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第二章 探索者フェンリル

2-9 難行苦行

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「ついに来たぜ、ダンジョン。いやユグドラシル・タワー」
 俺はワクワクしながら、仔山羊か仔狼のように少し飛び跳ねていた。

「ええい、子供か。まあ初めてきたら、そんなものか」
「大きな狼さんには、この登山も苦にはならないんでしょうよ」
「もうこっちは毎回毎回これで、うんざりしちまうぜ」

 あらあら、皆さん冷めていらっしゃる事。これが物見遊山とお仕事の差と言う奴ですか。俺達は三階には目もくれずに、タワー・ダンジョンにチェックインしてから、そのまま続けて登っていくのだった。

 代り映えのしない螺旋の道のりばかりに俺は早くも退屈していた。ここは階段ですらない幅十メートルくらいの坂だ。広いようで、交通量を考えると案外と狭い。

 対面通行の具合によっては、互いに通り過ぎるのも困難が生じるほどの狭さだ。大型乗用車が歩行者や自転車を避けながら、対抗から来る大型乗用車を避けるような感覚か。

 向こうも同じだからな。たまに怒号がどこかから聞こえてくる。もしかしたら、一度に人間を逃がさないための措置なのかもしれない。この状態で出口を閉じられたら立往生だ。

 ここの坂道を勢いよく転がり落ちていったら他人を巻き添えにして大惨事になってしまうのだが。

 後続の人が途切れた時に少し試してみたら、下りは加速度が減少してある程度行くと止まってしまう、物凄い親切設計になっていた。そういうやり方で早く逃げ出す事も不可ですか。おっかないね。

 下界の景色はよく見られるのだが、例の透明な壁があって転落防止にもなっている。新人冒険者がどたばたやっているのがよく見える。

 基本給だけだとかなり安いので、討伐の実績給が欲しいらしい。獲物は少ないのだがな。

 ここは高さが僅か百メートルに過ぎない階層なので、景色はさほど壮大でもない。ちょっと高い建物から見晴らすような感じか。

「なあ、どこまで上るのさ。せっかくだからお土産屋を冷やかしていきたかったのによ」

「ええい、低い階層じゃあ稼ぎが少ないのよ。時間とグリーの体力が続く限り上るのよ。あたしたちは、いつも五階層くらいで狩りをしているから」

 五階層という事は、床の厚さも含めて、おそらくは標高が千メートル程度という事か。しかし、それは実質的に下から三番目だから低い階層に入るのではないのだろうか。何故低い階層と言い張るのか。

 気圧なんかはどうなっているのだろう。今のところ、酸素マスクは必要ないようだ。ほぼ一気圧を保っているようだし。

 これも、おそらくはダンジョンがそのように調節しているのだろう。塔の形をしているので、外にも通じているはずなのだが、塔の周りにあの透明な壁が張られているのかもしれない。

 そうなると、外から入れないかもしれないな。ギルマスはそんな事は言っていなかったが、あまりそういう事を試したがる奴もいないのだろう。

 まあその時は、あの二階層でピクニックするか。貴族の子供もたくさん遊びに来ていたし、俺や騎士団がいれば国王も駄目とは言うまい。

 あそこも展望テラスのようなものがあって、少し覗いただけだが、なかなか見ごたえがあった。なんてサービス精神にあふれたダンジョンなんだろうな。

 日本でいえば、東京のスカイツリーあたりから富士五湖や琵琶湖、浜名湖などの湖がある景勝地が拝めるようなものだ。正確には眺められる景色はカナダやアルプスなどの美しい湖沼地帯のようだというか。

 この塔は、螺旋状に塔の外周内壁に設けられた道を登っていくのであるが、一階層を登りきる道のりがおよそ三十キロメートルといったところか。

 それでも、かなり勾配はキツイ。あのエレベーターを設置しておいてくれればいいのだが、あれはいざという時に、この塔の中から人間を逃がさないためのものなのだろうから。

 いざという時って何なんだろうな。ここの一階層などグリーどもなら頑張れば二時間かからずに登り切れるのであるが、何しろ結構な数の冒険者が列をなしている。

 その大半を占めるのが、初心者で徒歩の連中だ。なるべく邪魔にならないように壁際を歩いているのだが、何しろ遅い。

 行きは登りで体力を消耗する上、帰りは探索の後で疲れ切っているのだし。登山は下山の方が体に堪えたりする。重力が仇を為すのだ。登りと下りが同時に通るので、無茶な事はできない。

 グリーにとっても邪魔者が多くて速度は出せないのだ。ギルドからは、他の人間の邪魔をしないで登り降りをするように言われている。

 いかんせん、この三十キロの登山による消耗は上級の冒険者にも皺寄せが行くのだ。特に下層での渋滞はいらいらする。そいつらは上に行ったきり帰ってこない奴も多いらしい。

 探索していて上級に上がれる実績が積めても、下山しないと認めてもらえないので馬鹿らしいから、ランクを上げずに塔にそのまま住み着いている奴らも多いのだそうだ。

 退屈凌ぎに、そんな話をしてくれる彼女達。しかし、すごいな。だって一階層につき三万メートルもの道のりを冒険者が引きも切らずに行き来していて、駆け上がったりできないんだからな。

 俺はやろうと思えば、狼のフットワークでやれちゃうんだけどね!

「すごいな、いつもこうなのかい」

「まあ、ここはまだ下の方だからね。上へいけば空いているけど、思わぬリスクもあって、却って損耗率を考えると割に会わないのさ。少々実力があっても五階層あたりがまあいいとこっていうのが、うちらの結論なの。安全第一よ」

「そうそう。背伸びした連中が駆けあがっていったきり戻ってこないのも、何度となく見ているからね。命あっての物種よ」
「夢がないなあ」

「狼にダンジョンで夢を語られてもな。とにかく、五階から上へ行きたいなら一匹で行くか、また仲間を募る事だね。

 まあ、どっちかというと、あんたが面倒を見る羽目になるのは保証するけど。本当に実力のある奴らは、文字通り『雲の上』の場所にいるのさ。案外と、そいつらなら、あんたと気が合うかもな」

 きっと、『いい景色が見たかったから登ってみた』とかいう連中が多いんだろうなあ。いや、確かに気が合いそうな連中だ。

 そういう奴等はかなり上のランクの奴なのだろう。そうでなければ、そこを楽しめるはずなどないからな。
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