンリルマンの活躍シーンか何かだろう。

 俺は、それはもう御機嫌に尻尾を振りまくり、完全に笑顔を作って舌をはあはあさせていた。動物ってみんな、結構それとはっきりわかる感じに笑うんだよね。

「いやね、ほら例の」
「えー、何だったかしらね」

「いやあ、お代官様ったらお惚けがお上手で。ほら、例のご実家の鳥さん!」
「ああ、バードザウルスの事ね」

 俺はずっこけて、ひっくり返ってしまった。ぴくぴくと四肢を振るわせながら、見事に瀬死の狼さんの出来上がりだ。

 ロイとフィアは空気を察して、瞬間的に退避している。また俺の『いつもの』が始まったといった感じで。

「そ、そんなあ。しどいわ、しどいわ、もう王妃様ってば。バードザウルス~? もう俺の純情を返して。美味しいっていうから、すっごく期待していたのに。あれの事だったのかあ~」

 おれは四肢を子供の用にばたばたさせて泣き喚いた。

「おほほほ、ごめんなさいねー。いや、あなたってそんなにあれが食べたかったの?

 でもまあ、元はバードザウルスなのだけれど、今は改良されて全く別の生き物になってしまっていますけどね。見かけも味も」

 味も。俺はその一点にのみ反応して、その場でシャキンっと表返った。我ながら現金だと思うが、尻尾の揺れが止まらない。

「えーとね、じゃあ乳母のアリーナを案内に出してあげるから、いってらっしゃいな。たぶん、あなたが思っているのとは違うものではないかと思うのだけれど」

 んー、何か気になる言い方をするな。俺はじーっと王妃様の顔を見ていたのだが、彼女はにこにこしたままだった。

「まあいいや。美味しいのですよね、それは」

「ええ、それだけは保証するわ。王室御用達なのよ。量が出せないので申し訳ないのだけれど。特別な外交行事などの時にしか出せない、ほぼ珍味ね。値段はつけられない品よ」

 元になったバードザウルスがあれだけ美味しかったのだ。さらに食肉用に改良されたそいつが美味くないはずがないのだから、期待に喉が鳴る。

 あっという間に御機嫌を直した俺はアリーナさんに案内されながら、浮き浮きとした軽やかな足取りで彼女の馬車を追っていた。

「ねえねえ、乳母さん。まだ着かないのー」

「ほっほ、まあまあスサノオ様はせっかちでございますね。今、王宮を出たばっかりじゃあありませんか」
「だって、待ち遠しいんだもの」

「ほほほ。姫様、ああいや王妃様のご実家はこの王宮とユグドラシルとの中間くらいですよ。まあ馬車で二時間もすれば着きますので」

 この馬車は比較的高速で走り、時速十キロで持続して走れる。地球の馬に馬車を引かせたり大荷物を背負わせたりすると、時速五キロ程度が関の山だし休ませてやらないと足が上がってしまう。

 映画の中では派手に突っ走る西部劇の馬だって、普段はガンマンを乗せて歩いているのだ。ガンマンも自分で荒野を歩くのが嫌なので、休み休み馬を歩かせるのだ。でも待ち切れなーい。

「そういや、アリーナさんが来ちゃってよかったのかな。アルス王子の世話は?」

「お乳は王妃様ご自身がお与えになりますし、他にもお世話係がおりますので。私はアルカンタラ様のお世話係をしておりましたので実家から呼ばれてきたのですよ」

 そうだったか。まあ疎まれ者だった王子様も、今は皆から愛されているしな。

 俺はそんな感じで乳母さんと、同じような会話を繰り返していた。周りには冒険者や商人の馬車がひっきりなく通り、中には馬を飛ばして馬車を抜き去っていく、ソロらしい冒険者もいた。

 魔法が得手で馬に魔法をかけているのだろう。馬も競馬新聞に足取り確かと書いてもらえそうな感じに楽しそうに走っていた。

 思わず一緒に駆けていきたくなるような雰囲気をまとっていたが、今日は自制する。またグリーに跨った熟練の冒険者チームが駆けていった。こいつらは羽根を広げて走るので、なかなかド派手なのだ。

 今日の俺はダンジョンの冒険とはまた違って心を湧き立たせていたのだ。
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