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第一章 荒神転生

1-2 名前

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「ふんふんふん」
 俺は鼻歌交じりで割と綺麗そうな野原を歩いていた。

 俺の全長は四メートルあまり。まあ北欧神話のフェンリルも最初は普通の狼と同じ大きさだったというが。あの爺さんも相当でかいって事だよな。

 縮尺的に、あの神の前にいた俺が、中サイズの犬っころみたいだったからなあ。そういや北欧神話に出てくる神様のロキって巨人族なんだったよな。

 真っ黒な姿は闇に溶け込んで、肉球は素晴らしく足音を消してくれることだろう。気配なんかも結構殺せるようだ。ヤバイな、まるで生まれながらの殺し屋だわ。なんか邪悪なオーラとか出てねえ?

 まあ神の子なのだから、それはないと思うのだが。しかし、オーディンを飲み殺したというフェンリルなんだからな。

 親は邪神? なのかもしれないし。ただの気のいい爺さんにしか見えないのだが。俺の体は少々でかいが、人間の街でもお店なんかにはなんとか入れそうだ。

 入れてもらえるのかどうかは知らんが。大概の店員が悲鳴を上げて逃げていきそうだ。そうなったら騎士団とか呼ばれちゃうのかしら。冒険者とかもいるのかねえ。

 爺さんの話では、俺はこの世界の人間の言葉を喋れるらしい。大概の人間は俺を見たら逃げると思うけど。犬っていうのも悪くはないもんだ。

 俺は会社も平気で遅刻するようなルーズな奴で、おまけに楽天的な性格なので、早くもこの環境に順応していた。

 あくせく生きるよりも、この方がいいよな。俺はこの世界では特権階級的な存在なのだ。世界の支配者たる神々の子供なのだから。

 この世界の神の構図とかは、どうなっているのかねえ。やっぱりオーディンの野郎が最高位の主神なのだろうか。

 俺は旅に出るにあたって、道案内兼話相手になる奴を連れてきていた。羽虫みたいな妖精だ。いかにもって感じの奴なので、気に入ってこいつに決めたのだ。

 この子なんかもアーブルヘイムの住人なのだろうか? 白妖精と黒妖精とあるはずだが、どっちだ。何しろ、地球では邪神と呼ばれているロキのところにいる奴なのだからな。

 しかし、そういう雰囲気はまるでない。俺自身もあれこれと能力はあるようだが、その都度こいつに聞けばいいらしい。羽根の生えたパソコン取り扱いマニュアルみたいな奴だ。

「ねえ、あなたの事はなんと呼んだらいいの?」

 奴は飛ぶ事すらせずに、俺の頭の上の毛皮のベッドに寝そべって、思いっきり寛ぎながら聞いてくる。こういう怠惰な奴は好きだぜ。非常に気が合いそうだし。

「さあ、武でいいんじゃないのか?」

「それは人間の時の名前じゃないの。それにこの世界の名前じゃないから不自然だよ。あ、あたしの事はフィアって呼んで」

「そうかー、どんな名前がお勧め?」
「そうだねー、やはり神様っぽい名前がいいんじゃない? あなたの世界の神の名とかは?」

「大国主命とか?」
「なんなの、それは。全然こっち風じゃないよ」

「じゃあスサノオとか。カグツチは火の神様か。魔法は使えないしな。わたつみは海神か。どうも日本の神様の名前は異世界風じゃねえな」
「もう面倒だから、その三つの中から」

