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第二章 探索者フェンリル

2-24 ただいま

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「ただいまー」
 顔見知りの門番にはウインクだけして挨拶すると、ひらりっとそれなりの高さのある塀と言うか鉄製の柵をヒラリっと飛び越えると、そのまま王宮内の石畳の広い通路を駆けた。

 芝生の緑を後方に流しながら、そのままの勢いでテラスへと飛び乗った。

 そして着地前に収納から足拭きマットを四枚放り出し、その上にピタっと着地して拭き拭きしていると、これまた顔見知りの掃除のおばさんと目が合った。

「ただいま」
「ああ、お帰りなさい。いや、さすがは神の子。その心遣いが嬉しいねえ」

「ふふ、恐れ入ります。ああ、おばちゃん。これダンジョンの御土産」
 俺はそう言って最初に買い漁った奴の中から、お菓子の箱を取り出した。

「おやおや、嬉しいねえ。あのダンジョンまでなんて、なかなか行く事もないしね」
 まあ、あくまで掃除のおばさんなのであって、『スイーパー』ではないですからね。

 もっとも観光地なので一般の人も大勢いらっしゃるのですが。外国からの賓客も王都近郊の観光スポットの中では人気ナンバーワンらしい。

 それから、ルナ姫のというか、第三王妃の居室に行った。騎士団の連中とお茶会の最中だ。普通、騎士団はお茶会に参加していたりしないのだが、この王妃の方針というか雰囲気、そしてうちの連中の事だから自然にそうなるらしい。

 今はお客様もいないようだし。お茶請けは唐揚げではなくて、日本からお取り寄せのスーパーのお菓子だ。クリームウエハースみたいな奴。もっかのところ、そいつが王妃様のお気に入りなのだ。

「ただいまー、ルナ王女は?」
「あの子は今、お勉強の最中ですよ。お帰りなさい」

 アルス王子は、彼女の隣に置かれた柵付きのお立ち台っぽい感じにつくられたベビーベッド風のスペースで、俺に手を振ってくれている。乳母さんも一緒で、その隣で一緒にお茶をしていた。

「ただいま、アルス王子」
 そう言って鼻面を寄せてやると、笑顔のまま両手で可愛くお鼻を掴んでくれる。

 この国では将来、幼い王子様と守り神である黒狼の物語が伝え残されるのかもしれない。うっかりすると、悪魔のような姿のフェンリルマンの伝説が残ってしまいそうで怖いのだが。

 今回も見事にやらかしましたしね。でもフェンリルマンは王子様のお気に入りなんだぜ。

「まあ、なんでも凄い大立ち回りだったそうですね」

「あはは、お恥ずかしい。俺が一緒だと、なんだか魔物もグレードアップされるらしくて。何なんでしょうかね、あのダンジョンっていうものは。あ、これ御土産っす」

 そう言って渡した箱入りお菓子を見て何故か笑う王妃様。それほど悪い物には思えないのだが。ただパッケージがね、あの塔の絵姿なのだがマンガっぽいデザインだ。

「あれ、これはお嫌いだったかな」

「いえいえ、実を言うと、これはうちの陛下が考案した、いわばネタ土産の一つですの。箱のデザインとも相まって面白い味になっていて、乾菓子で日持ちもいたしますので結構諸侯には国への御土産として人気ですのよ」

 何をやっているんだ、あの王様は。この国じゃあ、そんな事まで王の仕事のうちなのだと。あの人って、あれこれ困った事態に陥る中でも、案外と人生を楽しむ余裕があるのかもしれない。

 くそう、王の策略に引っかかって、その奥さんに間抜けにも旦那の考えたネタ土産を買ってきてしまったぜ。きっと、寝物語に国王を喜ばせる事になるのに違いない。

「ところでスサノオ殿。『戦果』のほどは?」
「うむ、喜べサリー。唐揚げにぴったりの獲物も二種類いたぞ。ガイドさん付きでがっつりと手に入れてきたから」

 何しろ、もう買い取っていただけないくらいの数を討伐したからな。

「ほお、さすがは旦那だ。そういや、メガロが出たって?」

「出るわ、出るわ。それはもう往生こいたぜ。残念ながら、あれは唐揚げには向いていなかったが」
 だが、それを聞いたサリーが物凄い顔をしたので王妃様が噴き出しそうな顔をしている。

 なんというか、まるで当主である父を失ってしまった悲しみを表してみましたみたいな感じで。なんというか、昔の恐怖漫画で一世を風靡した漫画家さんのキャラのような凄まじい顔をしてこっちを見ている。

 バリスタの野郎も失望を隠しきれない渋い顔をしているし。本当にこいつらって唐揚げが好きだよな。俺は慌てて付け加えておいた。

「あ、案ずるな。あれはステーキの方が美味すぎたんだ。俺が昔いた食い物に非常に拘る国でも、あれを唐揚げにはせん」
 松坂牛だの神戸牛だのA5肉は唐揚げにしたりしないよな。

「そうですか。そいつは楽しみですね」
「どうせなら、この間やれなかったバーベキューにしようか。アメリカンスタイルのステーキパーティも悪くないな」

「その前に唐揚げの試食ですな。して食材は?」
「こいつらだ」

 俺は王妃様の居室で、こんな物を出すのはどうかと思ったのだが、ウサギと鳥のサンプルを取り出した。まあ居室といっても中庭に面した庭付きテラスにいるのだが。

 よく考えたら、ここは暗殺されそうだった人がいるのに相応しくない場所だったのでは。あるいは見方を変えれば、攻めやすい場所を残しておいたからこそ、防衛には向いていたのかもしれないのだが。

「あら、この魔物懐かしいわ」
「え」

 この王妃様、もしかして見かけ通りの人じゃあないのかな。そういや、ルナ王女は魔法を使うが、あれはどっちからの遺伝なのだろう。

「あの頃、まだ私が王妃ではなく、ただの伯爵令嬢だったころのお話です。人目を忍んで逢引きするのに、あの塔はピッタリの場所でした。

 私達を見かける冒険者達も、そっと見て見ぬ振りをしてくださっていました。上層のテラスで、月と星を見ながら愛を語り合い、五階で獲った獲物で腹を満たしました。

 あの頃の、おそらく添い遂げる事はできないだろうとお互いに思っていた関係はその中で燃え上がったのですわ」

 えーと、あの脳筋そうな王様と二人でパーティを組んで、もっと上層で会っていたのだと。あそこまで上るのに時間がかかるんじゃないのか。

 もしかすると、国王ないしこの第三王妃には、うちのアレン並みの能力があるのかもしれない。なんか、この王妃様への見方が変わっちまいそうな勢いだ。

 一見すると、たおやかな深窓の御令嬢出身にしか見えないのだが、もしかしたらあのアマンダを思わせるような雰囲気だったのかもしれない。

 だがあの肉好きのシンディのようだったという線も捨てがたい。何しろ五階のグルメな魔物に拘っていたくらいだからな。あのシンディにもいつか淑女となるような日がくるのだろうか。
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