マクデブルクの半球

ナコイトオル

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詐欺師のナマエ

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 どこから語ればいいのか、どこから騙っていたのか、その説明は、とても長いものになる。
 長い長い嘘だった。御伽噺のような嘘だった。
 わたしがなにをしたか。
 わたしがなにをされたか。
 一度だけ言おう。たったひとりだけに伝えよう。
 これはわたしの愛情だから。
 大事に大事に抱えてきた、誰にも言えなかった、大切な言葉だから。
 だから君だけに教えよう―――聴いてください。
 あなたのことが大切だから、伝えよう。



 もう一度戸締りを確認し、タンブラーを持ち作業用の皮手袋をグローブピンチに装着した。それごとジーンズのベルト通しに引っかける。
 ワークブーツを履き、ジャケットの襟を合わせて侵入する冷気を遮断させる。防寒着をこれ以上装備する気はなかった。
 玄関を出て、車のロックをリモコンで解除させようと顔を上げて、───そこに、
「みーさん」
「……ともり」
 ともりが立っていた。
「どこ行くの、みーさん」
 ゆったりとともりが笑った。だからだろうか。私もゆったりと笑い返すことが出来た。
「終わらせに行くの」
「何を?」
「嘘を」
「何の?」
「ずっとずっと吐いて来た嘘だよ。きっかけを入れるともう十五年近くになるかな」
「長いね」
「うん。長いよ。聞いてくれる?」
「もちろん。乗って。どこまでも付き合うよ」
 エスコートするように助手席を開けた。少しだけ苦笑いして、それに乗る。運転席に座ったともりにキーを渡した。
「どこに行く?」
「海に行きたいところだけど、総合病院に」
「海に行こうよ。みーさんの水着姿が見たい」
「季節的にそれは厳しい……総合病院ね、ほんと、頼むからお願いね」
「えええ……」
「……ほら、これ飲んで。落ち着いて」
 タンブラーを差し出す。不満顔のままともりはそれを煽った。ごめんね、と、胸中で呟く。
 ゆっくりと車は発進した。海の方向ではなく、総合病院へと向かって。
「これがさ、全部終わったら」
「うん」
「今度こそ、みーさんはどこかに行っちゃう?」
「……どうだろう」
 ふにゃっと、弱気な言葉が胸を突いた。
「終わった時に、そんな力がまだ残ってるかな」
 泣いたり、喚いたり、逃げたり、消えたり。
 そんな力が自分に残されているだろうか。
「みーさんは終わらせたいんだよね」
「うん。笑っちゃうよね。今までずっと、間違ってきたのに。最初からして間違ってるって分かってて間違え続けて来たのに。今さら正しい道目指すなんて」
 声が滲む。頭が痛くなるほど、理解する。
 破滅するのは怖くない。けれど、そのあとのことが、何よりも怖かった。
「キョウコちゃは大丈夫かな。これから先大丈夫なのかな。ニノ コウがこれからどうなるかなんて分からないのに、未成年で、何の力もなくて、誰も護ってくれなくて、どうなっちゃうのかな。ナオミはどうなるんだろう。というかあの人もしかしたらもう死んでるかもしれない。チグサさんに探すよう頼んだけど、間に合うかな。もし間に合わなかったらどうしよう。他に打てる手がまだあったんじゃないのかな。フルミだって。ニノ コウのことがずっと頭の中にあるまま、当主をやっていくのかな。これからみんな進んで行くのに、……進んで行く、はずだったのに。どうなるんだろう。もう分からない。ともり、ともりだって、」
 つかえる。胸がいっぱいになる。
「───放っておいてくれて、よかったんだよ。こんな面倒くさい女」
「……出来るわけ、ないでしょ」
「出来るんだよ。出来て、よかったんだよ。どこか遠くで幸せになってくれてれば、わたしはそれで」
「出来るわけねえだろ。こんな、こんなひとの幸せしか祈ってねえ、自分が辛くてたまらない時にひとのこと考え過ぎて逃げ出すタイミング逃がすような、そんな女放っておけるわけねえだろ!」
 沈黙。
 こうこうと吐き出す、カーエアコンの音。
「……全部嘘でも。最初から嘘でも。俺はそれでいい。何でもいい。それがみーさんならいい。それ以外のことはどうでもいい。だから、全部教えて」



 頭は、



「みーさん」



 堪えようと、した。



「ユキ」



 何度も、何度も。



「───ミユキ」



 ミユキ。



「っ……」



 ───心は、堪え切れなかった。



「コウくんっ……コウくん、コウくん、こうくんっ……」



 唇が紡ぐ。
 心が零れる。
 伝えよう。
 あなたにだけに、伝えよう。




 二乃 コウと御影 ミユキの嘘を。




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