マクデブルクの半球

ナコイトオル

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詐欺師のナマエ 

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 公園でぽつんとひとり立っていた少年がいた。その姿があまりにもさみしそうで放っておけなかったのがきっかけだった。ぐいぐい引っ張って自分の父と母のところに連れて行って、一緒に遊ぼうと誘った。
「コウっていうのか。字はなんて書くんだ?」
「しあわせって、書くの」
「幸?」
 名前の一致に気付いたのは父が最初だった。
「幸と幸。コウとミユキ。兄妹みたいだな」
 仲良くするんだぞーと、よしよし二人で頭を撫でられ、眼を白黒させながら顔を合わせ、それから同時にふは、と笑った。
「こうくんのお父さんはどこにいるの?」
「お空の上。一年前にいっちゃった」
「そっか。……お母さんは?」
「おれと一緒の家にいるけど、あんまり会わないからわかんない。たぶんいなくなってもきづかない。でも、まわりの大人におれのことみはらせてるからうざい」
「ふうん。……おうち、そんなにひろいの?」
 シャベルを操る手を止め、砂で作る山の向こう側にいる少年にそう訊ねると、少年は少し驚いたような顔をしてミユキを見つめ、それから、ふは、と、花がほころぶように笑った。
「うん。すっごい、ひろいよ。ミユキがまいごになるくらい」
「えええ……」
 あとから思えば、その広い家を利用して監視の目をかいくぐり、コウは外に繰り出していたのかもしれない。だからこそ毎週土曜の午前しか現れなかったんじゃないか。その日のその時間だけは、大人の目が届かなかったんじゃないのか。
 そうしてたまたま、その時間に───導かれたかのように、同じ字を持つわたしと出会ったのか。
 わたしの両親もまた、自分の娘と同じ字を持つ少年を可愛がった。お弁当は四人分になり、遊びグッズを持っていく時は二つずつになった。両親は薄々、コウがあまり目をかけられている子供ではないと気付いていたのかもしれない。
 自分は。どうだっただろうか。───そんなのあまり関係ないと、思っていた気がする。
だって、目の前にコウがいる。それだけで十分だと。いいんじゃないかと。そう思っていた。
 眼の前の少年もまた、そうだったように思う。だっていつも笑っていたから。それで十分だった。



 そして、ある梅雨のこと。
 わたしの父が事故で死んだ。脇見運転をしていた車に撥ねられて。即死だった。
 父の通夜の最中、そっと、ひとり会場を抜け出した。雨の降る中、傘もささず、急ぐわけでもなく公園へ向かう。
 人気のない公園。大きくなんかない、ジャングルジムと小さな滑り台と砂場しかない公園。薄暗い公園に、少年はいた。
「……コウくん、雨ふってるよ」
「ふってるね」
「びしょぬれじゃん」
「ミユキもね」
「もう知ってる?」
「ニュースで見た」
「そっか」
「うん」
「そっか。……そっか……」
 ふ、と、涙腺が痛んだ。
「ぅ……うあああああ───……」
 最初に泣いたのは、
 自分だった。
 そんなわたしの顔を見て、ぐしゃり、と、コウの顔も歪む。
「うっ……ふっ……うあ、ああああああ───……」
 泣いて。泣いて。泣いて。───お互いに慰め合うこともなく、泣いた。
 その時はっきり分かった。語彙がなく感覚でしか感じられなかったが、それでも十分だった。
 ミユキの半分がコウくんで、コウくんの半分がミユキだ。
 そう思った。きっとコウもそうだろう。
 だから手も繋がなかったし、ろくに言葉も交わさず泣いた。




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