「おい! 手抜き対応だな。まあいいや。じゃあスサノオ(仮)でいいか。俺の元の名のように荒神で、暴れ者の上に被追放者にして神通力じゃあなくて武力で魔物を退治する。

 そして神の国出雲の主か。間違いで殺され地球から追われ、異世界へ放り込まれ、魔法も使えない武力一本の神の子になった俺には相応しい名かもしれないな」

 というわけで一応は名前も決まった。おっと、そういえば。俺は旅立ちのために持たされたアイテムとして武装を取り出した。一種の鎧だ。

「着装、『ロキの鎧』」
 一瞬の輝きのもと、俺の体を覆っていく光の鎧、神の武具だ。

 ロキの鎧は俺が勝手に命名したもので、製作者がつけてくれた銘ではない。こいつは無銘だが、いろいろな北欧神話系の特殊な武器を収納装備している。

 俺は手を持たぬ生き物なので、北欧神話ご自慢の、自動投てき及び自動帰還の能力を持つ系統の武器だ。

 そして何よりもお気に入りなのが、この巨大狼の体を覆うアーマーである事だ。いわゆる『とげとげアーマー』なのだ。

 全身が敵を切り裂く刃のようなものだ。とげではなく、強靭な刃を装備している。頭、肩、足の関節、そして爪。胴体や背中にも設置されている。剣龍ならぬ剣狼だな。

 俺は駆け抜けるだけでいいのだ。俺の中二病全開の注文に、神の鍛冶師黒小人どもも呆れかえっていた。

 あいつらは小人(ドヴェルグ)なのか黒妖精(デックアールヴ)なのかよくわからない奴らだが、全然妖精っぽくないので俺は黒小人と呼んでいる。

 色が黒いだけの、いわゆるドワーフみたいな連中だ。いわばデックドヴェルグとでもいうべきか。

 俺の特注鎧は、そのへんのドーベルマンなんかがつけられているようなチャチなものではない。神の鋼ベスマギルという超魔法金属の透明感のある青みがかかった不思議な耀きを放ち、全身装甲のような感じで体中を覆っていて、かなり中二病なスタイルだ。

 ベスト・マギ・メタルか。なかなかの代物だな。少々の事では壊れないそうで、俺の魔力を用いて自己修復する特殊な武具だ。

 そして全身から、その超魔法金属の刃が飛び出すようになっている。刃は鎧本体に『収納』されているので、普段はスタイルもすっきりとしているし、この鎧自体も普段は収納されているのだ。

 狼ロボット、いやこの世界ではプレートアーマーの騎士あたりなのか。もし、こんな代物をうちで飼っていた愛犬どんぐり丸につけさせてみたらと考えたら笑えるような代物だ。あいつはチワワだからな。

「というわけで、自動的にお前の名前も『草薙(仮)』に決まったぜ」
 そう語りかけた途端に鎧は光り、さらに耀きと強さを増した。

 意思のようなものがあるのだろうか。なかなか自慢のアイテムだぜ。今のところ特に使い道もなくて、なんていうか和室で台に乗せて飾られている大小セットの刀みたいなものなのだが。

 一張羅として着込んで悦に入っていたが、さすがに窮屈っぽい雰囲気なので収納の能力で仕舞っておいた。別に本当に窮屈なわけではないのだが、気分の問題だ。

 神専用鍛冶師が作り上げたオーダーメイドなんだからな。こんな物を着ている必要は特にないのだし。

 神の子の肉体は強靭で、俺は魔法を使えないので、さらにそっちの方面にスペックが振られている上に魔法耐性も抜群だそうだ。どうも物騒な世界のようだから防御が硬いのは歓迎だねえ。

「ねえ、フィア。この世界に魔物とかいるの?」
「いるけど、やっぱり神の子の方が強いよ。というか、普通そのへんの魔物が神の一族に勝てないよね」

「ふうん」
 じゃあ、そっちの方は安泰だなあ。というわけで、俺はボスンっとお花畑でひっくり返ってゴロンっとした。

 金や食い物はいくらでもあるので、生きていくのには困らない。そのうちに狩りでもしてみるか。だが食わない生き物を殺すのもちょっとな。

 魔物って美味しいのかしら。でも元人間として生肉丸齧りという食生活はちょっとなあ。生肉料理ならいいのだが。

 調味料とか、どんなのがあるのかな。この体なら犬とは違って普通に人間の食い物でも大丈夫だと思うのだが。

「これから、どうするのー」
 俺同様にのんびりした声で、俺の腹毛をベッドに寝転がる怠惰な精霊が聞いてくる。

「さあ、簡単には死なない体らしいから、どうしようかな。このまま、ここでずっと寝てても構わないしなあ」

 まあ下顎を踏みつけられて、ぶっころされないならね。北欧神話も、他の国の神話と一緒で表現は結構適当だぜ。

 俺みたいに凄い狼、しかもそれが怪獣のように巨大に成長したのなら、のろまでグズな人間のような姿の神の息子ごときに捕まるものかよ。

 歩幅からして素早さが違いすぎるんだぜ。北欧神話ができた時代には、時速の観念とかまだ存在しないよね。

 ヨルムンガンドなんて代物が本当にいたら、一体どうやって退治したんだよ。八岐大蛇サイズとは訳が違うんだぜ。

 まあ、俺も本物のスサノオじゃないから『弟』と喧嘩したりはしないけどな。むしろ無敵の兄弟連合を組むしかないと思うが。

 そして死者の国の支配者たる妹のヘルを押さえておけば完璧だぜ。生者である神が敵対してきても誰も逆らえまい。

 死んだ敵の身内とかも人質にできるし。実際に地球の北欧神話では支配者層の神も、フェンリルの妹ヘルの前では膝をついて死者の復活を請うたのだ。

「もう適当ねえ。でもそれでもいいかもしれないね。ぐー」
 神の子と同じように普通の生物とは異なる存在である妖精は、この怠惰な俺とそうメンタルは変わらないようだ。

 だが、そこへ可愛らしい声が聞こえてきた。
「やあ、ファイヤーボール! あっちへ行けー、怪物め」

 どうやら子供が何かに襲われているようだった。
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